序-5
そんな神様の力関係はさておき、神域の統治というのはかなり忙しい。鬼や
土地神ひとりでは手が足りないため、通常は複数の
だが、道真はそんな先神たちの訓示に従わなかった。否、従えなかった。
生前の左遷によって失ったものは地位だけではない。家族も縁者も、門弟や仕えてくれた家人たちまで、誰も彼も巻き添えにしてしまった。離れたくないと泣いて
なにひとつ、本当になにひとつ守れなかった。そんなものが新たになにを従えるというのか。無断で土地神にされたこと自体、はじめは受け入れ難かったというのに。
「けど、そのせいでおまえに不自由を強いているんだから。つくづくどうしようもないよなあ」
鬼王丸を預かった時、道真はその両親を己の眷属として迎えた。
しかし、鬼王丸の両親はさる事情で旅に出ているため、眷属として本来の務めは果たすことができない。だから、それ以外に眷属を持たない道真はひとりですべてをこなさなくてはならないのだ。
いくら子育てが忙しいからといって、土地神の務めを
腹が満ちたのか、鬼王丸は道真の指を放ると、たどたどしく手を動かし、遊びはじめた。ふくふくとした手に
「しかしまあ、赤子というのはなんとも可愛いもんだな」
生前、多くの子を授かった身でなにをいまさらと、我ながら
もちろん、我が子はそれぞれに可愛かった。授かった子以外にも、門前で経を
昔から、子というものが
しかし、そんな風に思いながらも、いまのように子の世話を焼き、成長の一切を見守ったことはない。なによりも家族が大切だったという気持ちに噓はない。けれど、知りたい、学びたいという欲を抑えることがどうしてもできなかった。
子が生まれれば大いに喜んだが、あとは妻や乳母たちに任せきり。たまに抱いたり、遊び相手になったり、説教を垂れたりするたび、無責任に感心したものだ。子というのは知らぬ間に大きくなるのだなあ、などと。
道真は左手で口を覆い、ぐふぅと
「いきなり瀬織津姫様より赤子を託されて、最初は驚いたが……これこそ
道真は声高に叫び、鬼王丸を頭上にかかげる。
突如、高く高く持ち上げられた鬼王丸はきょとんと目を丸くした、かと思うや。ふぃぎゃあと火がついたように大泣きをはじめた。
「あああああー。悪い悪い。怖かったよなー。ほれ、もう大丈夫だぞー低い低いー」
道真は慌てて鬼王丸を抱え込んだが、時すでに遅し。
「よーしよし。ほれほれ、ほれほれ、ほ…………頼む、泣き止んで……」
鬼王丸の激しい泣き声に合わせて、再び黒蛇の刻印が飛び出し、次いでボボンッと鬼火が巻き起こる。
まだまだ、まだ。
道真の眠れぬ夜は終わりそうもない。
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