ゲームブック(二十三頁目)
「ふわぁー、おはよう」
「あ、おはよう」
「おう」
「お早う御座います」
白い寝間着を引きずりながら、さやが食堂に入ってきた。彼女が横を通り過ぎた時、ふわりと宙に広がった黒髪が、良い匂いを運んで来る。
「良い匂いでしょ?」
「あ、うん」
にっと白い歯を覗かせる。自慢げに、ヘアオイルをつけたのだと言うサラサラのロングヘアーをなびかせた。
「ご朝食をお持ちしました」
全員が席に座ったタイミングを伺って、真っ白い制服を着た従業員がそう言いながら出てきた。静かに置かれた色とりどりのお皿には、豪華な食事が乗せられている。
ふわっふわのオムレツとベーコン。
彩り鮮やかなサーモンサラダ。
バターたっぷりのクロワッサン。
フルーツにまみれたヨーグルト。
バターの芳醇な香りを楽しみつつ、クロワッサンを一口。歯を通して伝わる、心地良くサクっと砕ける表面の生地。中身はじゅわっととろけるような濃厚さ。
「うわっ美味っ!」
焼き立てなのかまだ暖かい。これなら三十個位食べられそうだ。
「ん〜〜!」
隣のさやもオムレツを頬張り、至福の表情である。
「やばいよやばいよ」
「いや、これはやばいわ」
「やばっ!」
「このオムレツも濃厚、絶品ですな」
悲しいかな普段良い物を食べ慣れていない我々は、ボキャブラリーの無さが露呈している。やばいを連呼する姿はどこの芸人なのか。
山本さん以外は同じ言葉を繰り返すのみで、美味しさを表現できていない。全く食レポ失格である。
最後にヨーグルトを食べ終え、見事な着地を決めた俺は一言。
「こんな贅沢して良いのかな」
「良い、ぜんっぜん良いっ!」
「良いんじゃねえ?パーっと行こうぜ」
そう俺たちは月白の葡萄亭ではなく、この街が誇る高級宿泊施設「リッチカールホテル」に泊まっているのだ。
屋内温水プール、温泉、4つのレストランとバーを完備し、広い室内と高品質なアメニティを揃えたこのホテル。何と一泊一人20ゴールド、葡萄亭の実に10倍。
四人で泊まって一泊80ゴールド。それが翼を生やして飛んでいく、地下三階で稼いだあぶく銭は既に半分以上消えてしまった。
最初は一泊だけと決めて宿泊してみたのだが、恐ろしい事に一度生活水準を上げてしまうと下げるのが辛い!
気がつけば連日の豪遊である。
「そろそろ、ダンジョン攻略に行かないと」
「えっ!?まだ良くない?」
「あ、古傷が痛む。これはユウに肩を貸した時に負ったやつだな」
「……」
「そんな事よりプールあるって、泳ごうよ!」
「この傷を癒すにはシャンパンが必要だ」
さやとノブは口々に好きな事を言っている。山本さんはいつも賛成も反対もせず傍観だ。
こんな時こそ俺が、リーダーとしてきっちり締めて行かねば。
「お前らっ!」
……
「あれ?」
気がつけば、プールに浮かぶエアマットに寝転がっていた。
サングラス越しでも、さやの水着姿が眩しい。フリルをひるがえしながら遊んでいる姿を、良いなぁなんて思いながら眺める。
「私は思う訳ですよ、現体制はいかんと」
「あーあ、思うわ俺も」
プールサイドで酔っ払いが二人で何か語り合っている。最近分かったが、山本さんは酒が入ると語り出すタイプのようだ。
ひたすら熱く語る山本さんに、シャンパンを呑みながら意気投合するノブ。
ぼーっと眺めていると、視界が突然回った!
ざぱん、と水に転落した。
何事かと思って顔を上げると、近くでさやが「はははは」と大笑いしていた。彼女が下からマットをひっくり返したようだ。
「おい!やってくれたな!」
「きゃあー!」
水をかけて追いかける。しかし彼女は水泳が得意らしく、本気で逃げられると追いつけない。
「遅いぞー!」
「ああー!待てって!」
全く今日も平和である。
……
「だから、攻略に行かないと!」
夕飯のため、顔を付き合わせたタイミングでもう一度切り出した。
「まぁ実際、大蔵省さん財政はどうなんだ?」
ノブがそう言った。大蔵省?と、はてなを頭に浮かべていると山本さんから助け舟が入った。
「今は財務省ですかな。我がパーティの大蔵省と呼ぶのはお金を管理している人との意味ですよ」
つまりあなたの事です、と俺の方を指した。古いよ、伝わらないよ!
ノブはぽかんと口を開けていた、どうやらジェネレーションギャップを感じているようだ。
「これが、平成生まれか……」
「そうだよ!」
「私も平成」
平成対昭和の冷戦が始まろうとしていた。
「そんなことは良いんだけど、本気で攻略に戻ろうと思う」
「まぁ、そこまで言うなら良いよ」
「頃合いかもな」
「はい」
一呼吸置いて話し始めた。
「それで、ノブに相談なんだけど。攻略組について行く事ってできないかな?地下墓地から三階のルートを見つけたんだから、それを餌にくっついていけないか」
黒い鍵を手に入れた俺たちは、未だ見つけられていないだろうルートを開拓したのだ。
あの道を使えば四階まですぐに行けるので、かなり行軍スピードが上がるはずだ。
「なるほどな」ノブは、そう言って腕を組んでしばらく目を閉じた。
「行けると思うけど、攻略組ってキツいんだよなぁ。博士がうるせえし」
「博士?」
「あだ名だよ、攻略組の作戦考えている奴。錬金術師でメガネだから博士」
「ふぅん」と気持ちの入っていない返事を返し、体重を椅子にかける。それはギッと小さな音を立てて、仰け反る俺の背中を支えた。
「まぁ良いんじゃねえの。良いアイデアだと思うよ、明日掛け合ってみよう」
他の二人も首を縦に振った。ノブのお墨付きも貰ったし、これで今後の予定が決まった。
「そんじゃ、今日はもう食おうぜ!」
「おー!」
夕飯も実に豪華だったが、聴こえて来る声は「やばい」だけであった。
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