第二話 闇はあやなし-15

「面倒だ。もう祓う」

「いけません! まず、あの法師を助けねば」

 いくら縁や義理がなくとも、見捨てる訳にはいかない。人形のように宙にぶら下げられたあわれな法師を指し、行夜は訴える。

「それに、幽鬼の言い分も聞いてやるべきです。ああも必死に訴えるからには、何か抜き差しならない事情があるのやも」

「それが理解できないから、こうなってんだろうが。やれと言うなら、おまえが訳せ」

 痛いところをつかれて、行夜は窮する。昔から座学は得意ではない。

 陰陽寮で用いられている知識や技術は大陸由来のものがほとんどで、そのため要職に渡来人が就くことも多い。官職に漢語はひつだと道真から言われ、指導を受けたものの、煩雑な決まり事の多い語学を覚えることは行夜には至難で、耐え切れずに放り投げてしまった。

 そもそも、行夜の係累は武人が多い。実父と父方の祖父はもんに仕え、母方の祖父も内裏の警護を務める滝口の武者だった。身内贔屓びいき抜きで、誰も彼も武芸者として相当な腕利きだったらしい。

 血脈のおかげか、行夜もまた子供の頃から喧嘩けんかは負け知らず。のらくら者のせがれは女々しい面をしていると、近所の悪餓鬼たちに揶揄やゆされるたびにたたきのめしてきた。

 もちろん、鬼火の力を封じた純粋な拳での勝負だったが、どうであれ力で相手を屈服させるやり方を道真が許容するはずもない。あるときバレて、こっぴどく𠮟られてからは控えるように努めている。腕を磨くことを怠ってはいないが。

 とにかく、元々の資質で考えれば、陰陽寮より、宮城警護を務めるろくの方がはるかに向いているのだろう。無論、行夜自身も重々承知しているが、どうしても武芸で身を立てる気になれないのだから仕方がない。

 武門が嫌というより、母方の祖父と同じ道に進む気持ちになれないのだ。だから、不得手な面を知りつつも陰陽寮を選んだ。しかしながら、この有り様。こんなことならもっと根気強く学ぶべきだったと、後悔がどっと押し寄せて来る。

 だが、一方では、このところの不満と合わせて、道真がそばにいないことに腹を立てている自分がいる。いっそ、飛虎に告げ口をしてもらえば良かった。そうすれば、道真は一目散に駆けつけてくれたかもしれないなどと、馬鹿げた考えまで浮かんでしまう。

「……義父ちち上」

 どうして、ここぞという時にいてくれないのか。ついねたような口調で行夜がつぶやいた、そのとき。

「ほいほい。呼んだか?」

 慣れ親しんだ声が降ってきたことに驚き、行夜は頭上を仰ぐ。

 見上げた楼閣の軒先に、天満大自在天神こと菅原道真が立っていた。

「待たせたな、行夜。義父上、ただいま参上だぞ」

 のんきに手をふる道真を、行夜はぜんとして眺める。

 何故、ここにいるのか。そして、どうしてやたらと高い場所に登りたがるのか。咽喉のどまで出かかった疑問はしかし、朗らかな声に止められた。

「行夜さまー。これこの通り! 無事、道真さまをお連れしましたあ」

 頭上から足元。行夜はせわしなく視線を動かし、地面からぽよんと飛び出してきた飛虎を慌てて抱き止める。

「どうです? 早かったでしょう? すごいでしょう? 褒めてくださぁい」

「あ、ああ。よくやった」

 行夜は道真に視線を戻しつつ、飛虎の頭をなでてやる。

 確かに驚いた。地中を駆けられる霊獣の足は速いが、道真は生身の人と変わらない。順調に探し出せたとしても、そこから羅生門にたどり着くには時間が要る。居場所にもよるだろうが、どんなに早くても夜半は過ぎると思っていた。

「京を出てすぐ、かつらがわの船着き場でお会いできたんですぅ。道真さまも、ちょうどお連れの方と一緒に帰ってくるところだったみたいで」

「お連れ……?」

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