第三話 ゲームブック(三頁目)

城壁を見上げながら、立派な門を潜る。

城壁があるのにも関わらず、声もかけられず素通りで、関所として機能していないのはどういう理屈なのだろうな。


石造りの建物が多い街並みは、いわゆる中世ヨーロッパを連想させる。

白と煉瓦色の街並みは、とても綺麗だ。


いや、綺麗すぎると言って良いのかも知れない。石畳の上にはゴミも落ちておらず、浮浪者も居ない。


観光地のような、ゲームのような、絵本のようなその景色。沈みつつある太陽の茜色を浴びて、より幻想的なそれに見惚れていると、寝床を探す事すら忘れてしまいそうだ。


慌てて、今日の宿を考える。


近くを歩く人に声をかけた。青い目に金色の髪の男だ。年は20代くらいだろうか。


「こんにちは、ちょっとお尋ねしたいのですが」


「はい?」


良かった、どうやらここでも言葉は通じるらしい。


「この辺りで泊まれる、ホテルってありますか?」


「ああ、それなら。そこの路地を入ったところに、月白の葡萄亭というのがあるよ」


宿を聞く人間は他にも居るのだろうか。怪訝な顔もせず、気持ちよく答えてくれた。


「ありがとうございます!」


馬車も通っている大通りから一本、細い路地に入る。きらびやかな先程とは打って変わって狭く、暗い。じめっとした道だ。

ちょっと脇にそれただけでこうも変わるものなのか。


いわゆる外国の裏道にビクビクしながら歩いていると、すぐにそれは見つかった。

月白の葡萄亭、白い葡萄の描かれた可愛い看板を掲げている。


窓から中を見る、どうやら酒場のようだ。

怖そうなおじさんや、声の大きそうな若者集団が酒を飲んでいる様子がうかがえる。

お約束通り二階が宿泊施設になっているのだろうか?


ちょっと勇気がいるぞ、ここに入るのは。

そんな事を考えながら、扉の前で右往左往していると、後ろから声がかけられた。


「あのぉー」


「うわっ!?な、何ですか?」


びっくりして声が上ずっている。


「きゃっ、あのスミマセン」


そこに居たのは真っ黒なローブを身にまとった、小さな少女だった。杖は持っていないが、ザ・魔法使いって感じだな。

黒髪に茶色い瞳だが、彼女も日本人だろうか?


「あのっ月白の葡萄亭ってココですよね?」


なるほど、寝床を探しているらしい。


「多分……そうみたいだけど」


そうですか、と一緒に窓を覗く彼女。

視線の先には刺青をした屈強な男達が、腕相撲をして遊んでいる。

ばっと窓から離れて、視線を泳がせる。


「やばいよね、この宿屋」

「やばいですね、この宿屋」


「俺は、田中遊。恐らくゲームブックって言う本の所為でこんなところにいるんだけど」


「あ、私もです。今日家に突然ゲームブックって本が届いて。右も左も分からないんです」


どうやら同じ境遇のようだ。一人では無理でも、二人なら勇気が出るんじゃないだろうか。誘って見る事にした。


「もし良ければ、一緒に入りませんか?」


「えっ!?」


短く驚きの言葉をあげると、じろりとこちらを見回してくる。ちょっと傷つく。

人畜無害な風貌だとは思うんだけれど。


「あー、お願いします」


遠慮がちに、そう答えた。


「良かった!じゃあ……」


そう言って二人で扉の方を見る。勇気を出して飛び込んで見るしかない。


「入って、見ましょうか」


扉を開けた。



……



むせるようなアルコールと煙の匂い。

さっきの彼女は、知らないうちに俺の後ろにぴったりくっついている。


中に入ったは良いが、誰も俺達を気にも留めない。それもそうか。

ちらりと一瞥する者も居たが、それだけだ。

絡まれるより余程良い。


忙しそうに給仕に走り回っている女性に声をかける。


「あのぉ」


「ちょっと待ってね!……はいはい、なに?」


パッと足を止めてこちらを向く女性。金色の髪を後ろで編んだ、ふっくらとした女性だ。40歳位だろうか。


「あの、ここで泊まれるって聞いたんですが」


「あぁ、今はもう大部屋しかないよ。それでも良かったら一人2G」


ぱっと後ろを向くと、彼女が無言でうんうんと同意の頷きを繰り返している。


「あ、はいっ!それでお願いします」


「食事は?」


「はい、食事もお願いしたいです」


「じゃあ、そこのテーブルに掛けて。食事は別料金だから、メニュー見て決めといて!」


「は、はいっ」


いそいそと席に着く俺と彼女。店員さんの迫力に思わず言われるがままになってしまったが。


「ふぅー」


「ありがとうございます」


「いやいやいや、お礼を言われるような事はしてないから。とりあえず注文決めよう」


そう言ってメニューを開く。


「……」


これはなんだ、解読できない。

いや、文字が読めない訳ではない。読めるんだが……固有名詞が多すぎて何がなんだかわからない。

ガガゲルのスープとかメニュメニュ炒めとか書いているが、意味不明である。


「とりあえず頼んでみようか」


「うーむ……うん」


先の元気な定員さんに、よくわからないメニューを直感でいくつか注文する。

水を飲んで人心地つく、と色々聞きたい事が湧き出してきた。他人の事を聞くときはまず自分からだ。


「ところで、自己紹介していいかな」


「えっ、あ、はい」


「俺は田中遊、大学生です。21歳」


「うん、ん?」


名乗ってくれないのか、何かタイミングが合わない時があるな、この人。


「名前聞いてもいいですか?」


「あー、私は風谷さやです。23歳、家事手伝い(手伝っていない)」


「え、23歳!?」


「うん」


まさかの年上である。


「いや、高校生か、もっと言うと中学生位だと思ってた……」


「あぁーよく言われるんだよね、童顔だからかな?」


「そうなんだ」


そんなものか、なんとも意外だったが。

さやさんの話では、彼女も突然届いたゲームブックに誘われて、いつの間にかこの世界だったそうだ。クラスは見た目通り魔法使い。

レベルは2だが、何と既に第三魔法を使えるらしい。

これはすごい人材かも知れない。


「さやさん、突然ですがこれも何かの縁。俺とパーティ組みませんか?」


「え、どうしようかな……まぁ他に頼れる人もいないし、そうしようかな」


「良かった、これからよろしく!」


「よろしくね」


ぐっと握手をする、その手は小さく柔らかかった。働き者の手では無い。


ドカ、ドカ!


「お待たせ!」


そう言って突然テーブルに現れた料理達。


「パーティ結成おめでとう」


「ありがー……」


給仕のおばちゃんはそう言いながら、にかりと白い歯を見せて颯爽と去って行った。

言い切る前に既に居ない、忙しい人だ。


「さてと」


そう呟きながら、テーブルの上のご馳走を見る。

そこには、ネバネバで糸を引くスープ。それと巨大なコオロギのような虫がいくつも揚げられたものが並んでいた。


「……やべぇ」

「……やばい」


彼女の方を見る、スプーンもフォークも微動だにしていない。ひたすらに水を飲んでいる。

そして、ちらちらとこちらを伺う視線。

これは牽制だろう、注文したのだからお前から先に行けと言う。


先陣を切る他ないだろう。


ネバネバのスープを取り皿に取り、口に運ぶ。それはねっとりとした食感で……麺が入っている。


味は……。


「あ、美味い!なんだろう、天津飯のあんに麺が絡んでいる感じ?中華っぽい」


虫の唐揚げも、一つ齧ってみる。

バリバリとした食感、その中からミソが出てくる。虫を食べている俺を見て、彼女の顔は引きつっている。


「硬っ!?あー……なるほど。殻を食べるんじゃなくて逆だ、中身を食べる感じか」


そう言いながら、口触りの悪い足を剥がして、中身を食べる。見た目は最悪だが、案外美味しい!蟹味噌?いやジューシーな煮こごりといった風味だ。


「うん、いけるよ」


「うーむ」


唸りながら、恐る恐る麺を啜る彼女。ぱっと顔が明るくなる。


「あ、美味しい」


「でしょ」


空腹も手伝い、どんどん食べ進んでいく。

あっという間に平らげてしまったが、ついにさやさんの口に虫が入ることは無かった。

美味しいのに。



……



「食事も済んだし、今日は休もうか」


「うん」


手を挙げて、店員のおばちゃんを呼ぶ。


「すみませーん」


「はいはい!」


「ご馳走様、今日はもう休みたいんだけど……」


「ああ、二階が寝床だよ。大部屋なんで好きに使って。シーツはそこから一枚取って持ってきな。お勘定は、明日出発の時にまとめて貰うからね」


指差した方向には、二階へ続く階段と、カゴの中には白いシーツ。どうやらベッドメイクも自分でしろと言う事らしい。


「わかりました、ありがとうございます」


二人でシーツを一枚ずつ取り、階段を上がる。二階のその部屋では木の板が敷き詰められており、干し草がそこかしこにこんもりと盛られている。


先客が既に何人かおり、干し草を適当に集めてシーツを被せ、その上に寝ている。

完全に雑魚寝。宿泊施設とも思えない設備だ。しかし成る程、これならかなりの人数が収容できるだろう。


横のさやさんを見ると、たじろいでいる。どうやら想像と違ったらしい。

ちらりとこちらを伺う彼女。


「しょうがないから、頑張ってベッドを作ろう」


「はぁぁー、そうだね」



……



「できた!」


ばさりと干し草のベッドに横になる。ふわふわの寝心地を期待していたが、そうでもなくちょっとがっかりだ。

しかし絶望的に硬いわけでもない、チクチクするのと藁のような匂いに目を瞑れば、十分快適な寝床である。


完成に満足していると、すーすーと規則正しい息遣いが聞こえてきた。


隣を確認すると、すでに寝転がっているさやさん。真っ黒な魔法使いの帽子を顔に乗せて、寝息を立てている。


見る限り非常に無防備だが、この街の治安は大丈夫なのだろうか。

彼女も心配ではあるが、俺は俺で、できるだけ対策をしよう。スリなんかに合わないように、ひとまず金貨は懐に入れて、剣を抱いて眠る事にする。


長い一日に疲れて居たのか、すぐに意識は闇の中へ落ちて行ったのだった。



ズズズズ……



若き勇者は新たな仲間を得た。

君は、再び迷宮に挑む事になるだろう。

そこに何が待ち構えて

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る