4話 煤原信夫
翌週。煤原にとっては前回の会議から二日後。捜査本部に、警視庁からの応援組が合流した。陣頭指揮担当者も、県警署長の
「荒れますなぁ」
篠田が渋い顔で言う。
「そうかな」
煤原としては別に、そこまで深刻な出来事だとは思わなかった。
小燕はこの事件を連続殺人だと明言した。
遺体が遺棄されていた海辺はそれぞれ別の場所ではあるが『海』という共通点で繋がっている。犯人は『海』に拘っている。そこに注目し、横長の浜辺を徹底的に捜査しろというのだ。
「いや海って! 共通点海って!」
会議室を出るなり、篠田が低い声で喚いた。器用だなと煤原は思った。
「そんなん俺らだって気付いてたっつうの!」
「まあな」
砂浜に似たような殺され方をした人間が立て続けに転がされれば、誰だって「あ、海がキーワードだな」と気付くだろう。大事なのはその先の読み解きだ。海。海にいったい何があるというのだ。
(人魚)
現実味がないということは理解している。だが、煤原は篠田を伴って、もう一度あの巡査に会いに行くつもりでいた。
「煤原信夫」
篠田に今日の予定を伝えようとしていた煤原の背中に、聞き覚えのある声がかかった。
無言で振り返る。目の前には小燕警視正と、
「──
「おまえ良くそんな平然としていられるな」
長身だがほっそりとした体でいかにもインテリ然とした雰囲気の小燕警視正の隣に立っているのは、小燕とは正反対の筋肉の塊のような体躯をした男・
「
「ちょっと……!」
こめかみに青筋を浮かべて割って入ろうとする篠田も、なかなかに血の気が多い。篠田のベルトを背後から掴んで止め、まあ、と煤原は薄ら笑いを浮かべて見せた。
「呑気で。いいですよ、ここは」
「呑気なのはてめえだよ」
多田は、学生時代から何かと突っかかってくるタイプの男だった。何が気に入らないのだろう、いや寧ろ好かれているのだろうか、とポジティブに考えたこともあったが、普通に嫌われていた。そして今も。
「こんなクソ馬鹿馬鹿しい事件にいつまでも時間かけやがって。迷惑なんだよ」
「このっ、筋肉ダルマッ!!」
喚いたのは篠田だ。ベルトを掴むだけでは彼の良く回る舌までは制御することができなかった。
「んだと?」
「なんだよ! うるせえんだよ、クソッ……」
「多田、やめろ。煤原巡査部長、お久しぶりです」
悪口の言い合いから取っ組み合いになりそうなふたりを制したのは、小燕警視正だった。
「どうも」
「
「まあ」
「この事件を、我々が持って行っても文句は言いませんね?」
「自分は」
そういうことを、どうこう言える立場ではないので。
煤原の返答を予想していた様子で、小燕警視正はくちびるの両端をクッと上げて笑った。
「それでは、くれぐれも無茶をなさらぬよう」
「そちらも、お気をつけて」
まるで猛獣使いの手付きで多田を連れ、小燕警視正は去った。篠田がその場にしゃがみ込んだので、彼のベルトを掴んだままだった煤原も弾みで廊下に座り込んでしまった。
「く〜〜〜〜〜〜〜〜〜やしい〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
篠田は少し泣いていた。煤原はポケットからタオルハンカチを取り出し、相棒の手に握らせた。
「煤原さん……これ、アレじゃないですか! 煙草屋さんでワンカートン買ったら貰えるタオル!」
「うん。三枚持ってる」
「なんで煙草やめないんですか! もう35でしょ!? 死にますよ!!」
「今年で37なんだ」
「え!? 俺に嘘を吐いてたんですか!?」
「違う。俺がこっちに出向してきたのが34の時で、その年におまえに年齢を訊かれて『今年で35になる』って答えたんだ」
「お、お、お、俺がずっと勘違いをしてたってことですか!?」
「篠田。おまえだってもう29だろう」
「そうですけどぉ!」
「人間は年を取るんだよ。小燕さんも、多田もな」
煤原信夫は、警視庁に勤務していたことがある。
昔の話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます