ゲームブック(二十七頁目)
「「「かんぱーい!」」」
月白の葡萄亭に、俺たちの声が響き渡った。初めて見た時は、独特の雰囲気に圧倒されっぱなしだったが、今は我が家にように馴染みのお店である。
勢いよくグラスを傾けた。熱い黄金の液体が喉を焼いていく。
ぐっぐっぐっ……
「ぷはあー!」
「おっ良いね、良い飲みっぷりだ!」
そう言ってノブが俺の肩を叩いた、加減がわかっておらず痛い。準備を整え、新たなメンバーを迎えた俺たちは、前勝会と称して宴を上げる事にしたのだ。
「珍しいね、ユウくんがお酒飲むの」
「まぁ、その。景気付けに」
普段は酒を飲まない俺だったが、今日は皆と共に酒をあおっている。この場の雰囲気に呑まれたのか、明日の攻略への緊張からか。自分でも良くわからない。
妙に感慨深いものがある。
「わかる!わかりますぞユウ殿!戦の前の男子として、血がそうさせるのでしょう!そもそも戦の前に酒を飲むのは……」
山本さんが熱く語り始めた。この人は酔うとこうである。ウンウンと頷きながら聞き流す事にした。
かぁーっそうかあ!なんてノブが話を聞いているようなので、それで良いだろう。
「あっ、どうぞ」
前の席のミカさんのグラスが空になっているのに気がついて、お酒を注いだ。
「あら、ありがとう。良く気がつくね」
「いや、ははは」
何せこのパーティでは俺が最年少でリーダーなんだ。ちょっとは気がつかないと上手く回らないよな。
お酒を注ぎ終わっても、彼女はしばらく突き出したグラスを下げずにじっとこちらを見ている。なんだ、少し緊張する。
いつものキリッとした表情はどこへやら、柔らかな笑顔でグラスを引っ込めて言った。
「良く見ると結構かわいい顔してるね」
「えっとー!?ありがとうございます」
意表を突かれて、ちょっと声が上ずった。俺の態度が面白かったのか、ミカさんはいつも続けた。
「あっ色目使ったら彼女に怒られちゃうね」
「えっ!?いや、彼女では……」
「そうなの?」
ミカさんが、さやと俺を交互に見て言う。
ドキッとした、いや正直さやは結構好きだけど。顔に血が上る。
「そうなの?」
今度は同じセリフを言いながら、隣からさやが俺の顔を覗き込んだ。近いよ!
「えっ!?」
「ぷははははっ!冗談だよ!」
間髪入れずに茶化された。彼女はいつもこうだ、でもそんなやり取りが好きだったりする。指輪を貰ったんだとか、けらけら笑いながらミカとさやが話し始めた。
「聞いていますか!?」
「おうえっ!?」
女子トークに混ざろうと思っていたら、突然山本さんに捕まった。ノブはどうしたと思ったら、他のテーブルにお邪魔しているようだった。こんな時、彼の行動力は凄いと思う
……
酒宴もひと段落してきたのを見計らって、外に出る。頭と身体を冷やすためだ。
普段一滴も飲まないのに無理をしすぎた。ふわふわするし、もう身体が暑い。
近くの石畳の段差に、腰を下ろす。お尻のひやりとした感触が気持ち良い。
空を見上げると、満天の星空。星や星座には詳しくないが、見覚えのない星々だ。
天を仰いで、頰に感じる風に集中する。その時、突然視界の上半分が黒いものに覆われた。それは逆さに向いた、さやの顔だ。
「やっほ」
「ああ、さやさんも酔った?」
ちょっとね、そう言って俺の隣に座る。三角座りで、彼女も上を見上げる。
「ねえ」
「ん?」
「ユウくんは元の世界に帰りたい?」
根本的な質問が飛び出した。特に考えずに答える。
「そりゃ帰りたいさ」
「なんで?」
そこで、初めて考えた。
なんでってそれは……色んな事が頭に浮かんだ。大学の事、家族の事、友人の事。
もやもやしたものが頭を霧に包んでいる時、それを切り裂くように、「私は」とさやが続ける。
「私はね。もうずっと、ここに居ても良いんじゃないかなって。そう思う時、あるよ」
そう言ってくりっとした茶色い瞳で、真っ直ぐにこちらを見た。そうか、それでも。
その時に一つの物が、頭をよぎった。
「あ、サイコザコ」
「え?」
「144分の1のサイコザコ、組みかけなんだ。好きなんだそういうの。プラモデル、組んで色塗って、そんなの」
一瞬の沈黙の後、さやが盛大に吹き出した。
「ぷはははははっ!そっか!私も好きだよ、サイコザコ!本当は連邦派だけど」
機動兵器サイコザコの話題で少し盛り上がった。そして、じゃあやっぱり帰らないとね。そう言ってお互い頷いた。
「帰れたらさ、見せてよ。そのサイコザコ」
「うん。コニコーンもね」
気がつくと、俺の右手にさやの左手が重なっていた。手のひらを動かして、その小さな手をきゅっと握る。
こっちで長い間一緒に居たけれど、彼女の事を殆ど知らない。もっと知りたい、そう思ったんだ。
手を繋いだまま、空を眺める。赤や青に瞬く星々。静かな時間が流れた。
何の気なしに前の建物を見ると、ベランダに何か白い物がチラチラしている。
それは良く見ると、「今だ、行け!」と書かれたプラカードを掲げたノブだった。
「ぶっ!」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ノブ、あいつふざけるなよ!今度殺す。この世界に来てから、初めて殺意が湧いた。ぎろりと睨むと、ノブはその後ろから現れたミカさんに耳を引っ張られて、建物の中に消えて行った。
ああ、なんだか自然に良い雰囲気だったのに、ノブのせいで頭がぐるぐるしてきた。
行けって、行けるのか!?どうすれば良いんだ。
「へんなやつ」そう言いながら、さやが距離を詰めてきた。距離を詰めるというか、彼我の距離は0距離である。やばい、もう混乱してきた。
「あっ、あの。あの」
「ん?」
「キスしてもいい?」
言い終わるが早いか、さやは人差し指を立てて、ぐっと俺の口元まで持ってくる。
「ぷはははっ!ダメだよ、そんなの聞いちゃ!わかってないなあ」
「うぐっ」
選択肢を間違えたか?こんな時ゲームブックは何も教えちゃあくれない。
がっくりしていると、肩にさやの頭が乗っかった。
「全部終わったらね」
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