第二話 闇はあやなし-7
行夜の気持ちなどいざ知らず、芳男たちが懇願を繰り返そうとしたそのとき、ひとりの男が踏み込んできて、高い声で呼ばわった。
「道真はいるか?」
響きは美しいが、どこか
声の主は行夜たちが立つ位置とは逆の端、寮の奥にあたる方から部屋に入ってきた。
童顔の男は行夜たちに視線を定めると、一直線に近づいてくる。
男ながらに、
感じ取れる者が見れば、それが途方もなく強大な霊力の表れだとわかる。影の中でも飛虎が
「道真は? おらんのか?」
男からの再度の問いに、行夜は
「……おりません。三日前から出かけております」
「行き先は? 誰か一緒か?」
「存じません」
「なら――」
「戻りの日時も知りません!」
先程までとまったく同じ問答に
「とにかく、道真殿の行方について、私は何も知りません。申し訳ありませんが、御用なら日を改めるのがよろしいかと。どうかご了承ください、
にべもなく要求を拒まれた男――安倍吉平は不満げに頰を張らす。
「……じゃあ、おまえでいい」
「は?」
「吉昌が、道真を釣るには子を餌にするのが一番確実だと言っていたからな」
「なっ……」
「俺の部屋に来い。いいな」
吉平は一方的に命じると、さっさと
「お、お待ちください! そんな、いきなり言われても――」
止めたとて聞くものではない。言いたいことだけ言って、吉平は立ち去っていった。
「あー……。まあ、アレだ。頑張れ」
「そうそう。吉昌様に続き、吉平様からのお声がけなど光栄なことじゃないですか」
「まったくだ。実に
陰陽寮は天文、陰陽、暦と専門的な知識、技術を扱う集団である。
黙々と計測したり、
その筆頭に挙げられるのが天文博士を務める安倍晴明。
やれ、
先ほどの美男子、安倍吉平はその嫡男。とてもそうは見えないが、吉昌のひとつ年上の兄である。
父親の才を譲り受け、弱冠二十四歳で陰陽師となった
上役から声がかかるなど光栄の極みのはずだが、相手が吉平となれば話は別。あの傍若無人の権化に近づいてはならない。鬼に襲われるより悲惨な目に遭いたくなければ、一も二もなく逃げるべし、という教えが存在する程だ。
しかし、すべてを承知のうえで、行夜はとぼとぼと吉平の部屋へ歩き出す。
何故なら、ここは権力がなによりものを言う大内裏。見習いですらない学生には、上役に従う以外の選択肢はないのだ。
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