第二話 闇はあやなし-14

 くだらない言い争いをするうちに、いつの間にか目的地にたどり着いていた。

 朱雀大路の南端に位置し、京の玄関としてそびえ立つ巨大な楼門、すなわち羅生門である。

 その門前で、黒い鬼火が十重二十重とえはたえと渦を巻き、飛び交っていた。

 ちり、りりり……黒炎が長い尾を引きながら揺らめき、楼門に不気味な陰影を浮かび上がらせる。

 黒炎の渦の中央には、いっそうよどんだ闇の塊が――否。目を凝らせば、それが人の形をしているのが見えてきた。

 距離を詰めていくにつれ、影の正体が明らかになってくる。小柄でせた男で、古びた唐様の衣服に頭巾ずきんに似た羅紗らしや布を巻いている。

「鬼というか、幽鬼ですね」

「どっちでも構わん。はらえば同じだ」

 行夜の言葉に、吉平が素っ気なく答える。

 幽鬼とは肉体を失い、魂だけの状態で鬼になった存在を指す。時に他に憑依ひよういして、相手の肉体を乗っ取ることもあるが、幸いなことに目の前の幽鬼はそれではない。

瘴気しようきが薄い……左程強いものではないようですが」

「おそらくはただの雑魚ざこ。だが」

 最後まで言わずに、吉平は舌を打つ。

 身なりから察するに、唐人とおぼしき幽鬼はその手に何者かの襟首をつかんでいる。

 吉平の苛立ちの原因はそれ――幽鬼が引きずっている髭面ひげづらの男らしい。口を開き、白目を剝いているが、どうやら死んではいない。ただ昏倒こんとうしているだけのようだ。

ゆい袈裟げさ鈴懸すずかけ、どこぞの法師のようですが、運悪く行き合ったのでしょうか? 人質にされたら厄介ですね」

 行夜の懸念に、吉平は興薄く鼻を鳴らす。

「十中せ九、偶然じゃない。大方、例の公達きんだちおくびようかぜに吹かれて、そのへんにいた野法師を小金で雇い、退治してこいとけしかけたんだろうよ」

 吉平は苛立たしげに吐き捨てると、ずいと幽鬼に詰め寄る。

「おまえ、どこから来た? 何故、ここに居つく?」

 幽鬼はうつむき加減であった顔を上げ、濁った沼のような双眸そうぼうを向けてくる。

「…………」

 幽鬼と思しき男は確かに声を発した。

 ただし、何と言ったかわからない。

「えっと」

「……漢語だ」

 吉平は再び舌を打ち、半ばにらむように行夜を見やる。

「おまえ、漢語はどうだ?」

「どうと言われましても……単語や簡単な挨拶あいさつをいくつか知っているくらいで」

「はああ? おまえ、十一で漢詩を作った男に育てられたんだろ」

「親が堪能たんのうだからといって、子も同じとは限りません。吉平様こそ、渡来の技法に触れる機会が多いはずでは?」

「触れてわかれば苦労はあるかっ。そもそも、俺は書なぞほとんど読まん!」

 なんともみっともない責任の押し付け合いを繰り広げる両者に対し、幽鬼がさらに漢語で話しかけてくる。

「……っ。…………!」

 幽鬼の語気がだんだんと荒くなっていく。だが、内容はさっぱりわからない。異国語という厚き壁の前に、行夜と吉平は立ち尽くす。

 らちの明かない状況にれたのか、幽鬼は法師の首根っこをつかみ、宙ぶらりんにかかげると、脅すように行夜たちに突きつけてくる。

「要求はわかりませんが……さもなくば、こいつを殺すと恫喝どうかつされている気がします」

「勝手にしろと、言ってやれないのが残念だ」

「ちょっと待ってください。まさか、見殺しにしたりしませんよね?」

「さてな。親父に鬼を祓えとは言われたが、阿呆な法師を助けろとは聞いてない」

「吉平様!」

 いっこうに話が通じない事態に苛立ちが頂点に達したか、幽鬼が咆哮ほうこうを上げる。

 すると、貧相だった幽鬼の体がぐわりとゆがみ、むくむくと膨れ出す。巨大になっていくにつれ、人を保っていた面相も大きく変貌へんぼうしていく。口が裂け、角ときばが生え、目が剝き上がり……一寸いつすんあとには紛れもない物の怪がそこに立っていた。

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