第一話 目にはさやかに見えねども-22

「それで? 櫛くしの在りはわかったのか?」

 木札をひらひらともてあそびながら、道真が問うてくる。言い方も口角の上げ方も、普段と違って少しばかり意地が悪い。

「答えずとも、おわかりでしょう」

 行夜は脱げてしまった頭巾ずきんをかぶり直しつつ、そっぽを向いて答える。情けないと思いながらも、つい不貞腐ふてくされた声と態度になってしまう。

 傍らに目をやれば、飛虎が腹をさらけ出して眠っていた。

 高らかないびきを聞く限り、まだしばらくは目を覚ましそうにない。行夜は飛虎の丸い腹を軽く押し、影の中に戻してやる。そうして、道真に向き直った。

「義父上。おはようございます」

「うん」

「あの、起き抜けになんですが、ひとつお願いが。あとで飛虎に神力を与えてもらえませんか? 昨夜からずっと、空腹を我慢させていて……」

「だろうなあと思ってはいたけど、やっぱり飲まず食わずか。いいよ、起きたらたらふく喰くわせてやる」

 道真は木札を置くと、背負っていた段袋を下ろす。

「でもな、まずはおまえが食べろ」

 道真は段袋からかしわの葉で包んだ強飯こわいいと竹筒を取り出し、床に並べていく。

 それらを目にした途端、行夜はすさまじい飢えと渇きを覚えた。

「……いただきますっ」

 言い終えるより先に、行夜は強飯をつかむ。

 その間も惜しいといった手つきで柏の葉をき、ますししびしおを細かくしたものが混ぜ込まれた強飯にかじりつく。まずは醢の塩気。次いで、米の甘味が舌にみ渡る。ひとくち食べればもう止まらない。行夜は夢中になって頰張った。

「ちゃんとまなきゃ、咽喉につかえるぞ」

 咀嚼そしやくしながら、行夜はうなずく。

 いまはとにかく食べることに忙しいので、子供扱いを怒る暇もない。そもそも、こんなていでは文句など言えたものではないが。

「俺もな、人の時分は寝食を忘れて書を読みふけり、気づいたら三日経っていたなんてしょっちゅうだった。そうやって、まわりに散々心配かけたモンだ」

 道真はのんびりとした口調で話しながら、竹筒の栓を抜き、行夜に差し出す。

 早くもひとつ目の強飯を食べ終え、ふたつ目に嚙みついていた行夜は頰を張らしたまま竹筒を受け取った。

「無茶も時には必要。あとで千金万金の値をもたらすこともあるだろう。けどな、今回のおまえの必死さはただの意地だ。俺はおまえに、甲斐かいもなく自分を痛めつけるような真似をして欲しくない」

 声音に厳しさは欠片かけらもないのに、何故か一句一句が行夜の肩に重くのしかかってくる。

「何度占っても、比翼の櫛くしの在り処はわからなかった。そうだろ?」

「……はい」

「必ず探し出すと、おまえは啖呵たんかを切った。刻限は今日のひる。どうするつもりだ?」

 行夜は唇を嚙み、黙り込む。

 追い打ちをかけるように、道真はさらに言葉を連ねる。

「己の意地さえ通せれば、他はどうでもいい。どうせ、最後には俺がなんとかする。そう思ったか?」

「ちがっ、違います! 断じて、そんなっ……」

 たまらず行夜は顔を上げ、猛然と声を上げる。

 だが、続きは出てこない。いくらそんなつもりはなかったと声を張り上げても、結果だけみれば同じである。否定したところで無意味だ。

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