第二話 闇はあやなし-16
外出に共連れがいたとは聞いていない。行夜が
隆々とした体格もさることながら、なにより山野の獣めいた鋭い眼光に圧倒される。
発する
「……親父」
吉平の
一目ではっきりとわかるほどに、現れた男――すなわち安倍晴明は
知らないうちに詰めていた息を吐き出しながら、行夜は改めて晴明を眺める。
顔かたちこそ同じだが、吉昌が備える優美な柔らかさは
はじめてまみえた安倍晴明は、想像とかけ離れていながら、それでも期待を
巨大化した幽鬼が背を反らし、何事かを叫ぶ。飛虎はピヤッと飛び上がると、行夜の首元にかじりついた。
「珍しい。渡来の幽鬼か」
道真は軒から軒をぴょんぴょんと身軽に飛び移り、路上に降りてくる。
「義父上っ」
「行夜、久しぶりだな。どうだ、元気にしていたか? 飯はちゃんと食っているか?」
「そんな話、いまはどうでもいいでしょう! それより、あの幽鬼――」
「吉平。いい歳をして、
晴明が
一方で、吉平は慣れたもので、
容姿に似たところはないものの、視線を交える親子の双眼に宿る複雑な色彩は同じ、まさにうりふたつだった。
「俺のせいじゃない。あいつが勝手に騒ぎ出した」
「ほう? あの様子を
「うるさい。物見遊山帰りに説教される筋合いはない。しかも、道真も一緒だったのか。足せば二〇〇歳弱の
吉平の発言に行夜は我に返る。いまの言葉の中には聞き流せない一句があった。
「義父上。今回の遠出、晴明様とご一緒だったのですか?」
「え? あ、ああ、うん。まあ、たまたま」
道真は視線を泳がせながら、
歯切れの悪い返答に、行夜はじわじわと
「おふたりでどこへ? 船までお使いになったようですが?」
声の端々に不穏な空気を漂わせながら、行夜は尋ねる。
詳細は秘密という態度がはじめから気に
「行夜、その件についてはあとで話そう。いまはあの幽鬼をなんとかするのが先――」
「ぐだぐだと説く必要がどこにある。
割って入ってきた晴明が事もなげに言う。
「晴明、おまっ……
「……江口?」
行夜の眉がぴくりとつり上がる。
江口とは淀川を上った先、
「……なるほど。そういうことですか」
地を
「違う、違うぞっ。多分、おまえは何か、決定的に思い違いをしている!」
「思い違い? 遊里に出向かれる理由など、ひとつしかないでしょう?」
「だからっ、そうじゃない! 頼むから、俺の話を――」
「――ッ!」
ごうと、羅生門が倒壊しかねない怒号が響き渡る。話を聞かない者がさらに増え、幽鬼の我慢もいよいよ限界らしい。
が、しかし。
「うるせえっ! こっちは取り込み中だ!」
形相も
「そもそも、さっきから聞いていればなんだ? 聞けだの答えろだの、こいつを殺すだの、それで会話が成り立つと思っているのか?」
道真は幽鬼に指を突きつけながら一息に言い渡す。
いきなり
「さては、おまえたち。漢語がわからず、あの幽鬼を怒らせたか」
晴明はからかうように吉平と行夜を交互に眺める。
「……勝手に郷に入ったくせに、郷の言葉で話さぬやつが悪い」
「……以後、精進します」
吉平は不貞腐れて、行夜は情けなさに視線を下げながら答えた。
「ったく。いまはそれどころじゃないって言いたいところだが、仕方ない。おまえの言い分はなんだ? 行き合ったのも何かの縁。聞いてやる」
道真が重ねて言えば、今度は幽鬼も呑み込めたらしい。話が通じたことで随分と落ち着きを取り戻したらしく、幽鬼は打って変わって静かな声で話し出した。
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あやし神解き縁起 有田くもい/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun
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