第一話 目にはさやかに見えねども-21

 生まれた時から神である天津神や国津神と違い、道真のような土地神は様々な生路をたどり、神格を得るに至っている。

 神となる前は巨岩や大樹、獣、時には人であったりと様々だが、神になったあとはすべてに共通する特徴がある。

 信心が集まれば集まるほど神力が増し、逆に信心が失われれば神力は弱る。

 まわりが信じ、敬う心が土地神をより神たらしめる。時に寝食を忘れるほど、道真は人々の声を聞くことに熱心だった。神力を得るためというより、単純に人が好きなのだろう。願いにうなずき、嘆きに胸を痛め、怒りをなだめる。いつもそうやって自分を慕ってやってくる者たちに寄り添っていた。

 太古は土地神だけでなく、天津神や国津神も人と共に在った。

 けれど、人の数が増え、人の世が次第に人のものになっていくに従い、神という存在は人の世にそぐわなくなっていった。

 神の力は強大だ。ひとたび怒れば山が崩れ、いさかいを起こせば海が荒れる。神の小さな気まぐれが、時に人の命を何百何千と奪ってしまう。このまま共に在っても、人の世の秩序を乱すだけだと、神々は苦渋の末に常しえの断絶を誓った。

 唯一、土地神だけは人の世に残った。元より人々の信心あっての神なのだから、去ることができなかったという方が正しい。

 天津神や国津神ほどではないにしろ、土地神とて神力のふるい方を誤れば人の脅威となる。そのため、天津神や国津神は土地神たちに不用意に人と係わることを禁じた。

 しかし、離れて過ごすうち、人々は土地神を忘れていった。これでは、土地神は永らえるだけの信心が得られない。対応策として、天津神や国津神は土地神たちに穢れのきよめという役目を課した。

 人と人とが争えば、その地には穢れが生じる。穢れは放っておけば蔓延はびこり、他の者たちの心もむしばむ。そんな憎悪の連鎖を防ぐために土地神は穢れを浄める。

 土地神が浄めに励めば、その地は暮らしやすくなる。日照りや水害が減り、作物の実りも良くなる。地道な加護ながら、それでも人々の信心はやや戻り、力を取り戻す土地神も増えてきている。殊に天神、菅原道真が生まれて以降、明らかに人々の心に〈神〉という存在が強くよみがえった。

 だが、土地神が人々に与えられる加護は限られていて、それ以上は求められてもこたえてはやれない。害を及ぼすのと同様、過ぎたおんちようもまた、世の秩序を狂わしかねないからだ。

 ――神がこんなにも人々の求めに無力で、人々の幸福から遠い存在とは思わなかった。

 過ぎ去りし日々のどこかで、道真が悲しいともむなしいともつかない苦笑と共につぶやいた言葉を思い出す度、胸が締めつけられる。

 少しでも慰めたくて。少しでも力になりたくて。無力と知りつつ、手を伸ばす。

 泣かないでください。私の大事な――、

「…… 義父ちち上」

「うん? どうした?」

 夢の中を揺蕩たゆたっていた意識が一気に現実に引き上げられ、行夜は勢いよくまぶたを上げる。開けた視界に映っていたのは道真の顔だった。

「ち、ち、義父……」

「おう、おまえの義父上だぞ。そいでもって、おはよう。よく眠れたか?」

 傍らにしゃがみ込んだ道真の言葉に、行夜は慌てて身を起こす。

「よく眠れ……って、じゃあ」

「ああ、もう朝だ」

 行夜はきようがくに顔を引きつらせる。眠ろうとした覚えはない。それなのに。

「一晩中占っていたのか? そりゃ寝落ちするはずだ」

 床に散らばった木札の一枚を取り、道真は咽喉のどを鳴らす。

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