ゲームブック(二十頁目)
「ちっ!」
くわあんと言う音を立てて、ノブが剣を取り落とした。素早い身のこなしで追撃は避けたようだが、剣は近くのハイゴブリンに拾われてしまった。俺の剣なのに。
「魔法、まだか!?」
「急かせないで、もぅ出来る!……痛っ!」
「持ちませんよ、このままでは!」
それぞれが、それぞれの言い分を主張する。皆が目の前の事に必死なのだ。
かく言う俺も、目前の敵から目を離せない!
「ギェ!!」
短い声と共に、長い槍が突き出される。間一髪で上体を捻って躱す。胸を狙ったその一撃は、鎧の一部を削り取っていった。
「うぉあっ!危ない!」
背中にヒヤリとしたモノが走る。その時、皆が待ち望んでいた一声が響いた!
「できた、いくよ!」
パッと振り返ると、片目を瞑っているさやが、詠唱を始めていた。頭に投石が当たったようで、たらりと血が垂れている。
「今は遠き世界の住人よ」
「彼の地より来たりて、その力を示せ!」
「
さやは詠唱を終えると、その場に座り込む。
スゥッと地面の絵から、一つの人影が現れた。さやと交代に立ち上がったのは、真っ黒に塗られた若き騎士の影である。
座り込んだ魔法使いの姿にチャンスと見たか、さやに石が投げられた。しかし若き騎士の影はにわかに抜剣し、そのことごとくを撃ち落とした。
一つは刃で打ち砕き、一つは剣の腹で叩き潰す。それでも足りない二つは拳で。
迫る悪意の全てを砕き散らせる。内のたったひとつすら彼女には届かない。
風が吹いた。
ありえない。
この鬱屈した室内で。どうしようもないゴブリンの巣穴で。迷宮の最奥で。
淀んで腐った大気を連れて行くように、爽やかな風が吹いたのだ。
同時に若き騎士の向こうから、光が溢れた。
「っ!」
反射的に顔を背ける。
目も開けられない程の光に、部屋の全てが包まれる。
「何!?」
真っ白の中、風が新緑の匂いを運んで来た。
まばゆい光が収まり、目を開けると。
すりばちのような地獄の部屋が消え去り、辺りはどこまでも続く草原に変わっていた。
「グゲゲゲッ!?」
それは、若き騎士の目指した世界。
卑劣な罠は消え去った、柵も、丘も塹壕も。
ここでは、この広い草原では、誰も彼もが剣を取り誇りを持って力を示すのみ!
若き騎士の影が、群がるゴブリンへと突進する。きらめく剣が一閃する毎に、それらが真っ二つに斬り裂かれる!
その姿を目で追って、理解した。俺も俺の道を歩く為に戦わなければならない!足の怪我はもはや全く感じなかった。
地面に転がる剣を拾い上げ、遮蔽物の無くなったゴブリンどもへ突撃する。
「うおおおおおっ!」
若き騎士は単身ゴブリンを薙ぎ払い、突破口を開いてみせた。山本さんも、ノブもその姿に奮い立ったのか。各々剣を持ち、後を追う。
「「おおおおおおおっ!!」」
斬って突いて、薙ぎ払う。影の騎士を中心に一つの生き物のように、俺たちは敵陣深くで暴れ回った。
前衛に出て来たゴブリンどもはまだ良い。
後方にいた者。我々をただ、獲物としてしか見ていなかった奴らは崩れに崩れた。味方を盾にする者、背を見せ逃げる者。
高みから見下ろし、あぐらをかいていた者共は、その座を引き摺り下ろされ同じ土俵に立った時、その脆弱性を露わにしたのだ。
三十匹余りもいたハイゴブリン達は、僅か四つの剣に真正面から打ち砕かれた。
我らは一人も欠ける事無く、圧勝した。
……
「この剣良いわ。誰のか知らねえけど」
件のスキルで技術を模倣したのだろう、使い勝手が良かったと言う剣を弄ぶノブ。それは恐らく、この自由騎士の剣だ。
「コイツ盗んだんじゃ無いだろうな」
「……おい、聞こえてるぞ。盗んでねえよ」
どうやら口に出てしまったらしい。
勝利の余韻も何も無く、わいわいと言い合いを始める。その姿をしばらく眺めた騎士は、静かに消滅していった。表情の無いノッペリとした黒い顔の下では、困ったように笑った……んだと思う。
「……たぶん」
「育ちが良さそうな武者でしたね」
「クソっ!剣消えちまったぜ」
何だかんだと話していると、さやがのそのそと近づいてきた。どうやら我らがお姫様も無事のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます