第ニ話 ゲームブック(二頁目)

草原から続く道を歩き続けている。


天気は晴れ、風は優しく、爽やかな草原の香りを運んで来てくれる。

ゆっくりと遠くを流れていく白い雲の間から、うららかな日差しが射し込んでいる。


鼻歌でも歌ってしまいそうな、絶好のハイキング日和だ。


まるで夢の世界に迷い込んでしまったようだが、不思議と悲壮感は無い。

魔法剣士として、どれだけやれるのか、今はこのゲームブックを楽しんでしまっている。

生きるか死ぬかの戦いを終えた後なのに、どこかフワフワした気持ちだ。現実感が無いからだろうか。


快適な散歩を楽しんでいると、それを見つけた。


レンガ作りの大きな円形の建物だ。これが迷宮なのか!もっと城みたいなモノをイメージしていたが、思っていた感じとは少し違うな。


ほうっと感心して見ていると、近くの男に声をかけられた。


「あんたも迷宮に挑むのか?」


青白い顔をした男は、胸の部分だけが金属で守られた鎧を身につけ、腰にはナイフのようなモノを携帯しているようだ。


「まぁ、そのつもりですけど」


「へぇ、そんな装備でねぇ」


無精髭の生えた口に薄ら笑いを浮かべて、俺の爪先から頭までをジロジロと眺める。

なんだこの人、やけに突っかかってくるな。


「そんなに危険なんですか?」


「そりゃそうだ、地上にあるのは氷山の一角だからな。初めてかアンタ?」


「そうですけど……」


「この迷宮はな、地下深くに繋がってるのさ。精霊の時代、霞の塔と呼ばれるそれは高く大きい塔があった。それがいつしか、天辺を残してそっくり埋まってしまっているのがこの迷宮なのさ」


「つまり今見えているのは、その塔の先端部分だけだと」


「そういう事だ。悪い事は言わねえ、やめときな。それじゃあお先に失礼するぜ」


そう告げると、彼は一人でさっさと迷宮に入って行ってしまった。


一人残された俺は、ぐるりと周りを見渡す。


近くに、城壁で囲まれた街のようなものを見つける。本に書いていた街だろう。


この距離なら、いつでも街には行ける。

さっきの男の言い方にカチンと来たところもあるし、ちょっと迷宮の入り口だけ見てみるか。


そう考えて、大きく口を開けた入り口に足を踏み入れた。



……



「もっと何か居るかと思ったけど」


少し探索してみるが、生き物の気配すら感じない。あるのはレンガ造りの壁だけだ。

理由はわからないが暗闇ではなく、足元が見られる程度の明るさは保たれている。

壁全体が発光しているのだろうか。


コト


静寂を破って、物音が一つ。

ばっと思考が冷静になり、剣に手をかける。

何者だ?暗がりに目を凝らす。


そこにいたのは緑色の小さな男。いわゆるゴブリンか?


想像よりずっと小さい。

130cmほどしかないのでは無いだろうか。

スッと剣を抜く。


「ゲッゲッ!」


そう小さい声を上げたと思うと、一目散に逃げて行った。


「ふぅん」


どうやらそう好戦的な生き物でも無いのかもしれない。かちりと剣を鞘に収める。


すると、何やら箱のようなものが残されているのに気がついた。

まぁ、いわゆる宝箱のデザインの箱だ。


これは幸先良いのではないか?

早速、宝箱に手をかけるが……開かない。


ズズズズ


この感覚。例の本に新たなページが刻まれたのだろう。



若き勇者は、労せず宝箱を手に入れる事ができた。しかしそれには鍵がかかっている。

君はこじ開ける事もできるし、諦めて無視する事もできる。

開けるべきだと考えたならば、ダイスを振れ。



「なるほどな、鍵か」


特に何も考えずにダイスを振る。出た目は……3だ。

どうなんだこれは?


何も起こらない。


こじ開ければ良いのだろうか、宝箱の隙間に剣を差し込み、ぐいいと力一杯こじ開ける!


メリ……メリ……バキッ!


何かが壊れた音とともに、宝箱が開く。

しかしそこから突然、紫色の煙が噴出した!


シューッ!!


「なっ!?」


吸い込まないようにばっと離れるが、遅かった。毒ガスだ、喉が焼けるように痛い、そして涙が止まらない!


「ごほっ!ごほっ!目がっ……くそっ!」


地面に膝と手をつく、もっと警戒すべきだった。毒ガスの効果に苦しんでいると、突然頭部に衝撃が走った。


ガッ!


「痛ってえ!」


堪らず地面を転がるように、その場を離れる。


「へぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


声が近づいてくる。

どうやらさっきのゴブリンが戻って来たらしい。目が開けられないので確認はできないが。


「ごほっ」


立ち上がり、抜刀する。どこからくる?


ゴッ!


こめかみに石がぶつけられた。ぬるりと出血する感覚がある。


「くっそ!」


闇雲に剣を振るうっ!


ぶぉん!


しかしゴブリンを捉える事はできない!


ガッ!ガッ!


投石が顎に当たって下唇が切れた。どうやら意地でも接近せずに、安全圏からダメージを与えるつもりらしい。


とにかく目が見えるようになるまで、時間を稼がないと。

ばっと駆け出した、闇雲に走って逃げる!


「ギャッギャギャ!」


声がまっすぐ追いかけてくる。

後ろから投げつけてくる石。つまずき転びそうになりながらも、一心不乱に走った。


しばらくすると、目が開けられるようになってきた。うっすら見える!


「よし」


剣を構え直しゴブリンの方へ向き直る。攻守逆転だ、叩き斬ってやる。

そうして視線をそちらに向ける。どうやら途中で増えたらしい2体のゴブリン。


「ギャ……ギャギャ!」


何かを感じ取ったのか、そのまま闇の中へ逃げて行ってしまった。


「はぁーはぁー……マジか」


身体をチェックする。

命に別状は無さそうだがあちこちに生傷があり、悲惨な状況だ。


誰に怒りをぶつける事もできず、一人で呟いた。


「くそっ!ふざけやがって」


やはりこの迷宮は危険だ、一度街に行って情報を集めた方が良いだろう。

命を落としても不思議ではなかった、今後は慎重に行動しなければ。

頭にできた傷を探りながら考える、高い授業料だったと。



……



帰り道は何事もなく、無事に脱出する事ができた。それに関しては全く幸運だったと言えるだろう。

本を確認する。



若き勇者は、狡猾な魔物に翻弄され、一人での冒険には限界がある事を知る。

君の向かう先は街だ。

僅かに与えられた資金を元に準備を整え、そこで新たな仲間を加える事になるだろう。



「仲間、かぁ」


そう呟いて、腰に手をやる。

ちゃっと金属音。いつの間にかジーンズのポケットには小さな金貨が5枚入っていた。


これを50Gと呼ぶ事が、感覚的に分かる。

不思議な事実だが、このゲームブックの「常識」は頭に刷り込まれているようだ。

都合の良い事だが。


ジーンズに剣、ポケットには金貨。シュールな絵面だろうな。いろんな事を頭に思い浮かべながら、街を目指して歩き始めた。

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