第一話 目にはさやかに見えねども-17

 しかし、そんな道真の想いが詰まった草花でさえ、行夜はこれまで何度も醜い鬼火で焼き払ってきた。特にあの日以降、赤子の頃のように力の制御ができなくなってしまった。つい三日前も刺草いらくさの群れを炭みたいな有り様にしたばかり。零余子むかごが生ったら一緒に摘もうと約束していたというのに。

 己の手の中にあったら、遠からずこの木札も灰にしてしまうに違いない。行夜はしゅんとまゆを下げる。

「……義父上、ごめんなさい。せっかくの贈り物ですが、私は――」

「鬼王丸。さっきも言ったが、この札は俺の神力に反応する。つまり、おまえの力じゃ駄目だってことだ」

 意味がみ込めず、首を傾げる行夜に、道真は手を伸ばす。

「おまえは乳離れするまで、俺の神力で育った。だから、おまえの体には俺の神力が宿っている。たとえば、こことか、こことか、ほれここも」

 言いながら、道真は行夜の頭を軽くたたいたり、頰をつついたり、鼻をぶにとつまんだりと、好き勝手にいじくりまわす。

「……ひひうえ。おひゃめください」

「悪い悪い。とりあえず、魂の中を覗いてみろ。ゆっくりでいい。自分のものとは違う色や温度の力を感じたら、それが俺の神力だ。春のはじめの頃に、雪の下で芽吹く若草を探すだろう? あのときのようにやればいい」

 解放された鼻を左手でさすりながら、行夜は右手の中の木札を見つめる。

 自分の力は見たくもないが、義父の力なら探したいと思える。怖いけれど、やってみよう。すっかりしぼんでしまった勇気をふるい、そっと目を閉じる。

 行夜は教えに従い、魂のあちこちに散らばる力の脈を手繰っていく。怨嗟えんさを根源とする黒く冷たい己のそれとは違い、道真の力は黄金色で綺麗きれいで温かく、そしてほのかに白梅のい香りがする。

 そろりそろりとかき分けて一粒、またかき分けてもう一粒。見つけ出しては大事に摘み取り、手の中に集めていく。最初の内は取りこぼしてしまったり、焦りで見つけ出せなかったりと、なかなか上手うまくいかなかったが、あきらめず繰り返すうちにだんだんと集められるようになっていった。

 木札に薄ぼんやりと絵を浮かび上がらせるようになるまで二十日、不自由なく扱えるようになるまでは二年近くと、結構な歳月を要した。

 けれど、一度も辛いとは思わなかった。あくまで遊びだととらえていたからであり、なにより自分の中に道真の力を、義父と自分の特別な〈つながり〉を感じ取れることがうれしかったから。

 そして、木札の扱いを一通り身につけた頃になって、行夜はようやく気づいた。

 ここしばらく、望まない鬼火を熾していないことに。

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