3話 間宮カナメ
ヤリサー、ち、ゆうんですか、と小野は顔を顰めて言った。彼女の口から『ヤリサー』などという汚れた言葉が溢れ出る現状と、そんな状況を作ってしまった己を間宮は密かに責めた。
「名前出した瞬間、みんな『ああ……』ってなって」
「そこまで」
「はい。ほいで、うちにも『もしかして?』みたいになるけぇ、うちはその、友だちが悪いことされて──って設定で」
「最高のアドリブです」
ホテルのラウンジで続けられる話ではなかったので、そのまま間宮の自宅に移動した。とはいえ間宮探偵事務所は雑居ビルの3階に、自宅はその上のフロア・4階にあるので、移動先は自宅でも事務所でもどっちでも良かったのだが。
貰い物の中国茶を淹れる間宮に、お土産あるんですよ、と小野がニコニコしながら紙袋を差し出した。中を覗くと、プラスチック製の蓋に見知らぬ洋菓子店の名前が書かれているプリンが6個も入っている。
「うちの近所にあるケーキ屋さん、ケーキ屋さんなんじゃけどプリンがいちばん人気なんです」
「これはこれは……」
「焼きプリンと普通のプリンがあって、どっちも同じぐらい売れとるけえ、両方買ってきちゃいました」
「あらあらまあまあ」
プリンは好きだ。ケーキも同じぐらい好きだ。でももっとも好きなのは、仕事の話をするために場所を移動したというのにニコニコと笑いながら紙袋を差し出してくる小野のような女性だ。最高。交際したい。だが間宮には小野を絶対に幸せにできない自信があるので、軽率に口にしたりはしない。
「嬉しい〜。小野さんはどっちが好きなんですか? 焼き? 普通の?」
「それが、食べてみるとほんまに選べんのですよ。間宮さんにジャッジしてもらいたくて」
「私の舌は正直当てになりませんけど……せっかくなので焼きからいきましょうか!」
間宮探偵事務所と間宮最の自宅は間取りがまったく同じなので、階下の事務所の応接室がある場所に間宮はリビングを作った。ソファとテーブルを置き、小さいテレビも一応設置してある。テレビは滅多に見ないのだが。
並んでソファに座り、いただきまーす、と声を合わせてからプリンに挑んだ。小野のおすすめというだけあって旨い。これは実に旨い。
「えっなんか……行列とかできてる店です? ここ」
「全然! おじいちゃんとおばあちゃんふたりでやっとるお店なんじゃけど、いっつものんびりしとって、買い物行くとお茶出してもらえたりして……」
「趣味の店なのか……SNSとかで宣伝したらバズり倒しそうですけど、なんか勿体無いですよね」
「そうなんですよ。じゃけえうちも、仲ええ人以外には内緒にしとるんです」
うふふ、と笑う小野美佳子は本当に可憐だ。彼女を探偵にするつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、と間宮は脳内で自分自身を張り倒す。いや、だが間宮としては本当に事務員としての就職先を紹介したつもりだったのだ。だから厳密には、本当に悪いのは鉄探偵事務所の現所長だ。中邑だ。今度会ったら引っ叩こう。
「ほいで──仕事の話、なんですけど」
「ん。そうだったね。始めましょうか」
小野が持参した調査報告書は実に分かりやすかった。正直本人をこの場に連れてこなくても、この書類を読めばだいたいのことは理解できた。
この夏──七月から八月にかけて起きた遺体遺棄事件の被害者の名前だ。そして、間宮の依頼人の息子、或いは甥、さもなくば孫でもある、三人の男。
全員、年齢は二十代半ば。大学を卒業して少し経った者が二人、未だダラダラと学生生活を送っていた者がひとり。三人とも、海辺で、顔面を完膚なきまでに叩き潰され、腹を掻っ捌かれ、内臓をすべて失った状態で発見された。
間宮の事前調査では遺体に対して凶器を使った形跡はなく、また犯人(そんなものが存在すればの話だが)の体液やそれに類するものも発見されていない。人間の仕業なのか、それとも間宮たちの知らぬ大型獣や海に住む巨大生物による行為なのか、とにかく手がかりがまるでないのだ。模倣犯、愉快犯が現れることを警戒した警察は、海辺で成人男性の遺体が発見された、という旨だけを報道に乗せている。
「ぜ・ん・い・ん」
プリンを食べ終えた小野が、中国茶を手にテーブルの上の三枚の写真を指差して言った。
「ぶち恨み買っとるタイプでしたよ。女の子からも、男の子からも」
「男からも?」
眉を跳ね上げる間宮の顔を覗き込んだ小野は、はい、と首を縦に振った。
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