第一話 目にはさやかに見えねども-20

 占者は、占者の力を超える事象を占えない。如何いかに優れたせんぜい具を用いようと、そのことわりを覆すことはできない。ただの櫛の在り処がそこまでの大事にあたるというのはいささか奇妙だが、事実行夜は答えを出せずにいる。

「もうあきらめて、道真さまにおうかがいしましょう」

「駄目だ。絶対に自分の力で見つける」

「なんでそうムキになるんです? 櫛が持ち主のもとに戻れば、誰が見つけたっていいじゃないですかー」

「いつまでも義父上をアテにしている訳にはいかないだろ。私は一刻も早く一人前の陰陽師となり、独り立ちを果たしたいんだ。義父上だって、きっとそれを望んでいる」

「そうでしょうか? むしろ、ずうううぅぅっと甘えん坊でいて欲しいって思っている気がしますけど? 先日だって、ご飯を外で済ませてきただけで、俺の飯よりの飯の方が良いのかって、泣き崩れていたじゃないですか」

「そういうことじゃなくてっ。なんというか、その。もっと……大局的な意味だ」

 確かに道真はけたはずれに過保護だが、心底では行夜の成長を願っているはずだ……多分。

 行夜は不安をはらい、再び櫛くし探しに向き直る。

「飛虎。つらいなら、先に帰っていいぞ。私が気をくれないと言えば、義父上が神力を食わせてくれるはずだ」

「道真さまの神力……」

 たらりと、飛虎の半開きの口からよだれが垂れる。しかし、すぐに首をふり、もふもふの胸をむんと張る。

「いえ! 帰りません! 行夜さまをお助けするのが、飛虎の務めですからっ」

「だが、腹が減っているだろ?」

「そりゃ、ぺこぺこです! ぐーぐーです! でも、行夜さまも腹ペコを我慢しているんでしょう? だったら、飛虎も我慢します!」

 腹の音を派手に鳴り響かせながらも、飛虎は行夜の右腕と脇腹の間にもぐり込む。

 けなな忠心に胸が温かくなるのを感じながら、行夜は飛虎のふかふかの頭をなでた。

「ありがとう。おまえのおかげで、もうひと踏ん張りできそうだ」

「行夜さまのお役に立つのが飛虎の幸せですから。でも、できるだけ早く見つけてくださいね。でないと、飢え死にしてしまいますぅ……」

「ああ、わかった」

 飛虎の情けない声に苦笑しながら、行夜は木札を集め、盤の中心に積む。

 大切なのは集中力。雑念を捨て、木札に尋ねたいことだけを考える。

 心の支度ができたなら、目を閉じ、魂の暗がりできらきらと輝く道真の神力の欠片かけらたちを手繰り寄せていく。

 ふっと、行夜の唇の端がわずかにほころぶ。道真の神力を探す時はいつも、無意識に表情を柔らかくしている己にいまも気づかぬまま。

 行夜は九度目の占いに没入していった。

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