第七話 ゲームブック(七頁目)
「とりあえず開けようよ、宝箱」
さやが口を開く。
「俺は構わないぜ、開けるかい?リーダー」
そういってノブがこちらを見る。いつの間にリーダーにされたのか分からないが。
ここまで来たら開ける他無いだろう。
「わかった、ノブさんお願いします」
「あいよ、じゃあ離れてな」
その言葉を受けて、さやと一緒に宝箱から離れていく。後ろを向いた一瞬、カシュッと音がしたのは気のせいだろう。
「ふぅー、じゃあ開けるぞ」
彼はそういってゲームブックを取り出して、ダイスを振る。カラカラという音は聞こえたが、出目はここからでは見えない。
「……」
カチャカチャという小さな音だけが部屋に響く。
「……」
カチャリ。
「開いたぞ」
「やった!」
「良かった」
そういって走り寄っていく、気になる中身は。金貨だ、10枚以上ある。
ぱっぱと仕分けして勘定するノブ。
「これは300G位あるな」
「大金じゃーん!やったね!」
「おおっ!」
その直後、ノブのにかりと笑っていた顔が、すっと真剣になり話し始めた。
「それで、パーティの金銭の管理はどうするんだ?ちゃんと決めておかないと、もめる原因になるぜ」
「うーん」
それもそうだろう。
公平に分ける方法、だよな。
「迷宮から返った後、頭数で割るのはどうだろう?」
「うん、まぁ妥当だよな。でもよ、消耗品とか武器とかも全部個人負担にするか?職種によって結構変わって来るぜ。後、現金化できないアイテムなんてどうするよ?」
「そんなのもあるのか……」
さぁどうしようか。本当にお金の問題って困るよな、争いの元にしかならない。
考え込んでいると、さやが口を開いた。
「もうさ、面倒だし
「……まじか?すごい信用だな。でもまぁ、俺もそれで良いや。酒さえ買えれば何でもいいし」
「丸投げで良いんですか!?……わかりました。一応パーティにいる間は俺が預かるって事で、大きな買い物は相談して買いましょう」
「あいよ」
「はぁーい」
「っと、忘れてた。このゴーレムコアも武具の素材に使えるかも知れないから拾っていくぞ」
そう言ってノブが破損したゴーレムコアを拾っていく。成る程、魔物の素材で何か作れる訳か。
この間の赤い宝石もそうかな。
「で、これからどうする?」
「もう魔法も使えないし、今日はもう戻りましょうか」
こくんと頷くさや。
しかし、ノブが反応する。
「え、一回しか使えないのか」
「んー?第三魔法だよ?」
文句あるか、と聞こえて来そうな迫力だ。
「うん、そうか……」
まぁ、そうだよな。
まさか魔法使いが、魔法を一回しか使えないとは思うまい。
さあ準備ができた、街へ戻ろう。
そうして足を踏み出した時に、後ろから声がかけられる。
「なぁところで」
振り返ると、ノブが真剣な表情を作っている。
「酒持ってないか?」
「無いよ!」
……
街に到着したが、まだ日は高い。
そして今日はなぜか人通りが多い気がする。
そう街人だけで無く、冒険者らしき人影がやけに沢山目につくのだ。
「さて、ちょっと夕飯には早いかな?宿に直行するのも……」
「あぁ加工屋、行ってみるか?」
ノブがそう提案する。
「加工屋?」
「おう、加工屋。魔物の素材なんかを加工して武具を作る店だ。既製品じゃなくてオーダーメイドだからちょっと高いけどな。素材の買取もしてるから見てみるのも良いんじゃ無いか?」
「良いですね、行ってみましょう!」
「と、その前に」
そう言って、歯を見せながら近づいてくるノブ。綺麗な白い歯だ。日焼けした肌と対照的でより白く見える。
「ちょっと小遣い頼むわ」
「何にー……いや良いか」
おそらく酒を買うんだろう、小さい金貨5枚。5Gをノブに手渡す。
「ありがとよ、それじゃあ加工屋までは案内するから、後で酒場で合流でヨロシク!」
「はいはい、さやさんはどうする?」
「えー、うーん。加工屋一緒に行こうかな」
「じゃあそれで、案内お願いします」
「はいよー」
……
カァンカァン、と金属を打ち合わせるような音が奥から聞こえる。
ラナイ商店という加工屋だ。ここでは迷宮で得た素材を加工したり、武具の修繕なんかもやっているらしい。
そして、なんと素材の鑑定は無料だと言うのだ。ボッタクラナイ商店、冒険者に優しい施設だ。
早速ゴーレムのコアとスケルトンの赤い宝石を鑑定して貰う事にした。
ふんふん言いながら、ドワーフを思わせる筋肉質で小さいおじさんが、それらを手に取って鑑定していく。
「ははぁーこれは、もうダメじゃな。死んでる」
ゴーレムのコアを手に持って、そう言った。
どうやらゴーレムのコアは生きている死んでいるの区別があるらしい。
生きているコアは錬金術師が凄い値をつけて買う事があり高価だが、死んでいるそれはただの硬くて透明な石だ。
まぁ見た目は綺麗だから装飾品の材料に使うなどの需要はあり20Gで引き取ると言うので、そのまま渡した。
赤い宝石の方は……魔力を持っている。
これを身につければ精神力にプラスの補正がつくそうだが、いまいちどういう意味があるのかはわからない。
50Gで指輪にしてくれるが、どうするか。
「とりあえず保留に……」
「指輪欲しいなぁ」
食い気味にさやが声を出す。魔力の指輪をご所望ですか、そうですか。
ちらりと様子を伺うと、上目使いでこちらを見ている彼女。可愛いけど!
「とりあえず、いったん……」
そう言いかけると、表情が一変してドンと暗くなる。
じとりと睨むそれは失望と恨みの顔だ。何故そんな顔をされなければいけないのか。
しかし、この顔を見ながら今日を生きるのも嫌だし、よく考えれば彼女のお金でもある。
これくらいの買い物なら良いだろう。
「わかった、作ろう」
パァッと明るい表情になる。
「やった!」
ワガママで子供っぽいところがあるが、この笑顔をみるとおおよそ許せてしまう。
全く、反則である。
……
「あいよ、出来たぜ」
ドワーフ(見た目だけ)のおじさんから指輪を受け取る。随分早い仕上がりだ。
「ありがとうございます、じゃあコレ。さやさんどうぞ」
「嬉しいっ!ありがとうー」
そう言って、左手を開いて突き出してきた。
これは指輪をはめろという事だろう、しかし。
ピタッと固まる。
どの指にはめれば良いのだろうか……。
「んっ」
そう言って催促するように指を動かす、それは薬指をアピールしているような動きだが。
白くて長い指が綺麗である。
左手の薬指ってなんか大事な意味があるんじゃないのか。結婚指輪もそうだし。
肝心な時にゲームブックは何も教えてくれない、ダイスを振らせてくれ。
ええいとばかりに、それをはめようとした時くるりと手のひらを上に返して、指輪を握られた。
「ぷっくっくっく」
そう笑って、握った指輪を自分で右手の薬指にはめる。
コイツおちょくりやがったな……。
「っくっく、ごめんね。左手の薬指は結婚指輪する時に空けておかないとね?」
「〜〜〜〜」
何か言い返してやろうと思ったが、何も良いフレーズが思い浮かばなかったのでやめた!
こんな時うまく返せる男になりたい。
……
酒場に到着すると、すでにノブはだいぶ呑んでいるようで、空いたグラスがいくつもテーブルに並んでいる。
そして前の男と何か喋って、笑いあっているようだが。知り合いだろうか。
「おぉーいノブさん」
「おっ来たか。早かったな」
「こちらの方は?」
「あぁ、俺の古い友人。ガリオスだ」
紹介された男はぬっと立ち上がって握手を求める。その背丈は俺より頭一個分高い。
そしてがっしりとした大きな手だ。
「よろしく、聖騎士ガリオスだ。えーっと?」
「俺はユウ、彼女はさやです」
「よろしく」
どうもと小さな声で呟くように挨拶する彼女に、にかっと笑って答える。
「聞いてくれよユウ。ガリオスはすげえんだぜ、なんせ聖騎士レベル20!まず上位クラスでここまで高いのはなかなか居ない」
「へぇー」
聖騎士というのが何かは知らないが、高レベルの前衛職という事だろう。
街を歩いてもそうだが、誰にでもどんどん話しかけるノブは顔が広い。
「おいおい、褒めすぎだよ」
「いやー戦士の時から自分の事を聖騎士だって名乗って、本当にそんなクラスになっちまうんだから。病気だぜ」
そこまででもないなんて謙遜していたガリオスが、ノブの言葉に引っかかるところを感じてピタリと止まる。
「……おい?バカにしてないか」
「いやいや、純日本人なのに恥ずかしげもなくガリオスって名乗る正義の聖騎士様を誰がバカにするんだよ。そんな奴いたら俺が文句いってやるよ!フッハッハ!」
「うん、うーん……ふん」
ノブとは随分仲が良いようだ。なんだかんだとじゃれあっている。
「ま、それはそれとして」
ぴたりと真剣な顔で尋ねるノブ。
「明日出発するのか?」
「あぁ、早朝からだ」
どうやらガリオスはどこかへ行くようだ。まぁ十中八九迷宮だろうが。
「どこか行かれるんですか?」
その質問にはノブが答える。偵察者から解説者にクラスチェンジ出来そうだ。
「何か共通の目的のために、いくつかのパーティが合同で迷宮に突入する事があるんだ。今回は、五階層に強敵が居るんだってよ」
「スケルトンロードだな、今度は大掛かりな作戦になる」
「その討伐隊の一員だよ。まぁコイツはいわゆる攻略組ってやつさ、真剣にこの迷宮をクリアできると思ってる」
「あぁ、クリアする。絶対にな」
茶化すような言い方にもめげずに、ガリオスは真剣に答えた。その眼差しには決意が宿って居るようだ。
「……しかし気をつけろ。それに合わせて魔術師組合も何かキナ臭い動きをしてるようだぜ」
「やはりか?」
「あぁ、何かゴブリンのキバやら骨やら、召喚の触媒を大量に買い集めてるらしい。悪い予感しかしねぇな」
「まぁゴブリン位、何匹いようが関係ない。来るなら来い、真正面から潰してやる」
腕っ節に自信があるのだろうか、それとも魔術師組合とやらに何か含むところがあるのか。バシンと拳を打ち合わせて音を立てる。
「真正面からくりゃ良いけどな、まぁ頭には入れときな」
「あぁ、ありがとう。さて、パーティメンバーも来たようだし俺はこれで」
そう言って去っていくガリオス。
その背中を見送ってから、交代に俺とさやが席について、夕食を注文したのだった。
……
「ふぃぃー……」
干し草の匂いに包まれながら、目を閉じる。
暗くなったから眠るというのは健康に良さそうではある。
ノブは女の所に行くと言って出ていったし、さやは既に眠っている、いつもながら寝付くのが早い。
寝床で目を閉じると、今日一日の事が思い起こされる。今日も色々あった。
先の話に出た魔術師組合というのは、迷宮攻略を快く思っていない魔法使いの集団だ。
魔法という神秘に取り憑かれて、延々とそれを研究している団体なのだと。
迷宮をクリアするとこの世界が終わる、そう信じて世界の存続の為に、迷宮攻略を邪魔する。そういう集団だ。
ノブの談だと「頭のおかしいヤツら」そんな評価だった。
いろんな人間がいるんだなぁ。
そうして意識は闇の中へ沈んでいった。
ズズズズ……
君は既にこの世界の一部だ、全ての事柄に無関係では居られない。
何を信じ、誰と共に在るのか。それを決める時が来るだろう。
己の意思に関わらず、君の選択がすなわちその立場を表すのだ。
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