ep.05 言葉にしてほしい
UFOキャッチャーを終えて、なんとなくやりきった気持ちになった僕らはゲームセンターの外に出た。
背中で自動ドアが閉まる。ようやく慣れ始めた喧騒が遠ざかり、日常の静けさが帰ってきた。それでも、喧騒は頭の中にあるような気がして、耳の奥がざわざわとする感覚が残っている。
外はもうすっかりと日が落ちていた。帰るのは早かったかな、なんて思ってたけど、どうやらちょうど良い時間のようだ。秋の日が落ちる早さを甘く見ていた。
空気もすっかり熱を引き、時折吹く風にはひんやりとしたものを感じる。月が天頂に来るくらいには、きっともう冬と変わらない夜が来る。
そう、だから隣の彼女にも、この冷たさで冷静になってほしいものだけど。
「ねぇ、笠松さん。何でそんなに怒ってるの?」
ゲームセンターで殴られて以来、笠松さんは不機嫌だった。その理由が分からない。ぬいぐるみを取った時は、ご機嫌だったのに。
「…………」
問いかけても笠松さんは答えてくれない。しかめっ面で、ただ黙り込むだけだ。
そして、そのまま何も言わずに先へ行ってしまう。
「あっ、ちょっと待って」
急いで彼女の背中を追いかける。
「なんで何も言ってくれないの」
「…………」
「無視だけ辞めてって」
「…………」
「――っ」
これじゃ埒が明かない。追いすがるのはもう止めだ。足早な笠松さんを大股歩きで追い越して、彼女の前に立ちふさがる。
「……どいて」
「やだ」
「どいて」
「やだ」
笠松さんが不満そうに睨みつけて来る。恨めしそうに、あるいは少し悲しそうに。
どうしてそんな表情をするんだろう。どうして、そんな表情を浮かべるんだろう。
どうして、なんてどうでも良いじゃないか。
浮かんだ疑問に蓋をして、僕は彼女に告げる。
「そんなに言いたくないなら、別に言わなくても良いよ。それでも、飲み込む」
「…………そう、だったら――」
「――でもっ」
遮ろうとする笠松さんの言葉に負けないように、僕は声を張り上げる。
「でもっ、笠松さんの気持ちはきちんと言葉にしてほしいよ」
「…………っ」
今度は笠松さんが息を呑む番だった。
大きな声に驚いたのか、あるいは僕の言葉が彼女の心を突き刺したのかは分からない。
けど、確かに何かが笠松さんに響いた。
「僕は、笠松さんとはそれなりの時間を一緒に過ごしてきたと思う。他の誰よりも笠松さんのことは知ってる自信がある。だけど、分からないことの方が多いんだよ、当然」
だから、
「だから、ちゃんと言葉にしてほしい。笠松さんが思ったことや、抱いた気持ちを」
それから最後に、真面目な雰囲気を誤魔化すため、少しだけ茶化して「殴られたって、怒ってるくらいしか分からないからさ」なんて言った。
目に見える態度なんかじゃ分からないことがある。むしろ分からないことの方が多いくらいだ。態度で分かるのなんて、所詮上っ面な感情と自分勝手な解釈だけ。そんな不確定な情報で、人を知ることが出来るわけがない。
僕の言葉が終わると、笠松さんはしばらくの間は不満そうに唇を尖らせていた。けれども、最終的にはこう呟く。
「…………貴方の気持ちは分かったわ」
「そ、なら嬉しい」
「でも、今の気持ちは言いたくない」
「よっぽど言いたくないんだね……」
一体笠松さんは何を考えてるんだろう。正直、僕視点からだと何が悪かったのかさっぱりだ。
でも、怒った理由を言いたくないって、なんだか変だな。笠松さんにとって不利益、というか恥ずかしいとかそういうことが――
「――変な考え事なんかしてなくて良いから、さっさと帰るわよ」
そう言った笠松さんは、僕の脇をすり抜けて自転車置き場へと歩いていく。
置いてかれちゃ敵わないので、僕は考え亊を止めて笠松さんの後を追いかける。
「そういえば」
「何?」
「怒ってるからって、そのぬいぐるみ捨てないでね」
「な――っ、そんなことしないわよっ。私のこと、なんだと思ってるの!」
「いや、流石にないとは思ったけど、もしかしたらと思って」
口もきいてくれなかった笠松さんの様子から、怒りに任せて次のゴミの日に出されたりとか、そんな心配をしてしまった。何せ何も言ってくれないから僕には笠松さんがどの程度怒ってるか分からない。心配のあまり行き過ぎた不安をしてしまうのはしょうがないと思う。
「……大事にする。折角、取ってもらったんだから」
戦利品のぬいぐるみを胸で抱きしめて、笠松さんは言った。視線は下の方を向いて、恥ずかしさを僕に見せまいとするように。
この調子だと、笠松さんの言葉に嘘はなさそうだ。ゴミ捨て場に打ち捨てられたぬいぐるみ、なんて悲しい絵面は生まれなさそうで一安心。
そんなことを話している内に、自転車置き場へ。笠松さんが話を聞いてくれそうなうちに、もう1つだけ伝えておかないと。
「笠松さん、次なんだけど」
「え? あぁ、いつにするの?」
「言ってくれたら最優先で調整するけど、って日程の話じゃなくて」
「じゃあ、何の話?」
「行先の話。さっきも言った通り、僕の方だともう行先の案がないから、次は笠松さんが行先を決めて欲しいなって」
「えぇ……」
笠松さんが露骨に嫌そうな顔をした。
そんな顔しないでって。
「めんどくさい」
「そこをなんとか」
拝んで頼み込むと、不承不承と言った様子で「しょうがないわね」なんて言ってくれた。
「ありがとう」
「心の底から嬉しそうな顔しないで」
「そんな顔してた?」
「してる。写真撮ってあげようか?」
笠松さんがスマホを取り出そうとしたので丁重にお断りした。ノリノリな様子からして、どうやら機嫌は直ってくれたらしい。気付かれないように、小さく胸を撫でおろす。
(帰りは楽しく話が出来るかな)
自転車の鍵を回しながら、僕はそんなことを考えていた。
そんなことを考えてしまっていた。
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