第六話 ゲームブック(六頁目)
俺とさやが月白の葡萄亭に戻ると告げると、ノブが一緒に行くと言ってついてきた。
どかりと酒場の椅子に腰掛けて、店員のおばさんに注文を通す。
そして今日の成果を確認した。
「うーん、まぁ良いんじゃない?」
「うん」
スケルトンの宝石については処分を一旦保留で、現金20Gから今日の宿代引いた残りを二人で分ける約束にした。
「明日は食料や水も準備して、もう少し奥まで進んでみようか」
「そうだねー」
明日の段取りを話していると、ずぃっとノブが割り込んできた。
「あーどうかな?俺も一緒にパーティに入れてくれないか?」
「んー……」
「宝箱とかで痛い目に合わなかったかい。俺のクラスは偵察者、解錠や罠の解除に特化したスキルを持っている、絶対に役に立つと思うけどな」
「宝箱!?良いじゃん、入れてあげようよ」
宝箱の言葉にぱっと反応するさや。しかし確かに、解錠は必須だろう。
「まぁ、確かに偵察者のクラスは魅力的だし」
「じゃあ?」
「はい、ノブさんこちらこそ宜しくおねがいします」
「あぁ宜しく」
そう言って立ち上がり、握手を交わした。
座り直して自己紹介をする。
「ユウです、魔法剣士、レベルは2」
「さやですー、魔法使い、レベル3」
「俺はノブ、偵察者のレベルは11だ」
「じゅっ!?高っ!」
思ったより凄い数字で驚きを隠せない。さやは口から水を吹きかけた。
「多分あんた達は三期生だろ?俺は一期生だから単純に年季が違うだけだよ」
「一期生?」
「あぁ、ゲームブックの最後のページを見てみな」
「うーん?あっ第三版って書いてる」
「うん、俺のは初版なんだ。それで初版を持っているのを一期生、第三版を持っているのを三期生って呼んでいるのさ」
「何が違うんですか?」
「何も。違うのは発行された年だけだ、一期生は大体二年くらい前からここに居るのさ」
成る程な、重版があるというのは盲点だった。ということは。
「それでも、まだ迷宮はクリアされていない?」
こくりと頷くノブ。
「そうだな、でも全員が攻略に力を入れている訳でもない。色んな奴がいる。現実世界に戻りたく無いって、街で商売してるやつ、魔法の研究にハマってダンジョンに住み着いているやつとかな」
「へぇー」
さすがに二年もこの世界にいる先人は物知りだ。昨日今日飛び込んで来た二人では知り得ない知識を持っている。
ノブを仲間に入れて良かったという事だろう。
「まぁ乾杯しようぜ!」
「あっ俺はお酒ダメなんで……」
「私も甘いのじゃないと飲めないから良いや」
「そうか?じゃあ俺だけ呑ませてもらって悪いけど、乾杯で!」
かんぱーい
そう言って、楽しい夕食を取った。
ノブが代わって注文してくれたおかげで、虫やカエルを食べることもなく、美味しい食事にありつけたのだった。
……
横薙ぎ一閃
ごとりとコボルトの首が落ちた。
ひゅうんと音を立てて、剣についた血を払う。今日は、三人パーティで迷宮に潜っている。
食料も水も、丸一日は持つ量を所持している。準備は万端であり、絶好の探索日和だ。
しかし……。
「戦ってるの俺だけ!?」
後ろで並んで見ているノブとさや。
「だって、魔法一回しか使えないし」
「いやー、武器が、ほら無くって」
「買えよ!」
「文無しなんだって、すまん」
そうなのだ、ノブは高レベルだが何故か武器は無く、お金も持っていなかった。
昨日の宿代すら俺たちに出させる程に。
「あっ、待って宝箱あるよ」
「おぉっ!」
ちらりとノブの方を見る。彼はどいてなと言わんばかりに前に出てきた。
「ほぉ、なるほどな。このタイプか」
本を取り出して、パッとダイスを振る。
出目は4だ、どうなのだろうか。
「まぁ俺くらいになると、この程度ならダイスの出目に関わらず解錠できるがな」
などと言いながら、自信満々で宝箱の前に座り込む。
そして両の手を鍵穴に近づけて……。
「……」
「……」
何かおかしい。ノブに手が小刻みにプルプル震えている。どうしたというのだろうか。
「ちょっとタイム」
そう言って懐から、銀色の水筒を取り出した。水の入っているモノと違うようだが。
カシュっと音を立ててそれを開封し、喉に流し込んでいる。
まさか。
「何飲んでいるんですか?」
「えっ?いや、水?」
「なんかお酒臭いけど……」
さやの鋭い指摘で、すぐに白状した。
「……本当はストロングマックス」
ストロングマックスは、アルコール度が高い炭酸系のお酒である。巷で流行っているらしい。
「ちょっと、何してるんですか!」
近づいて水筒を取り上げようとすると、必死で抵抗する。
「いやっ、待て待てコレを飲むと解錠率上がるんだって!本当に本当に!」
「ちょっと、下がって危ないから!」
本当に危ないよ。まさか酔っ払いに、罠があるかもしれない宝箱を触られる事になるとは。
しかし俺の心配をよそに、彼は何か針金のようなものを手際よく操作する。
一瞬の静寂の後、かちゃりと音を立てて宝箱が開いた。
「ほら、開いたぜ」
「おぉー!」
中に入っていたのは、青い液体の入ったガラスの容器。
「ポーションだな、治療薬は手に入る機会が少ないから当たりじゃないか」
ほらと、俺に向かってポーションを投げた。
落とさないように慌てて受け取る。
「な?大丈夫だったろ」
そう言って肩を叩くノブ。まぁ結果良ければ全て良し、か。
本当に?一抹の不安を残して、俺たちは先に進むのだった。
……
先頭が俺、その後ろをノブとさやが続く。
さすがにレベル11の偵察者だ、敵に発見される前に全てこちらが先に見つけている。
そのため今日は一度も囲まれたりする事無く、少数を各個撃破する事ができた。
全く、スムーズだ。
偵察者のクラスの有難さを痛感している。
しているのだが。
カシュ、シュッと密閉した容器から炭酸が抜ける音が背後から何度も聞こえてくる。
開き直ったのか、ダンジョンを探索中だというのに一杯やっているのだろう。
「ちょっとノブさん」
そう言いながらパッと後ろを向くと、物凄い真剣な顔で、何だ?と答えるノブ。
両手はフリーで手のひらをこちらに向けている。何もしていないというアピールだろうか。
「どうした?気になる事があるのか?」
真顔である。
「っぷくっくっく」
さやが笑いを堪えているようだが、堪えきれていない。
「探索中に飲酒は……はぁ。まぁその件は今度お話しします」
「わかった」
真剣な表情で、こくりと頷いた。
カシュ
……
「待て」
後ろから、そんな声が聞こえた。何だろう、酒が無くなったのか?
「ちょっと待て、何だここ。隠し扉があるな」
そう言って壁面を触るノブ。レンガが積まれたような壁面の一つの石が押し込まれた。
ゴゴ……という音と共に、ぽっかりと入り口を表した。
そこから中を覗くと、部屋の真ん中に宝箱が置いてある。見るからに怪しい。
その時、視界の端に部屋の中に入っていくさやの後ろ姿が見えた。
「ちょっとっ!」
「え?宝箱あるじゃん!」
ノブに視線を向ける。肩をすくめて、見るだけならと答える。
大きな隠し部屋の中央にぽつんと宝箱。
本当に大丈夫なんだろうか、しぶしぶ中に入って行った。
宝箱を囲んで、会議を開く。
これを開けるべきか開けないべきか。
「ノブさんどうなんですか?」
「うーん、結構難しい宝箱だな。解錠失敗の可能性もある」
「一か八か開けようよ。ノブだけ宝箱開けて、私達は離れてたら良くない?」
合理的だが、恐ろしい提案がするりと出てきた。
「まぁ、普通はそうするわな。俺は気にしないけど……」
その時、サラサラと砂の音がしたと思うと、どぉんと天井から砂の塊が落ちてきた。
その砂の塊が、みるみる膨れ上がり巨人の形を取っていく。
「何!?」
「やばい、サンドゴーレムだ」
モクモクと砂が舞い上がり、視界が黄色い。そこにゆらりと揺れる大きな影。
それは3m程もある大きな砂の巨人だ、手には大きな金槌を持っている。
「ふっ!」
先手必勝!動き始める前に、腕めがけて袈裟斬りに斬りつけた。
ぞんっと砂の腕に剣が埋もれる!
なんだ、全く何かを破壊してやったという手応えがない。本当に砂山を切ったかのようだ。
「ユウ!サンドゴーレム弱点は身体の内部にあるコアだ!それ以外は攻撃してもすぐに再生するぞ!」
砂が固まり、剣剣が抜けなくなる前に引き抜いて、パッと距離を取った。
切り裂いた腕は、すでに再生している。
「おいおい、倒せる気がしないな」
サンドゴーレムが金槌をゆっくり持ち上げ、ぶおっと風を巻いて振り下ろす。
ズドンッ!
石畳が砕け、破片が飛び散った!
目に入らぬように顔を抑えながら回避する。
大振りで避けやすいが、当たったら終わりだな。
「さやさん!魔法を!」
「もうやってる!」
すでに壁面に黒いクレヨンで何かを描き始めている。そうか、ならば時間を稼ぐだけだ。
「無理すんなよ、サンドゴーレムは斬撃に強い耐性がある。15レベルの戦士でも剣だけならば倒し切るのは難しい」
安全な距離まで離れているノブの解説が入る。なるほど、そういう立ち位置か。
「フラム!」
パッと剣を持ち替えて、右手をやつに突き出す。ぼぉっと手のひらから飛び出た炎は、砂でできた表面を焼くに留まった。
「これもダメか」
MPをもっと注ぎ込んで貫通力を上げれば、いやしかしコアの位置が分からない。
有効打が取れない確かに強敵だ。
ぶぉんと音を立てて俺の真横の石畳に、金槌が振り下ろされる。
大振りな攻撃の為、回避は容易だが、いつか避けきれなくなったら終わりだ。
幾度か剣を振るうが、何度やってもダメージは与えられない。
「はぁっはぁっ……」
体力だけが消耗する。
そこに飛び込んでくるさやの声。
「いくよっ!」
魔法の準備が整ったようだ。
ばさりとマントを翻し、ゴーレムを真っ直ぐ見据えて告げる。
「今は遠き世界の住人よ」
「彼の地より来たりて、その力を示せ!」
「
壁面の落書きが一周光ったかと思うと、ぬるりと音も無くそれは現れた。
真っ黒な影ではあるが、シルエットで判断するならば皮の鎧にブーツだろうか。それに剣を携えた人影。
そう剣士だ。
「何で剣士なんだよ!」
「剣が効かないって話してたじゃん!?」
俺とノブの言葉には全く耳を貸さないで続けた。
「破壊せよ!」
そう短く叫んで、サンドゴーレムに向けて指を指す。
その瞬間、ひゅうっと風のように真っ直ぐ疾走する影の剣士。恐ろしいスピードで距離を詰める。
ばっと待ち構えていた金槌が振り下ろされる。しかし、ぶぉんとうなるそれは空を切り、ただ地面を抉った。
そう、剣士は振り下ろされる直前で弧を描くように旋回し、後方に回り込んだのだ。
そして同時に……。
ザンッという音と共に金槌を持つ腕が分断されて、どんと金槌と共に地面に落ちた。
さらに、間髪入れずゴーレムの頭部に剣を突き立てる。ずぶずぶと真っ黒な刃が吸い込まれていき、向こう側へ突き抜ける。
しかし、それでもなお、何事も無かったかのように動き続けるサンドゴーレム。
「嘘だろ?」
ノブがそう呟いた。その言葉は剣士の異様な実力にか、ゴーレムの異様な生命力になのか。
黒い剣士のくちびるが何か言葉を発したように小さく動いた。
その直後、剣を引き戻した彼が、ぐるりと身体ごと回転するように足首をなぎ払った。
足が千切れ、地面にズドンと大きな音を立てて仰向けに倒れこむゴーレム。
すると側に立った影の剣士は、自らの剣を放り出し……落ちていた大金槌を持ち上げた。
どずん!
それが胸に振り下ろされる。
どずん!どずん!
首を、腰を、あらゆる場所を手当たり次第に金槌で叩き潰していく。
そして……。
パキャリと、ある時コアにそれが直撃する。
ぼぉっんと黒い煙のようなものが上がったと思うと、サンドゴーレムはコアの残骸を残して砂に返った。
完全にゴーレムが破壊された事を確認すると、音も無く壊し屋は消えていった。
「……20、いや30レベルはあるか」
「剣士の次元を超えている」
「かっこいい!」
三者三様の感想を述べて、サンドゴーレム戦は決着を迎えた。
そして、残された宝箱。
「で、どうする?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます