第二話 闇はあやなし-13

「それにしても、ひとりきりで調伏を任されるとはさすがです。やはり、晴明様の吉平様に対する信頼は厚いのですね」

 吉平は天文の算術こそからきしだが、陰陽術において抜群の才を持っている。晴明

がそうであったように、修行を積む前から鬼が見えたらしい。その才をもって吉平は入寮から三年足らずで陰陽師の位を得た。天文で学識を評価された吉昌と同じく破格の昇進ぶりだ。

「信頼じゃない。これは罰だ」

「罰、と言いますと?」

 げんな様子で首を傾げる行夜をいちべつしてから、吉平はいらたしげに話し出す。

「……おまえ、親父が葉っぱでひきがえるを殺してみせた話を知っているか?」

広沢ひろさわ寛朝かんちよう僧正そうじようを訪ねた折の逸話ならば聞き及んでおります」

 その昔、僧坊で行き合わせた公達や僧たちから術をみせよと迫られた晴明が、無益な殺生を嫌がりながらも、しゆをほどこした草葉で蟇蛙をひしゃげ殺してみせたという。

「少し前に、用があって広沢の僧坊を訪ねた。そのとき運悪く、阿呆あほうな公達連中と出くわしてな。案の定、そいつらは昔話を持ち出してきて、倅のおまえも何か殺してみせろとけしかけてきやがった。無視しようと思ったが、申し合わせたようにやぶから蛇がい出てきて」

 嫌な予感が胸いっぱいに広がり、行夜は顔をゆがめる。吉平の性格からして、ただおとなしく命令に従ったはずがない。

「おまえの推測通り、ちょっとばかり細工を仕込んだ。落とした蛇の首が、やつら目がけて飛んでいくようにな。大いに見物だったぞ、阿呆共がこぞって腰を抜かす様は」

「ですが、結果的に陰陽寮、引いては晴明様に苦情がいったんですね」

「あのくそ親父、そんなに力が余っているなら、発散する機会を与えてやる、だと」

「その結果が、此度の鬼退治という訳ですか」

「俺は悪くない! 悪いのはあおってきた連中だ!」

 吉平は叫び、ぶすりと口を曲げる。

 表情や仕草だけでなく容貌ようぼう自体も幼いので、下手をすれば行夜よりも年下に見える。

 見目麗しいという点は通じるが、顔の造りは吉昌とはまるで異なる。吉昌は晴明に似ているという話だから、吉平はおそらく母親の容色を濃く受け継いでいるのだろう。

 吉平はしばし黙っていたが、やがてまた不機嫌そうに話し出す。

「……おまえ、兄弟はいないのか?」

「兄弟ですか? 私が知る限りおりません」

 故あって、行夜の両親は年中旅に出ている。そのため、行夜は両親とは数年に一度、えるか逢えないかといった状態が続いている。前に顔を合わせたのは三年前。少なくとも、そのときは弟や妹ができたといった事実はなく、また増えそうな様子も見受けられなかった。

「なら、わからんだろうが、兄弟ってのは何かと引っかかる相手なんだよ。俺は吉昌が嫌いじゃないが、先を譲りたくはないし、向こうだけが得をするのも腹が立つ。とりわけ業腹なのが、どちらも悪さをしたのに、自分だけが怒られるって場合だ」

 吉平はぐっとこぶしをにぎり、力説する。

「そりゃ、俺は陰陽術でいたずらをした。けどな、吉昌だって天文を悪用してやがる。知っているか? あいつ、凶兆だの方角が悪いだの適当なことを言って、浮気相手の夫をまんまと遠ざけて――」

「そのお話はそこまでに! 聞かなかったことにしておきます」

 行夜は慌てて止める。上役の悪事などできる限り知りたくない。

「とにかく、親父は吉昌も𠮟るべきだ。俺だけが仕置を受けるなんて不公平だっ」

 何と答えればいいのかわからず、行夜はうなる。自分にも兄弟がいれば、少しは吉平に共感できたのだろうか。

「こうなったら、吉昌の悪事も絶対にバラしてやる。どっかで機会を作るから、さっきの話をそれとなく親父に話してくれ」

 吉平のとんでもない命令に、行夜は目をく。

「嫌ですっ。そんなことは自分でおつしやってください」

「はあ? おまえ、阿呆か? そんな真似すれば、おまえは弟を売るのかと、余計に怒られるに決まっているだろうが」

「知りませんっ。とにかく、告げ口なんて――」

 抗議を途中で止め、行夜はそちらに目をやる。

 吉平もまた、視線を正面に注ぐ。

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