第一話 目にはさやかに見えねども-24

「あのな、おまえの入寮にあたって、晴明に口を利いてもらったのは事実だが、俺の頼みで取り計らった訳じゃないぞ。あいつは適当だが、職能に関しては徹底して無慈悲だ。見込みのない者を進んで招き入れるほど易くも甘くもない。吉昌が可愛く思えてくるほどの超絶腹黒男だぞ」

「ちょっ……義父上! 口を謹んでください。誰かに聞きとがめられたら一大事です」

「そうか? 賛同者は多いと思うが、まあいい。とにかく、入寮できたのは行夜が認められたからであって、俺の力じゃない。そこは自信を持て。あと、もっとまわりを信じて頼れ。素直に教えを請えば、芳男は写本のコツを教えてくれるだろうし、他の連中だって闇雲に敵視したりしない。未熟が罪なんじゃない。未熟を認めないことこそが罪なんだ」

 道真は肩をすくめ、「大体」と続ける。

「神だって、どいつもこいつも成熟とは程遠い。永々生きているクセにな」

「たとえ事実だとしても、そういうことも口にされない方が」

 さらに心配になり、行夜は再び口を挟む。ついうっかりの舌禍で、神の身でも左遷されたらどうするのか。

「心配するな。無駄に世にもえげつない左遷経験を積んだ訳じゃない。対処法のひとつやふたつ、ちゃんと身につけている」

「そんなことで得意にならないでください……」

 性懲りもなく胸を張る道真に行夜は肩を落とす。

「俺の心配より、いまは己の責務について考えろ。行夜、大事を見誤るな。今回の件で重要なのはおまえの矜持きようじか? それとも、吉昌に対する義理立てか?」

「あ……」

 行夜の脳裏に同輩を案じる夕星や、せる花野の姿がよぎる。筑紫とて、立場から口に出来ぬとはいえ、大姪おおめいである花野の本復を願っているに違いない。

「困っている者、嘆いている者のことをまず考えろ。おまえだって、大切なものがなくなれば悲しいだろ。それを救ってやれるのなら、誰が見つけたかなんて些末さまつなことだ」

「……本当に。おつしやる通りです」

 幼子の頃に戻ったかのような、そんな素直な気持ちで行夜はうなずく。

 櫛くしが持ち主のもとに戻れば、誰が見つけたって――昨夜の飛虎の言葉がよみがえる。

 考えなしのぼやきなのだろうが、しっかりと真理を突いている。存外、主人より道理がわかっているのかもしれない。自戒をみ締めながら、行夜は道真に頭を下げる。

「義父上。此度こたびは私が未熟ゆえに御心配をおかけして、申し訳ありませんでした。つきましては、どうか比翼の櫛の在りを教えていただきたい」

 行夜は謝りながらも、道真に詰め寄る。反省もしかる事ながら、一晩中考えてもわからなかった謎の答えが早く知りたかった。

「別に難しいことじゃない。少し考えれば、おのずと在り処は知れる。幾度占っても木札は何も映さなかった。それこそが答えだ」

「それは、どういう……」

「比翼の櫛くしなどはなから存在しない。花野殿の心の中だけにある幻ということだ」

「幻……? じゃあ、花野殿が噓をついていたと?」

「噓と呼ぶのは語弊があるな。花野殿にとっては本当だったんだろう。たとえ、遂げられることのなかった約束だとしてもな。おまえがこもっている間、ちょっと調べてきたんだが、花野殿に文を寄越よこしたという佐井通りの姫君は最近子を産んだらしい。なんでも待望の初子だとか。時期からして、花野殿への文はおそらくそのしらせだ」

「はあ。ですが」

 行夜は首をひねる。めでたい話ではあるが、屋敷を辞した女房にわざわざ報せたりするだろうか。身分を超えた親しさがあったとしても疑問を感じる。

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