5.狐とステボと前科持ち(2)




 カタセ君が要領を得ないといった様子を見せたので、俺はそのまま言葉を続けた。


「俺は最近のロールプレイングゲームって知らないんだけどさ、今でもボスに与えるダメージの調節ってする?」


「しますよ。一定のダメージで行動が変化するボスキャラもいますんで」


「なら分かるだろうけど、もし現実にライフ表示があったら、人にもそれがやられると思うんだよね。要するに拷問に利用されるってことなんだけどさ、死なないギリギリを責められそうじゃない?」


 カタセ君が眉をひそめる。


「やめてくださいよ。急にサイコなこと言うの。発想がヤベーっすよ」


 えぇ……?


 露骨に引かれてショックを受けたところで、背後から草木を踏み分けるような音がした。振り返ると、剣道着に似た和装の女性が少し離れた森の中に立っていた。


 あの三人と同じく狐のような耳があり、背後で尻尾が揺れている。違うのは髪色が銀であることくらい。腰には刀が二本。黒鞘の打刀と脇差を帯びている。


「二人だと?」


 その大小二本差しの女性は眉根を寄せて呟いた。


「迎え、ですかね?」


 カタセ君がこちらに顔を寄せ、小声で訊いてきた。


 分かる訳がない。何故俺に訊く。と思いながら、俺は「多分」と返す。


 二人で立ち上がり、女性と向き合う。その際、カタセ君が砂を握ったのがチラリと見えた。


 砂を掛けての目くらまし。俺は呑気にしてたのにカタセ君は凄い。この女性が危害を加えてくる可能性もなくはない。逃げなくてはいけないかもしれない。


 そんなことを考えていると、女性がふっと短く息を吐いて苦笑した。


「ああ、すまぬな。拙者はスズランという。リンドウから、渡り人がいるから迎えに行けとしか聞いていなくてな。まさか二人もいるとは思わなかったのだ」


 俺はホッと安堵の息を漏らし、緊張を解く。


 だがふと見ると、カタセ君は砂を握ったまま。体も顔も強張っている。


「ふむ、警戒は解かんか。君は渡り人らしくないな」


「俺のこと、ですよね? どうしてです?」


「渡り人とは、そちらの彼のように、すぐに気を許す傾向にあるのでな」


 顎で示されて、俺は「うっ」とたじろいだ。


 顔が熱くなる。警戒心の薄さを露呈してしまった。これは恥ずかしい。


 両手で顔を覆って震える俺には一切触れず、二人の会話が続く。


「すぐに気を許さぬこともそうだが、何より君はステボを出しているからな」


「なるほど。やっぱり見えるんですね」


 カタセ君が自分のステータスボードを指差す。と――。


「自分でそのように設定したのだろう? どれ、拝見」


 スズランがカタセ君のステボを覗き込んでいた。突然すぐ側に立たれて声も出せず硬直する。一瞬で距離を詰められたカタセ君は口を開けてぽかんとしていた。

 

 俺もステータスボードを出しっぱなしにしているが、指摘されない。設定を変えていないから見えていないということか。本当に見えてないんだな。不思議。


「説明も受けずにステボを出し、あまつさえ設定まで変える者など初めて見たから疑ったが、種族がホウライになっているから渡り人で間違いないな」


 スズランが「だが」と言ってカタセ君に顔を向ける。


「ステボは他人においそれと見せるものではない。鍛えていないうちは特にな。早々に設定を戻しておくことを勧めるぞ。ヤスヒト殿」


「へ、へぇ。やっぱりそうなんですね。気をつけます。ステータスクローズ」


 やっぱりって何?


 えてこういう状況にして、指摘されるかどうかを試したとでも言いたげな台詞を吐くカタセ君。俺と目が合うと、気まずそうに顔を背けた。


 気の毒なので見なかったことにして、俺もステータスボードを消すことにした。


 そういえば、ステボって省略してたな。


 試しに口に出さず、ステボクローズと省略して心で唱えてみたところ、ちゃんと消えた。どうやら口に出す必要もないようだと覚る。


 面白い。年甲斐もなくワクワクしてきた。説明書のないゲームのようだ。


 融通が利くようなので、後で色々と試してみようと思う。


「さて、ヤスヒト殿……と、そちらの」


「カ、ゴホン、ユーゴです」


 条件反射というか、体に染みついた感覚に従って思わず姓を言いそうになったが、咳払せきばらいで誤魔化ごまかして名前を伝えた。


 ステボで姓名確認をされたカタセ君が名前で呼ばれているのだから、なんとなく俺も名前にしておいた方が無難ぶなんだと思った。


「ユーゴ殿、こちらは屋敷に案内するつもりでいるが、よろしいだろうか?」


 カタセ君に目を遣る。図らずも目が合ったので、俺は手振りで返事を譲った。


「じゃあ、お願いします」


 カタセ君が軽く頭を下げる。俺もそれに倣い、お願いしますと続ける。するとスズランが胸を撫で下ろすように息を吐いた。


「良かった。断られたら力尽くで連れてこいとリンドウに言われていたのでな。素直に聞いてくれて助かった。拙者、前科持ち故」


 前科持ち?


 不穏な言葉を口にしたにもかかわらず、スズランは照れたように笑う。


「以前、こちらに来たばかりの渡り人を死なせてしまったことがあってな。御二人とは違い不遜ふそんな若者だったが、まさか手刀で首が落ちるとは思わなかった」


 話の内容に血の気が引く。おそらく表情にも出ていると思うのだが、スズランはまるで意に介した様子がない。


 カタセ君をうかがい見ると、顔色が悪い上に脂汗あぶらあせが浮いていた。だがまし顔。俺も似たような感じなのだろう。カタセ君のあわれむような目がそれを物語っていた。


「では行こう。ついてきてくれ」


 背を向けて歩き出すスズランに俺たちは追従ついじゅうする。裸足なのだが、大丈夫だろうか。かぶれる草とか生えてないだろうか。足の裏がかゆいのは最悪だぞ。


「不遜ってだけで首を切るって――」


 カタセ君が小声で俺に話し掛けたのだが、スズランにはしっかり聞こえていたようで、前からさえぎるように声がやってきた。


「そうではない。多少は腕に覚えがあったのだろう。話しているうちに目つきが怪しくなってきてな、舌舐めずりしたかと思うと襲い掛かってきたのだ」


 ああ、そういうことか。その男は妙な気を起こしたってことね。


「美人だもんね」


「モデル並っすよね」


 より注意深く二人で耳打ちし合い、何度か細かく頷いていると、不意に「む」と呟いてスズランが足を止めた。


 俺たちも足を止め、もしかして聞こえたか、と二人で顔を見合わせる。だが先ほどのように何かを言われることもない。


 どうしたんだ? まさか迷ったとかじゃないよな?


 小首をひねって視線を正面に戻すと、木立の間から草のれる音が近づき、軽自動車くらいあるイノシシがのっそりと姿を現した。

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