第五話 ゲームブック(五頁目)

俺たちは引き返す事にした。

水もお弁当も持っておらず、そもそも今日は長居するつもりは無いのだ。

二人ならどれくらいやれるのか、それが知りたかっただけだ。

MPの無い魔法使いを抱えて先に進むなんて、攻略の難易度が上がるだけだ。


「ユウくんが一人でやってくれるなら、先に進んでも良いんだよー?」


長い綺麗な黒髪をふりふりしながら、上目使いでそう言ってくる。


見た目は地味なんだけど、この人本当に甘え上手なんだよな。

つい「やります」って聞いて上げたくなる。

もしコレを計算でやっているのならば恐ろしい人だ。


「無理だよ、もう帰ろう」


「はいはーい」


特に異論なく、撤退に賛同してくれた。

まぁ一日分以上の宿代は出たし、生きていくのにそこまで困る事は無いだろうな。


ゴブリンからの戦利品を集めた俺達は、長居は無用とばかりに、すぐに街に向かって戻り始めた。



……



「ん?誰か倒れている」


「ほんとだ。大丈夫ですかー?」


そこには軽装で、短剣の鞘だけを腰に装備した男が倒れていた。それに何の警戒もなく呼びかけるさやさん。

ちょっとびっくりした。


近づいてみると気がついたようだ。


「う……ん……」


年齢は30中頃位か、ボサボサの髪を後ろで束ねている。ヒゲも生えているし、あまり身綺麗とは言い難い。


「大丈夫ですか?」


「み……みず……」


「ごめんなさい、水は無いんです」


助けてやりたくても本当に水は無いのだ。今度から食料と水は必ず持って来るべきだな。


「おいおい、水も無いのかよ」


「えっ?」


ぱっと上半身を起こして座り込む男。


「素人か、迷宮に水も無しで?」


なんだ割と元気じゃないか。


「いや、今から帰るところですから。もう大丈夫そうですね」


心配して損したな、すっと振り返って立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、今から街に帰るなら一緒に連れて行ってくれないか?」


「うーん」


メリットを感じない。この胡散臭い男を一緒に連れて行くべきか。

さり気無く視線をさやさんに向ける。


「良いんじゃない?」


ぱっと口を出す彼女、ちゃんと考えての発言なのか疑わしい。

まぁ、断る理由も無いんだけれど。


「ほら、武器を失ってしまって。魔物と出会うと危険なんだ。頼むよ」


「わかった、一緒に街に戻ろう」


そういうと、彼は立ち上がった。


「助かった。俺のことはノブって呼んでくれ。クラスは偵察者だ」


そう言って握手をする、ふわりと酒の匂いがした。


「酒臭いですよ」


「うわっ本当だ」


「えっ?いや……そうかな?気のせいじゃ無いか」


しどろもどろに誤魔化すノブ。追求しても水掛け論になるだけだろう。


「まぁ、良いです。行きましょう」


俺たちは街を目指して歩き始めた。



……



「ふぃぃー……ごくごく」


しばらく歩いていると、さやさんが懐から水筒を取り出して何か飲んでいる。


「おいっ!水あるじゃねえか」


間髪入れず苦言を呈するノブ。


「えっ、これオレンジジュースだし?」


本当にびっくりしたような顔でノブをみる彼女。その表情には全く悪気が感じられない。


「……」


一瞬の静寂。


「すまん、喉がからからなんだ。ジュースを少し分けてくれないか」


「うーん……」


手に持った水筒とノブの顔を交互に見る。


「いやです」


そう言って水筒を懐に戻す彼女。


「……」


まじか、結構はっきり言うよな彼女。

ちょっと人となりがわかってきた気がする。


「まぁまぁ、出口までもう少しだから頑張りましょう」


「ああ……ん?」


ノブが突然足を止め、しっと小声で言いながら、人差し指を唇に当てる。

その表情は真剣そのものだ。


……カチャリ


その時、金属が打ち合わせられたような音が聞こえた。


カチャリ、カチャリ


「な、なに?」


正面の曲がり角の方からだ。


「スケルトンだな、待ち伏せのつもりだったのか偶然か。出て来るぞ」


その言葉と同時に、ぬっと正面に骨の戦士が現れた。

それは骸骨の身体にも関わらず190cmいや、2m程もある長身で、朽ちた剣と盾を持っている。


「でかい」


誰に言うでも無くそう呟くと、抜刀し剣を構えた。さやとノブは後ろに下がって観戦の体制だ。


「ふっ!」


先手必勝。

距離を詰めようと踏み込むが、同時に向こうも剣を振るう。


ふぉん


鼻先を横薙ぎに刃が通る、思った以上にリーチが長い。


「うぉっと!」


間一髪で回避する。

剣では不利だ、魔法で突破口開かねば。

左手を突き出して、その呪文を唱える。


「フラムっ!」


1ポイントのMPを使い、ぼっと一直線に伸びる炎。しかしスケルトンは体の中心に向けたそれを盾で迎え撃つ。

ぼぉんと言う音と共に、一瞬辺りが黄金に照らされたが炎は上がらず、僅かな煙を残すのみだ。

それは邪悪な身体を焼くどころか、盾を突破する事も出来なかった。


「くそっ!」


「スケルトンは打撃に弱いぞ、打撃で行け!」


「ユウくんがんばれー!」


外野が口々に勝手なことを言う。やれるならやってるって!

ばっと今度は袈裟斬りに剣が振るわれる。


今か!


紙一重でそれを避けて、懐に飛び込んだ。

しかし、視界一面に広がるやつの盾。


バァン!


顔を強かに盾で打たれて、後ろに吹っ飛ぶ。


「〜〜〜あぁ!」


ごろりと地面を転がるが、倒れる訳にはいかない、受け身を取って立ち上がる。

向こうは再度ゆっくり剣と盾を構え直す。


あれを突破するには、ぶっつけ本番だがやってみるしか無い。


剣を左手に持ち直し、右手を相手に突き出す。集中力を込めて、炎が盾を貫くイメージを込めて呪文を唱える。


残り4ポイント全てのMPを込めて呪文を唱えた。魔法はMPを注ぎ込んだ量で威力を上昇させる事ができる、今使える最大火力だ。


「フラムッ!!」


ぱっとひときわ大きな炎の玉が眼前に現れたと思うと、それは細く集中され炎の矢となって真っ直ぐにスケルトンに飛翔した。


ドォン!


構えた盾を真正面から貫き、炎上させる。堪らず盾を落とすスケルトン。


次の瞬間、全力で地面を蹴って真っ直ぐに突っ込む。剣を両手で保持し、唐竹割りに振り抜いた!


刃はばきゃあっと骨が頭蓋から真っ直ぐに砕き、肋骨を半分まで粉砕する。


やったという実感。


ボロボロと黒い砂となってスケルトンは消え去った。


「ふうぅー」


深呼吸と共に剣を鞘に収める。


全てが砂になった後に赤い宝石が残された。どうやら何かのアイテムらしい、貰っておこう。


「ユウくんすごい!」


「やるなぁ!」


安全が確認された後、歓声と共に駆け寄ってくる彼等。


「うん、なんとかなってよかった」


一人で戦っていたのが不公平を感じるが、仕方ない。MP無いんだしな……。

ノブは武器すらないし。


「あっレベル上がった、やった」


そう言ってさやが嬉々としてダイスを振っている。俺は上がらなかったようだ、やっぱり納得いかない!



……



「聞いて聞いて、|現し身の従者《シャドウサーバント がスキルレベル2に上がったよ!」


「うん、えっ?スキルレベルとかあるんだ」


「そうみたい。新しい魔法を覚えるのか、すでに覚えてるのがレベル上がるのか。ダイスの目で変わるのかな?」


「へぇー」


そう言ってノブをちらりと見る。


「いや、俺は魔法使えないし知らないぞ」


そんな話をしながら、迷宮を出たのだった。




ズズズズ……


若き勇者は、更に深く魔法を操るすべを知った。その経験は新たな技術への扉になるだろう。

街の灯は君を暖かく迎えてくれる。その灯を誰と分け合うのか選択を迫られる事となる。

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