戻る男

 場所は成田空港、国際線到着ロビー。俺たちはボスを待っている。


 ルイスはウェルカムボードを作ろう! なんてはしゃいでいたけど、冷静に考えてあの人はそういうのを喜ぶタイプじゃない。だいたい、俺たちが呼んでいる名前で彼は日本に入国しない。どこの誰とも知れない人間名義のパスポートを使っている男のためにウェルカムボードなんて作った日には、真っ先に俺とルイスの首が飛ぶ羽目になる。


「ハニー、ボスはまだか?」

 スタバで買ったコーヒーを手にルイスが問う。俺だってまだかなって思ってるよ。っていうかハニーって呼ぶのやめろ。流暢な日本語で言うのをやめろ。

「俺はボスのことだってダーリンって呼んでるけどな!」

「それ、あの人喜ばないだろ……」

「あほ、って言われる」

 はあ。ルイスは変なやつ。俺とルイスとボスは日本ではない場所で出会った。それぞれの出身地から遠く離れた、どちらかというとヨーロッパの北の方の国で、故郷を捨てた負け犬として出会った。いや、負け犬だったのはルイスと俺だけか。ルイスは壊滅した組織──彼の故郷ではギャングとかなんとか呼ぶそうだけど、平たく言えば暴力団の末端構成員で、そのまま自分の国にいたら絶対に殺されるからって、おばあちゃんの出身地である国に逃げてきたと言っていた。俺はというとまあルイスとだいたい境遇は同じ……海のある街のちっちゃな暴力団の組長だった親父が関東のでっかい組織に殺されて、組ごと吸収されたかと思えば幹部は全員色々な手段で命を奪われて、結局関東のでっかい組織は俺たちのことを殺すのが目的だったんだって分かった瞬間俺は大昔に作ってあったパスポートと目の前にあった有り金全部を引っ掴んで逃げて(パスポートセンターで有効期限5年と10年どっちにしますか? って聞かれた時に咄嗟に10年にしておいて良かったよ、ほんと)、観光地や留学先としては日本ではあまり有名じゃない北の国に降り立った。


 ボスは──俺たちのボスは。


「ヘイ! ボス!」

 頭上でルイスが大声を出す。コーヒーを持っていない方の手をぶんぶんと振る彼の視線の先には、細身のスーツに身を包んだ小柄な老人の姿があった。

 彼が、俺たちのボスだ。


 銀色の総髪、深い皺が刻まれた端正な顔。切長の目に灰褐色の瞳が印象的で、そう、野生の獣のような風貌で。


「トラヒコボス!」

「じゃかあしい」

 頭ふたつ分ほども身長差のあるルイスの頬をぱしんと叩き、ボス、立花たちばな寅彦とらひこは片頬で笑った。

「目立つがな」

「ルイスのせいで既に目立ってます。申し訳ありません」

「ええけど」

 と片手で引いていたキャリーをルイスに押し付け、

「行こか、左門さもん

 とボスは笑った。

 俺たちは、俺──箒木ははきぎ左門さもんのオヤジとその部下たちの三回忌のためにこの国にやって来た。

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