ゲームブック(二十五頁目)

博士から、呼び出しがあった。郊外でダンジョン突入前に演習をすると言う話だ。演習も何もと思ったが、人数が多いとまとまって行動するのも一苦労のようだ。

その道すがら、ノブからヤバいと評判の博士の噂を聞く。


彼は、ゲームブックに参加する前には相当な廃人ゲーマーだったらしい。数々の武勇伝を持っている。

一日20時間はディスプレイの前から動かなかったとか。トイレに立つ時間が惜しいので、ペットボトルに用を足していたなんてのも。

自分の仕事を辞めただけでなく、仲間の仕事も辞めるよう説得して回ったとも言っていた。


それを聞いた俺と山本さんはちょっと引いた。しかし、さやは大笑いだった。親近感が湧いたのか。

俺の予想では、さやも博士寄りの人生を送っていたに違いない。ニートだし。

そんなことを話しているうちに、演習場に到着した。


延々と続く原っぱに、ぽつんと大きなテントが一つだけ張られている。演習場というか、ドッグラン。

そこから迷彩服の上に白衣を着た博士が近づいてきた。


「来たか」

「はい、買い物も出来ましたよ」

「良し、じゃあ今日はダンジョンでの行動について教育しよう」

「お願いします」


どこか上から目線の発言に、若干イラッとしたが黙っておく。指示通りにするって約束したしな。


「まずは武器の使い方だが」

「持ってますよ」

「これで良いのでしょうか」


そう言って、俺とノブと山本さんが各々剣を見せる。さやは魔法使いなので武器は無い。

錬金術師が、武器の使い方とは?と思って見ていると、俺たちを手で制して博士は何かを取り出した。


それは黒光りする筒であった。

両手を広げた程度の長さがあり、後方は塞がっていて、手で保持するのであろう木製の握りが付いている。

もっと端的にこの武器を表現すると、小銃である。


「は?」

「銃じゃん」

「鉄砲ですか」

「使えるのか、これ」


博士のメガネが光った。肩が細かく動き、口元は大きく歪んでいる。何だろう、この感じ、とても嬉しそうだ。


「当然発射できる。機構を聞きたいか?聞きたいだろう!そうだ、それを実用化するのは骨が折れる作業だった!」


突然声のトーンが大きくなり、手振り身振りを交えて話し始めた。


「で、あれば。諸君らに私の専門から話をしなければならないだろう!」


何も聞いていないのに、矢継ぎ早に博士の話が始まった。どうやらこの銃を作る経緯を話したくて仕方ないらしい。これを見ろと言って、ポケットから取り出したのは銀色の小さな球だった。


「何ですかこれ」

「これが私の専門分野。金属の中に魔法を込める研究の成果だよ」


そう言って、俺の手のひらに小球を乗せた。

その感触と重さは、まるっきりパチンコ玉だ。


「普通はただの金属球だが、煙幕の魔法が仕込んである。MPを込めるとそれが発動するのだ。お前は魔法剣士だろう、やってみろ」


言われた通りに、魔力を込める。ほんのすこし、鈍く光ったかと思うと手のひらの上で爆発した。


ぱぁん!


遅れて、ぶわっと風を感じた。しかし煙幕にしては色も無いし、規模も小さい。


「どうだ」

「えっ?終わり?」

「ふぅーん」


何の意味があるんだ、無色の煙幕玉に。何が言いたいんだこいつは。俺たちの微妙な反応にがっかりしたのか、博士はもう一つ小球を取り出して、今度はさやに手渡した。


「こっちもやってみろ、魔法使い」


ほっと小さい掛け声と共に、魔力が込められる。こちらも鈍い光を放った後、ぼぉんと手のひらの上に炎が立ち上がった。


「うん、すごい」

「すごい」

「そうだろう!」


起動するのに小さな魔力を込めるだけで発動する魔法の金属小球。これが博士の研究だそうだ。確かに凄いが、しかし。


「なんか、威力弱く無いですか」


炎の魔法が込められているのだろうが、この程度の威力ではゴブリン程度しかやれないだろう。俺のフラムの半分くらいの火力しか感じられない。


「そうだ!」


ずびしと人差し指をこちらに向けて、博士が大きな声を出した。


「金属に魔法を込める研究は成功した。しかし、この小球は術者が使う魔法より格段に威力が落ちるのだ!」

「うん」

「だからだよ、私が頭をひねったのは!」


何か一人で盛り上がっているが、俺たちとの温度差を感じる。


「それで、この小球の威力を最大限に発揮させる方法を思いついた。これ自体を高速で射出して、目標に運動エネルギーと共に魔法によるダメージを直接ぶつける方法だ」


とは言っても、これを投げつけても大した効果はないからな。機械的に射出する方法を取る。そう言いながら、先程の小銃を取り出して見せた。同時に弾丸らしきものも。


「弾を魔法で飛ばすの?」

「良い!実に良い質問だ!」


半分正解だと言う博士。魔法で物体を飛ばす方法はあるが、MP量の費用対効果に難があるそうだ。


「そこで、運動エネルギーを間接的に生み出す方法で行く。この弾薬は、後部に煙幕の小球と、前方に火炎の魔法が込められた小球がパッケージされているんだが」


そう言って博士は六、七センチメートル程の長さの金属の弾薬を取り出した。

小銃後部にあるボルトハンドルを回しながら引いた、薬室と言う弾を込める場所が開いた。慣れた手つきで、弾薬を押し込み、もう一度操作すると弾が見えなくなった。


「密閉された空間で、発動した煙幕のガスはどうなる?そう逃げ場を失い、内部圧力を高める。そしてそのガス圧によって、弾頭が押し出される!」


テンションが上がって来たのか、博士は早口でまくし立てる。


「そして弾頭は、この銃身内部で加速して銃口を飛び出す!」


ハハハハハッと一人で笑い始めた。俺たちは置き去りである。何を言っているんだろうか。


「まだわからないのか、私の凄さが」

「いや、結局飛ぶんですか?それ」

「ちょっと話が難しすぎるね」


彼は実演してやろう、そう言って、遠くにあるカカシを指差した。麦わら帽子を被せられた哀れなカカシである。その距離はおよそ100メートル。銃口をそちら向け、立ったまま小銃を構える。


パァン!ドォン!


音が聞こえたと思うと、カカシの上半身が炎を上げて吹き飛んだ。

俺たちが呆気に取られていると博士はもう一つ行くぞ、そう言いながらボルトハンドルを操作して次弾を装填した。


次の目標は、腹に金属製の盾を括り付けられたカカシである。その腹部の鉄板に向かって射撃した。


パァン!ドォン!


鉄の盾に命中したが、衝撃で後ろのカカシが上下二つに折れた。


「えぇ……」

「すごっ!」

「ハハハハハッ!どうだ命中だ!哀れなカカシは真っ二つだ!」


どんどんテンションが上がって、別人のようにはしゃぐ博士。威力についても解説してくれるようだ。


「まずこの弾頭だが。硬いケース部分と違い、比較的柔らかい金属で作られている。よって、弾頭が軟目標に衝突すると、先端部分が変形しながら体内に侵入し、その金属片が体内を破壊していく。そしてその後、その破片が全て炎の魔法により爆発炎上するのだ」


つまり、細かな爆弾が一挙に体内で破裂するようなものだ。身体のどこにあたっても吹き飛ぶ、と説明してくれた。

何を言っているのかはよく分からないが、恐ろしい威力なのは理解した。


「では硬い盾を持った方も吹き飛んだのは、なぜですかな」

「良い質問だ!」


ずびしと人差し指を山本さんに向けて、解説を続ける。


「硬い目標に着弾した場合だが、先端部分が潰れて密着した後、起爆する事になる。すると、その衝撃波が装甲内部を走って、装甲の裏側が破砕飛散するのだ。つまり 、この場合盾の裏側が剥離して、その破片がカカシの胴体を散弾銃のように引き裂くことになった」


鎧だろうが、岩石だろうが同じだ。と続けた。ダンジョンで遭遇する魔物をイメージしているのだろう。

色々教えてくれる博士だが、半分も意味がわからない。俺たちはもう、「へぇ」とか「すごい」なんて言葉を生成する機械になっていた。


「なんにせよ、すごい魔法の鉄砲って事だよね」


そう言ってさやがまとめた。


「そうだ、もはや私の銃弾が破壊できないのは戦車だけだ。この弾頭が優れているのは、目標着弾の際の速度が……」


ついに博士は一人の世界に入ってしまった。相槌すら打たなくなった俺たちを置いて一人で解説を続けている。


「複合装甲や傾斜装甲にも対応すべく……」


もう帰っても良いのだろうか。

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