ゲームブック(十五頁目)

「キエエエエェェイァア!!」


嬉々として色違いのゴブリンに飛びかかっていく山本さん。青色のハイゴブリンと呼ばれている魔物だ。


最後の一匹が肩口から血を吹き出し、絶命したのを確認すると、彼は刀を鞘に納めた。


「いやあ、環境が変わると緊張しますな」


そう言いながら、こちらを振り返る。

口元は歪んでいるが、相変わらず目は笑っていない。



山本さんは、期間限定だがパーティに加わってくれる事になった。今までのパーティが長期休暇を取る事にしたそうで、休暇が終わって再結成するまでの約束だ。


そして俺達は今、迷宮の二階にいる。


前衛が二人になった事で、格段に戦闘が楽になった。というか今までは普段、殆ど一人で戦っていたのだから、それはそうだろう。


今も後ろの二人が、飲み物を飲んで観戦しているのを知っている。恐ろしい気の抜けようだ、遠足気分である。


「楽勝だねー」


「いや、あんまり気を抜かない方がいい。厄介な罠も増えてくるからな」


きりっとした顔で、さやを嗜めるノブ。お前の手の中にある水筒には何が入っているのかな。


じっとその手の水筒を見ていると、サッと懐にそれを隠した。ふわりと漂うアルコールの匂いに混ざって、柑橘系の香り。今日はグレープフルーツかな。


「とりあえず今日は、二階がどれ位の手応えか確かめるだけにしよう。新メンバーに慣れる為にも、あんまり深追いはしないように」


こくりと頷く面々。



「いやしかし、皆さんは二階をはじめて攻略に来たとは思えませんな、余裕がある」


山本さんの言葉は嫌味か本気かわからないが、いいツッコミだ。命がけの戦闘を野球観戦と同じにしているやつらに教えてやってくれ。


「特にノブ殿は顔もかわいいし、胆力が凄いですな」


「……」


「……」


猫のように、ぴくっとさやが反応したが俺は無視した。



……



うっすらと濡れた壁面に手をかける。ゴツゴツとした岩肌はぬらりとしていて、まるで川底の石のようだ。一階とはまるで違う。

奥に進むにつれて迷宮内部が建造物というよりは、洞窟の中のような様相を呈してきた。


「もうすぐ先に、小さな広場があります。そこで休憩にしませんか?」


「あぁー賛成」


帽子を深く被って下を向いて歩きながら、さやが山本さんの提案にそう応えた。

腹時計も、正午をお知らせしてくれている。この辺りで、腰を下ろして休んでもいいかもしれない。


「そうしましょう、ノブどうかな?」


「……あぁ」


ふっと一瞬考えたような仕草をしたが、同意した。何か気になる事があるのだろうか。

何かあるのかと聞こうとした時、先にノブが口を開いた。


「いや、なんでもない」


「本当にー??」


さやが、にゅっと顔を出して尋ねる。わたし達の安全管理はノブの仕事だぞおーなんてプレッシャーをかけている。


「はぁー……」


大袈裟に両手を上げて、まいったというジェスチャーをしながら、彼が口を開いた。


「俺は、あんまり不確かな事を言って、不安にさせたく無いんだが。あのな、俺たちを付かず離れず追跡している気配を感じるんだ」


へぇ、全く気がつかなかった。ノブも仕事してるんだな。山本さんも成る程と、真剣な顔で頷いている。


「多分ハイゴブリンで、音からすると一匹か、二匹か。そんなに警戒する程でも無いと思うんだが、チト気になる。それが全部だよ」


ぽかんとした顔で、さやが呟いた。


「ちゃんと仕事してたんだ。お酒飲んでるだけかと思ってた」


俺の心を代弁してくれた。


「おい。俺のクラスを何だと思ってるんだ」


「アル中……違う、酔っ払い者だっけ?」


即答でボケた。本人にボケている自覚はあるのか知らないが。


「偵察者だよ!者しか合ってねえよ!」


「っくっくっく……良いチームですね」


にやりとする山本さん。


「もう行こうぜ、急ごう」


「ああ」


そう言って進行方向に向き直り、足を踏み出した。その時、プシュッと背後から、軽い炭酸の抜ける音。


本当、全く良いパーティだよ。



……



今日は薄暗くジメジメした洞窟のような室内で、昼食だ。メニューはおにぎりと、ウインナーに唐揚げ。卵焼きまである、馴染み深いお弁当だ!


「おぉぉー!」


と三人が声を上げた。まさか、遠足のようなお弁当にここで出会えるとは。

これを用意したのは山本さんである。


「こちらの食べ物になかなか馴染めなくて、和風を再現するのに凝っていましてね。実は料理、好きなんです」


にやりと口元を緩めながら、そう言って弁当箱を開いていく。


すごい、なんて言いながらパクつく俺たち。久しぶりの米の飯が、最高に美味い!

ノブは、おにぎりに手を伸ばさず、唐揚げとウインナーで酒を煽っているようだ。競争相手が減って好都合だ、炭酸でも飲んでろ。

俺とさやは我先に、おにぎりを頬張っていく。


「うおっ、中におかか!」

「具なしの塩おにぎりも、これはこれで!」

「この梅干しがにくいっ!」


ほっぺたに米粒をつけながら、必死でパクつく俺たち。


「〜〜〜〜っ!」


さやが、どんどんと胸を叩く。突然のゴリラアピールに困惑する。なんだ?どうした。

ぷるぷる震えながら何かを伝えようとしているのだが……。


あぁ、喉に詰まったのかと理解した時には、彼女の前に二つのコップが差し出されていた。


素早く状況を察したノブと山本さんが、同時に飲み物を突き出したのだ。溢れんばかりのストロングマックスを突き出したノブと、水を差し出した山本さん。


ばっと水を受け取った彼女が、ぐっと飲み干して一息つく。ちょっと赤くなった顔は、涙が滲んでいる。


「山本さんありがとう! そして、この状況で酒飲む訳ないだろっ!」


ぺこりと頭を下げて、その次の瞬間ぺちんとノブの頭を叩いていた。コップを持ったままのノブが「おいっ溢れるからっ!」なんて騒いでいる。


あぁ今日は、すごく充実した昼食だった。

山本さん有能。



……



昼食を終えた俺たちは、ゆっくり帰路につき始めた。お腹もいっぱいで完全に油断していたんだ。そう、ここが迷宮の内部だという事を忘れて、先頭の俺は無警戒でずんずん歩いていた。


だって、同じ道を通っているんだ。行き道に無かったものがあるなんて、考えもしなかった。


警戒しているのはノブだけで。


「おい!待て、その床気をつけ……」


「え?」


ガコン


俺は踏んではいけないモノを踏んでしまった。ぱかりと開く足元、後ろから飛び出して俺の腕を掴むノブ。


時間がゆっくりに感じる。


落とし穴だ!それが分かった時にはもう遅い。体重を支えきれなかった彼ごと、俺たち二人は奈落の底へ落ちていった。


「ああおぉぉぉぉぉーーっ!」

「くっそぉぉぉぉーっ!」」



どさどさっ……どん!


かなりの高度から転落したが、奇跡的に足から着地する事が出来た。普通なら、死んでいてもおかしくない高さである。


「おい、大丈夫か?」

「ぐっ……ノブ」


どうやら彼は怪我がないらしい、偵察者は身が軽いのか。

俺の方は起き上がろうとすると、ガクンと崩れ落ちた。右足に感覚が無い、見ると半長靴の上が真っ赤に染まっている。


「うわっ……」


「おい、どうした。ちょっと見せてみろ」


ノブがぐっと裾を捲り、傷口を確認する。俺の足はどうなっているのだろうか。


「ノブ、俺の足は大丈夫かな?」


「あぁ大丈夫だ。大丈夫だが、歩くのは難しそうだな」


ポーションも持っていないし、今の俺たちに治癒する手段は無い。どうやって上に戻ろうか。


ぬらりとした岩肌。

周囲は上階と同じような構造だが、心なしか背中に、ひやりと感じるものがある。



「「おおーい!」」


その時上から、声がかけられた。ここから見ると随分高く見える。


「大丈夫だー!二人とも生きている!」


「よかった!助けを呼んでくるからー!」


そんなさやの声が聞こえたと同時に、開いていた穴がぴしりと閉じて二度と開く事は無かった。自動で閉まるとは、どうやら迷宮の罠は常識には当て嵌まらないようだ。


「助けを呼んで来るって」


さやの最後の言葉はそうだった、しかし。


「あてにならない。そもそもこの場に留まるのは得策では無いな」


ノブがばさりと切り捨てた。いつになく真面目な顔で続ける。


「ここに居れば、すぐに何者かに見つかるだろう。落とし穴で一つ下ったので三階だから、魔物も強力なものが存在する。早くここを離れた方が良い」


「じゃあ、二階を目指しながら」


「そうだな、肩を貸そう。いくぞ」


ノブがそう言って、引き起こしてくれた。


「ごめんノブ、俺」


初めての二階探索。それなのに気が抜けていた。最悪の失態だ。


「言うなよ、俺も悪い。今はとにかく脱出の事だけ考えようぜ」


そう言って、歩き出した。

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