第四話 ゲームブック(四頁目)

「でやあぁあっ!!」


薄暗い迷宮に雄叫びが響き渡る。

気合い一線。身体ごと捻っての回転斬りが一匹の犬頭の獣人に直撃して、その身体を分断した!


宿代と合わせて40Gの出費だったが、この皮の胸当てを買って正解だった。

剣を振るうのに邪魔にならないようにデザインされたそれは、動きやすく、そして重要な部位をしっかり守ってくれている。


その時、バッと脇をすり抜ける影。


「さやさん、そっちに一匹行った、魔法で身を守って!」


そう、犬頭の獣人いわゆるコボルト。

それは二体いた。


片割れが死んだのに目もくれず、一直線に後衛を狙うとは。案外厄介な性質を持っている。


「きゃああーっ」


そう言って真っ直ぐ走って逃げる彼女。

嘘だろ、悪手にも程がある。


「ええいっ!」


ばっと剣を左手で保持して、そちらに右手を向ける。


「フラム!」


MP1ポイントを代償に小さな奇跡が現出する。ぼっと炎が飛び、コボルトの頭部を焼いた!


「があああっ!?」


火に包まれて転げまわるそれに、止めの一撃を振り下ろす。すんなりと首と胴が離れた。

血を拭って鞘に剣を収める。


「ふぅー」


「やったね」


「いや、やったねじゃ無いですよ。自分の身は自分で守らないと。何で魔法使わなかったんですか?」


問題はソコだ、急に接近されたとはいえ、ある程度は自衛してもらわないと。

魔法剣士の技術では、多数の足止めは難しい。


「うーん、実はね」


「私、第三魔法“しか”使えないの」


第三魔法、それは大掛かりな準備を必要とするゲームブック最大の秘術だ。

その威力は世界を塗り替える程だという。

それは良い、それは良いんだが。


「……えっ?」


でもそれのみって、毎回戦闘で大掛かりな準備をするのだろうか。大丈夫なのか、それ。


「大魔法使いって凄くない?」


そんな事を言いながら、胸を張る彼女。

頭が痛い。もしかしてポンコツだったのだろうか、この人。



……



気を取り直して迷宮の探索を続ける。

今日の目的は二人で協力すれば、どこまでやれるのか。それを知りたかっただけだ。


ちょっと幸先良くない出来事が起こったが。

そんな大きな問題では無いだろう、危険の無いように一階の探索をして、早々に街に引き上げよう。


そんな事を考えていると、以前にも見たアレが姿を現した。


「うわっゴブリンだ」


後ろから緊張感のない声が聞こえるが、聞こえないふりをする。


「げっげっげ!」


やつは今度は盾と棍棒のような武器を持っている。


しかしあの程度の相手なら一撃でやれるだろう、魔法剣士としての実感がある。

ずらりと剣を抜く。


「げぎゃぎゃ!」


暗がりから、ぞろりぞろりとそれが増えてくる。何匹いようがものの数ではない。


ぞろりぞろり


蹴散らして……。


ぞろりぞろり


「……」


「ねぇ、やばくない?」


10体ものゴブリンに囲まれてから気がついた。言う通りだ、やばい。


「大丈夫そう?」


「ちょっと厳しいかも……」


「じゃあ時間稼いで、魔法使うから!」


簡単に言ってくれる!


ばっとゴブリンが一斉に動き始めた、しかしコボルトのように突っ込んではこない。

各々が石を投げつけてくる!


「痛っ!」


殆どを回避するが、何個かの石が肩に当たった。陰湿な戦い方をする!


「はぁああっ!」


ばっと一足に間合いを詰め、正面の一匹に袈裟斬りに斬りかかった。

がっと上手く盾で防がれた、しかし。

くるりと身を翻し、足で腹部を蹴る。


ドンッ!


みしりと、肋骨が折れたような感触。そのまま吹き飛び、簡単に後方に転がっていくゴブリン。


ゴッ


視界が揺れる。

すぐ後ろでにたりとする緑の顔。


「あああああっ!」


すぐに体制を立て直し、横薙ぎになぎ払った。慌てて飛びのこうとするが、もう遅い。


ザッ!


そのゴブリンの顔、上半分が吹き飛んだ。

次はっ!


視線を送ったゴブリンは盾を構えて、身を引く。その間に他のゴブリンがにじり寄ってくる。

一匹一匹は大したことないんだが、集団化すると厄介な。フラムも一匹しかやれないしな。


ひゅっ


攻めあぐねていると、どんと胸に衝撃。胸当てのおかげで大した事はなかったが。

音の方向を見ると、一匹のゴブリンが何か持っている、あれはスリングショット?


飛び道具はまずい。


「さやさん!魔法はっ……」


前方に警戒しながらも、ばっとそちらを見る。

切り札はどうなったのか?


そこには、黒いクレヨンで石畳に何か描いている彼女の姿。

いわゆる魔法陣ではない、犬の絵に見える。


「おぉいっ魔法はっ!?」


「もうちょっとで完成だから」


「絵じゃん!」


それだけ短く叫ぶと、ゴブリンに向き直り剣を振るう!が空を切る。


「ぎゃっぎゃっぎゃ」


心なしかゴブリンも笑っているように見える。怒りを剣に込めて振るう!


「できたっ!」


完成を告げるさやの声。

次の瞬間、空気が変わった。ひやりと凍りつくような寒さを感じる。


ばさっとマントを翻し、クレヨンを捨て、凛とした声で高らかに唱える。


「今は遠き世界の住人よ」


「彼の地より来たりて、その力を示せ!」


現し身の従者シャドウサーバント  漆黒の雷狼」


ばっと手の平をゴブリンの群れの方へ突き出す。


「蹂躙せよ」


その瞬間、地面に描かれた犬の絵から、影が飛び出した。

立体の影というのは妙な表現だが、そう形容する他ない黒い塊。

それが3mもあるような大きな狼のシルエットを取り、動き出す。


パチリ


そんな乾いた音が鳴ったと思うと、青い光が一筋の線となってゴブリンの群れに突っ込んだ!


悲鳴をあげる間も無く、ばっと飛び散る鮮血。


目がそれを追った時には、すでにゴブリンは組み敷かれ、口に咥えられていた。


「ぎゃあーぎゃぎゃぎゃ!」


口々に何かを叫び、武器を手に影の狼に飛びかかる者、何かを投げつける者が現れる。

しかしそれは全て、影には届かない。


バチっと言う音と共に、飛び道具は撃ち落とされ、飛びかかった者は黒コゲとなった。


「げげぎゃー!」


そう叫ぶと、ばっとチリジリに逃げ出すゴブリン達。

しかし影はそれを追い、全てを引き裂いた。

まさに蹂躙である。


ゴブリンが全滅すると、音もなく雷狼の影は地面へと消えていった。


「……すげぇ!」


「もっと褒めよ!」


クレヨンで汚れた手を腰に当て、胸を張って彼女はそう答えた。



……



ゴブリンが落とした戦利品を集めながら話をする。なぜ持っているのか分からないが、お金もいくらかある。


「ひぃふぅみぃ……」


20Gあった、これが多いのか少ないのか。物価がイマイチ分からないが、一泊二食で二人で6G必要だったのを考えると3日は食っていけるな。


「ユウくん、宝箱あったよ」


「……」


また出た、トラウマのやつだ。



ズズズズ……


君たちは死闘の果て、宝箱を手に入れる事ができた。しかしそれには鍵がかかっている。

君はこじ開ける事もできるし、諦めて無視する事もできる。開けるべきだと考えたならば、ダイスを振れ。



「振ろう!」

「振らないっ!」


「えぇー、レア出るかもよ?」


「こないだ毒ガス出たんだよ!鍵開ける手段見つかるまで鍵は開けない!」


残念そうにそれから離れる。


「ふぅん、これからどうしようか。もう少し先に進む?」


「そうだなぁ」


消耗はどうだろう、俺のMPは後5か。どのタイミングで回復しているのかは分からないが。


「私もうMP無いよ」


「ん?」


「もうMP無い」


「魔法一回で終わり?」


「うん、えっ?第三魔法だよ?」


「いや……そうなんだ」


一回で終わりって、扱い難しすぎるだろ!



ズズズズ……


強大な力には強大な代償が求められる。その事を知ることになった。

君たちは己を信じて先に進んでも良いし、余裕を持って引き返しても構わない。

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