外伝 夢を喰らう少女と夢を失った少年 第一話 唐突の許嫁

ここは数多の国が存在する島「ミリア」の中枢に位置する鬱蒼とした森…と言いたい所だが、この森はただの森ではない。この森には島中が嫌悪する存在が居る。それがアタシだ…その存在のアタシの事はこう云われている。『獰猛たる夢喰い』と…そんな森にある少年がうろついていた。




「この森の主は俺を殺してくれるかな…いいや、きっと殺してくれるに違いない!もう…俺はたくさん苦しんだ…もうこれ以上苦しむ必要はない…」




この少年…見た目は前途洋々なのにも関わらず、言葉と顔に生気が全く見られない。




「それにしても…逆さに生えた木々に、気持ち悪い形に成長した草花…ここは本当に現世の森なのか?……………でも……………俺の死に場所にお似合いの場だな?」




そう言いながら少年は森をうろうろとしていた。見た所、この少年にアタシが求める物はなさそうだが、ここで釘を打っておかねば主の名が汚れる…


(ミネラルア、謎の少年の目の前に現れる)




「おぉ…死神がやって来たぞ…?」


「少年…何をしにここに来た?」


「理由…か…フフッ…」


「何がおかしい?」




すると、その少年は獣と化したアタシを見てこう泣き叫んだ。




「アンタに殺してもらう為だよ!そんな事をわざわざ言わせるとは…どういう料簡してんだよ、アンタは!俺が今までどんな苦行を受けてきたのかも分からない癖に…『何がおかしい?』だと…?ふざけるなよ、ただ一方的に奪うだけの事しかして来なかったアンタには全く分からない事なのかもしれないが、こっちは何回も死のうとして失敗して苦しんで来ているんだよ!」


「何で…何で…何でそんなに人生に絶望しているのよ!アンタはまだ若い、将来有望のはずよ?」




アタシがそう問いを投げると、彼は絶望に染まった瞳でこう答えてきた。




「将来有望…?んな訳ねぇだろ…?両親からはずっと虐待され、兄弟からは『呪いの子』と呼ばれ、そんな中で見つけた愛人は両親に殺され、おまけに名前を奪われた…そんな奴に…よく将来有望とか言えたものだな…?」


「……でも、生きていれば希望はきっと現れる!」




私は人の姿に変化し、彼を抱き留めた。




「アンタは独りじゃない…少なくとも、アタシが味方よ…」


「人間は…いつもそう言って俺を騙すんだ…ゴフッ…!?」




え…?彼がいきなり吐血した…!?まさか、毒物でも飲んでいたの!?


(少年、倒れる)




「何で…何でこんな事を…!?」


「カハッ…アンタが最悪俺を生かした場合に備えて毒物を摂取したのさ…夢を喰らう事しか出来ないアンタにとって人間が一人死ぬ事くらいなんとも感じねぇはずだ…だろ?」


「馬鹿…何で…アタシは…こんな事望んでいない…」


「あぁ…アンタは正直者みたいだ…アンタに最期を看取られて幸せだった…よ…」




そう言うと、その少年の体から温もりがなくなった。私は獣の姿となり、彼を銜えながら例の場所へと走った。早くコイツを助けないと…アタシは夢を奪うだけの存在、決して人の命までは狩り取らない!アタシは急いで彼を救命した。




 はぁっ…はぁっ…はぁっ……………これで、彼を死なせずに済んだわね?それにしても、まさか人間のコイツがこの島で一番危険とされている「ポイズリー・アップル」の成分を凝縮した液体を服用していたとは…解毒するのにかなりの時間が掛かったわ…しかし、コイツ…普通の人間じゃない…普通の人間はあんな事は言わない、アタシに出会ったら「生きたい」と言って喚くはず…それなのに、コイツはあんなに涙を流しながら死にたいと叫んでいた。コイツの心は言葉では表せないくらい傷付いている。コイツがこうなるまで誰も手を差し伸べてはくれなかったのね…人間の中にも、アタシと同じ考えを持つ者が居るとはね…?


(謎の少年、目を覚ます)




「良かった…目を覚ましたのね?」


「…何で…助けた…?」




アタシは少年の頬を叩いた。




「当たり前じゃない!あんなに弱った奴を見捨てる事なんか出来る訳無いじゃない!それに…アタシに殺されたい?ふざけないで!」




(ミネラルア、謎の少年の襟を掴む)




「確かにアンタの人生は終わっているかもしれない!でも、アタシみたいに初対面でも死んで欲しくない奴だって居る!それに、死んで何になるの?死んでもアンタが地獄に行くだけ!それを望むなんて…」




(謎の少年、ミネラルアを突き放す)




「じゃあさぁ?アンタに何が分かるの?」


「え…?」


「全てを奪われて、生きる意味を失った奴の気持ちなんか…」


「分からないわよ!」


「じゃあ何で俺を助けようとする?」




アタシは彼を泣きながら抱き締めて、こう語り掛けた。




「アンタがいくら死にたいって思ってても…アタシがそれを許せないのよ…?ヒグッ…うぅっ…ヒグッ…」


「馬鹿野郎…グスッ…俺なんか助けてもロクな事にならねぇぞ?」


「ヒグッ…うぅっ…ヒグッ…でも、アタシもアンタに引けを取らないくらい悲しい事を体験して来た…アンタの心の傷を治してあげる事も大事だけど、まずは…アンタの話し相手になってあげたいなぁ…って思って…」


「アンタは…優しいんだな…グスッ…それに…温かい…」


「ねぇ…アタシの事…怖い?」


「いいや、そもそも…貴方がこの森の主であろうがあるまいが、俺を助けてくれた恩人である事に変わりはないだろう?それに…可愛い…かな(恥)?」


「…!?」




か…可愛い!?こんなアタシを…


(ミネラルア、謎の少年の頬を舐める)




「ひゃんっ!?」


「アタシを可愛いと言ったんだ…覚悟は出来てるわね?」


「え…!?」


「フフフ…いただきまぁーす♡」




アタシはまだ名前も知らない少年を思う存分愛した。




 「…………い?……………―い?……………おーい?」


「はぁっ!?」




ア、アタシ…何をしていたのかしら?あ…涎が…あれ?何でアタシ全裸になっているの?




「だ…大丈夫か?俺に口付けした瞬間、服を脱ぎだして、そのまま『マーキングする』とか言って体を擦って来て…あ、後は…」


「だ…大丈夫、大丈夫!!そこまで言わなくても何となく何をしたか分かったから!」


「そ、そうか…でも、悪くはなかったぞ?」




キューン!?そ…そんな事言われたら、もっと愛したくなるじゃない?


(ミネラルア、謎の少年に抱き付く)




「お…おうおう…可愛いな、おい?」


「うゆーん♡」


「しかし、まだ名乗っても居ないのにこんなに懐くとは…」


「あ、そうだったわね?」




アタシは彼の首筋を舐めながら名乗った。




「アタシはミネラルア、この森の主よ…ヘロヘロへロへロ…」


「ひゅうん!?お…俺はさっきも言ったが、名前がない。だから、名乗る事は出来ない…」




名前が無い…か…だったら、アタシが名付けてあげようかな?




「だったら、今からアンタの名前はアレン!今からそう名乗りなさい!」


「え…名前…良いのか?」


「当たり前でしょ?それに、アンタはアタシの許嫁…だからね?」


「い…許嫁?」


「そうよ!アタシの事を可愛いって言ったからには責任を取ってもらうわよ?」


「えぇ…」




そんな訳で、アタシとアレンの新生活が始まるのでした。


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