第八話 ゲームブック(八頁目)

ガランとした酒場で、硬いパンと格闘しながら今日の予定を話し合う。

スープに浸したら少し食べやすくなった。


「今日は攻略組が遠征に出たところだからなぁ。あんまり迷宮に潜ってもな」


「もぐもぐ、邪魔になったらダメだしねー」


ノブとさやが、口々に迷宮探索に行かぬようにと話をしている。

しばらく生活できる蓄えはあるし、今日は無理に迷宮探索に行く必要は無いだろう。


「今日は各自好きに休みにするか?」


「あー、じゃあノブが街を案内してよ」


無責任にさやが切り出す。彼女は思いつきで話をするのが得意なのだ。


「いいね、それ。俺たち酒場の周辺から他には殆ど行ったことがないし」


「案内ねぇ……」


ふぅーんと朝っぱらから酒を呑みながら考える。


「まぁいいか、案内してやるよ。今日は攻略組が出払ってるから街も空いているだろうしな」


「やった!」


「ノブは本当に頼りになるな」


そう言って持ち上げるが、はいはいと流されてしまった。


「そういえば、今朝はなんで酒場の前の道で寝てたの?」


そういえばそうだ、確か昨晩は女の家に行くって出て行ったところまでは覚えてるんだが。

今朝なぜか酔っ払って月白の葡萄亭の前の道に転がっていたのだ。しかも無一文で。


「いや、俺もあんまりわからないんだよな。記憶が無いから」


「ふぅん」


「……」


大金をノブに預けるのだけはやめよう。



……



俺たちは南門、迷宮に近い方の門の前に立っている。


「では、ご案内させて頂きます」


そうおどけてノブが話し始めた。


「楕円系のこの城塞都市は、教会を中心に十字に大通りがあります。そして今立っているのが南門、この道を真っ直ぐ行って広場になっているところが教会です。さらにそれを突き抜けて真っ直ぐ行くと北門です」


「へぇー、門はいくつあるんですか?」


「北門と南門の二つしかない。しかも門を閉じたり門番が居たりする事もないな」


いつもの口調に戻って話しだす。ふざけるのも、もう飽きたようだ。

しかし恐ろしいセキュリティの低さ。城壁が何のためにあるのかわからない。


「教会行ってみようよ」


さやがそう提案する。


「はいはい」


目的地を決めた俺たちはぽつぽつ歩き始めたのだった。


大通りでは時折ガラガラーっと馬車が走っている。しかし人通りはまばらだ。

攻略組。殆どが一期生二期生で構成されているその集団は、かなりの大所帯だったらしい。

それらが迷宮攻略のために出払っているからだろう。


「そういえば王様っていないの?」


「この街に王様は居ないな、お城も無いし。一番大きな建物が教会だからな」


「へぇー」


「どこかには居るって話だけどな。この街で一番権力があるのは……誰だろう?」


「教会じゃ無いんですか?」


「教会って権力あるのかね」


「さぁ」


「騎士団って言う治安維持の警察署みたいな団体はあるからそこか……?わからん!多分教会とか騎士団が支配者階級なんだろうな」


「どちらにせよプレイヤー俺たち には関係無いね」


そんな話をしている間に、広場に到着した。

どーんと広い、ひらけた空間だ。


そして、広場の真ん中に巨大な石造りの建物。その周りには四つの大きな時計がついた塔がそびえ立って居る。


「うわーすごい!綺麗」


「教会が一番大きな建物だな。この広場の地下には墓地があるんだぜ」


「地下に!?」


「あぁ、普段は立ち入り禁止になっているけどな。それこそ恐ろしく広大な空間に骨が積まれているのさ」


「ほぉー」


そこをガラガラーっと幌を被せた馬車が通る。風情が台無しである。

そういえば通りには馬糞一つ落ちていないが、誰かが掃除しているんだろうか。

いや細かい事は気にしないようにしよう。


「教会の中も見るかい?」


「良いね、いこう!」


そう言って歩き出す彼等。

教会の中を見学するが、がらんとした内部は美しかったが、寂れた博物館のように人気が無く静かだった。



……



北区のエリア、食料品や市場で栄えた場所で休憩を取る、楽しい食べ歩きである。

昆虫を揚げたやつが並んでいるのはご愛嬌。


中央広場から市場のある北区、宿場と冒険者向け施設のある南区、高級住宅街と騎士団のある西区、錬金術師組合や魔術師組合のある魔境の東区に大まかに機能が分かれているのだ。


住宅街を見て歩く訳にもいかないし、街の見学と言っても、中央から北区と南区しか見られる場所は無かった。

東区に至っては、用も無くウロウロしない方がいいと釘を刺された。


ぶらぶら歩いていると、ノブの短剣の鞘が気になった。そういえばずっと鞘だけだ。


「ノブに武器買わないとな」


「んー?まぁ、あれば便利だな」


便利とは、戦う気があれば武器は必須ではないだろうか。全く戦わないつもりだったのか。


「買い物にいこっか」


「じゃあ南区に戻るか、冒険者向けの装備は全部あの辺りに固まってるからな」


「はーい」


そう言って南区に足を向けた。



……



「こんなのはどうかな」


そう言って見せたのは鎖鎌である。ノブのイメージにピッタリの武器だ。おどろおどろしい紫色に着色されていて良い感じだ。


「これも良いよ」


さやが手に取ったのはトゲトゲのついた鞭だ。見事にノブのイメージにあっている。なかなかセンスが良い。


「良いね!」


「良くねえよっ」


間髪入れずに彼が口を挟む。


「何でそんなニッチな武器を使わないといけないんだよ。良いよ、短剣とかで」


「えぇ……」


短剣か、面白くないな。

武器屋に来たのは初めてだが、こんなに不思議グッズが沢山並んでいるとワクワクする。


「やばい、水が出る鉄の扇子とかあるよ」


「いらねえよ」


結局買ったのは片刃の短剣だ。シンプルな作りなので非常に丈夫そうではあるが、面白味は無かった。



……



夕暮れに差し掛かり、酒場で夕食を取っていると、窓の外から叫び声が聞こえてきた。


「敵襲ーッ!!」


カンカンと鍋の底でも打ち鳴らしたような音と共に、聞き慣れない単語が飛び出した。


「敵襲ッ!戦える者は広場に集まれ!」


ドタドタと走り回る音。

何事だろうか、ぐびぐびとビールを呑んでいるノブを見る。


「何?何が起こってるの?」


さや彼に注目する、困った時の物知りノブエモンだ。


「知らねえよ、街が襲われるんじゃねえの」


「ええ!?そんなのあるのか」


「いや、そんなイベント初めてだな」


真面目な顔でじろりと店の外を見る。


「リーダー、俺は行く」


そう告げる。


「ここには無くなっちゃ困るモノがあるんでな。お前たちは二、三日居ただけの街に従う義理は無い、好きにしたら良い」


「好きにって……言っても」


「本を持つプレイヤー俺たち NPCあいつら では能力の格が違う。大丈夫だ、どこに逃げてもどうとでもなるだろうさ」


「どうする?ユウくん……」


どうするって言ったって、情報が少なすぎる。逃げる以前の問題だ。


「とりあえず何の状況もわからないし、広場に集まれって言うんだから行ってみよう。ダメだと思ったらその後逃げたら良いんだし」


「わかった!」


彼女は素直に同意した。


「そう言う事だから一緒に行きます」


「……りょうかい、んじゃあ行こうか」



……



広場には、おそらく冒険者だろう集団と、何やら兵士のような格好をした男達が集まっていた。

あの兵士が騎士団なんだろうな。


ガヤガヤと騒ぐ広場で、木箱の上に乗った一際目立つ兜を被った兵士が、声を張り上げた。


「諸君!このアロロの危機によく集まってくれた!私は騎士アロロ!この街を守護する者である!」


騎士アロロか……進化するとバーサルナイトアロロになるのかな。


「今、100匹のゴブリンの大群が丘の向こうより北門に向かって来ている、我々の街を脅かそうとする者だ。それを討ち亡ぼす為に、諸君ら冒険者の力を借りたい!」


うぉぉーっやってやる、なんて叫んでいる戦士らしい男。口々に皆が何か叫んでおり、収集がついていない。

校長先生に怒られる感じの集合の仕方だ。


ざっと見渡して、冒険者だけでも二十人以上いる。兵士も入れれば四十はあるだろう。

これだけ居れば討伐できるのではないだろうか。

殆どが三期生だとしても一人で二、三匹位なら十分やれる。


「正確な戦力を知りたい、冒険者はクラスごとに集まって数を兵士に報告して欲しい!」


騎士アロロがそう言うと、だらだらと冒険者達が移動し始めた。


「ゴブリン百匹って結構余裕っぽいですね」


そう言ってノブの方を見ると、何やら真剣な顔でブツブツ言っている。


「おっさんに話を聞いてくる」


そう言って彼はパッと騎士の方へ歩いて行く。


「ノブ?っと」


ぐっと裾を引っ張られる、さやだ。


「助けて上げようよ、街は知らないけどノブにはお世話になってるし。ついていこう」


「ああ、行こう」


そう言って後を追いかけた。



「アロロさん、ゴブリンの数は正確なのか?」


「ん、君は?」


「俺はノブ、11レベルの偵察者だ。今街に残っている冒険者の中じゃ高レベルだろう」


「おぉ、協力感謝する。ゴブリンはおよそ100だ、間違い無い。ゾンビになっている者もあるらしいが」


「ん、ネクロマンサーがいるな。魔術師組合の連中だ。ゴブリン召喚の触媒を集めていた、間違いない」


なるほどなどと、兵士達がうなづく。


「攻略組を直接狙うんじゃなくて、留守の間にこっちをやろうって言う腹だな。それは良いんだが……」


「何か気になる事でも?」


「俺が調べたところ、ゴブリンの召喚触媒を500は集めている筈だ。いくらなんでも100匹は少ない、少なすぎる」


「ふぅむ、後から増やすつもりでは?」


「意味がない。ばらばらに増えても各個撃破されるだけだろう。しかも、なぜ100匹だけ見つかるように丘の向こうに寄せたのか。陽動の可能性は?」


「南門の方からは、何も報せは受けて居ないが」


「街中では召喚魔法は使えないし、西や東の城壁を超えられるとは思えないよなぁ」


確かにノブの言う通りだ。

これが魔術師組合のテロなのだとしたら、冒険者に利益のある南区の破壊が主たる目的だろう。

北門の向こうに100匹のゴブリンを呼び出す意味がわからない。


「とにかく、全隊で北のゴブリン掃討に向かうのはやめた方がいい」


そうだな、と頷くナイトアロロ。


「ん、そうか……」


そう言ってノブが何かを思いついたようだ。


「確認してくる、とにかく出撃は待てよ、アロロさん」


そう言ってパッと駆け出して行った。

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