序-2
**********
陽があるうちは
そんなとろりと暗い社殿の奥の、そのまた奥に。
常人の目には映らず、また踏み込めない。神、もしくはその
そこはいわば神の住まい。人の世になぞらえるなら我が家と呼べる場において、道真は眠りについていた、のだが……。
びぃと甲高い赤子の泣き声が夜のしじまを切り裂く。
ほぼ同時に、かたわらで眠っていた道真は飛び起きた。これで五度目。今夜は殊に夜泣きがひどい。
「……お、
道真は鬼王丸と呼んだ赤子を抱き上げ、よしよしとあやす。
一見したところ、二十歳をいくつか超えたくらいに見えるこの若者こそ、大宰府の社に鎮座する天神、菅原道真である。
特に秀でてはいないものの、それなりに整った目鼻立ちには知性と品の良さ、なにより相手の心を解きほぐす
死んですぐ、大宰府を中心とする西海一帯の土地神に昇華して六十年ほどになるが、筋金入りの正装嫌いは人の頃のまま。仰々しいナリは肩が凝ると、普段は徹底的にくだけた
そんな風に、見た目は少々そぐわないものの、道真が神の一員に名を連ねているのは間違いない。だが、神でありながら、現在ギリギリまで追い込まれている。ひとりきりでの子育てという試練に。
「はは……古今東西、賢智及ばぬ域はなし、とかなんとか褒めそやされた俺もいまのいままで知りませんでした……昼夜構わず、赤子がこうもたびたび泣くなんて……」
夜を重ねるごとに独り言は確実に増えていっている。道真自身は気づいていない。そもそも、頭の中身を口に出している自覚がない。
泣き声に起きる、あやす、食事、襁褓の取り替え、あやす、やっと寝る。よし、いまのうちにアレとコレを……と思ったらまた泣いて起きる。あやす、なんとか寝る。意気込んでアレとコレをはじめたら起きる。あ、今度は泣いていない。いいぞとほくそ笑んだ途端に大泣き。襁褓を替え、食事。
いまが昼なのか夜なのか。自分がまともに食事をしたのがいつか。最後に一刻以上続けて眠ったのが何日前か。すべてがもう、わからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます