槍使いの少女

 シンク達が外門を潜ると、そこからは薄暗く、白く塗り固められた壁に囲まれた通路が20メートルほど続いていた。


 通路の先、その終端には、もう一つ開かれた内門があって、そこから入る光のみが、この薄暗い洞窟の様な通路を照らしていた。


 シンクは歩きながら、自らを囲う白壁を感慨深く眺めていた。


(これが、あの城塞を守る白壁の厚みなのね……。)


 真っすぐ、高低差は無いはずなのに、歩いていると何故だか地下に向かって歩いているような不思議な感覚のする通路。

 しかし、何故だか、そこに有るのは安心感であって、圧迫感や閉塞感では無かった。


 そして、通路が暗いせいだろう。

 内門から見える世界が眩しく輝いて見えた。



 シンク達が内門に近づくと、門の左右には、また兵士が立っていて、マーロウは彼等に赤い札を見せた。

 兵士達はそれを確認すると、にっこりと微笑んで、「お帰り」と言いながら、門の向こうへと手を向ける。


 通ってよいという事であろう。


 彼等はシンク達が、このラピリス出身の者であると理解したのだ。

 シンクは、今更、嘘を吐くのは慣れてしまった。

 しかし、付きたくて付いた嘘は一つもない。

 どうにも後ろめたい思いがあって、兵士たちの言葉にどう反応してよいのか解らず、結局だんまりのまま、愛想笑いだけ残して、マーロウと共に彼等の間を抜け去った。


 内門を潜りラピリスの中に入ると、そこには都市が存在していた。

 ソール・オムナスや、オベリオン等、ミコ・サルウェの大規模都市には良くある、城と城下町が一体となっている形式の街ラピリス。

 それを見たシンクは、トルファンがゴルドを田舎と言っていた意味が良く理解できた。


 ラピリスは、森林に囲まれた景色良い湖、その中心に浮かぶ武骨な城塞だ。

 

 しかし、いざ城塞都市の中には居れば、道は切り出された白く大きめのレンガの様な石で舗装され、その道を魔物の手で引かれた車が走っている。

 目の前にある真っすぐの道に沿って、視線を挙げれば大きな城が見えた。


 流石に人口までは、シンクには解らないが、ただ存在する物を見ただけでも、道の端には、所々、美術品の様な像が飾られており、それも、城も、立ち並ぶ建物も、その全てが目新しく、シミ一つ存在しなかったのだ。


 

 それに、対してゴルドは荒野の中にある街だ。

 街は全体的に砂っぽく赤茶けており、目を見張る様な城も無い。

 辛うじて道は舗装されていたが、大きな石の平たい面を上に向けて、並べ埋めた様な道であった。

 そして、それら全てを雪で真っ白に塗れば、ほとんどそのままサルファディア王都のパルティアその物の姿であるのだ。


 シンクに自らの故郷を蔑む気持ちはない。

 しかし、贔屓目に見ても解るくらいには、街としての格が違う事がありありと理解出来てしまった。


 シンクはこの全ての光景を目に焼き付けるつもりで、周囲を眺めていた。

 門を抜けたすぐ先は、荷物の積載も出来る大きな広場になっていた。


 先程まで居た、南ラピリス同様に沢山の種族のヒトがいて、届いた荷物を仕分けている様である。

 

 そんな一角。

 シンクの目を引いたのは、皆と違い、荷物の仕分け仕事をしている訳ではなく、まだ10にも満たないように見える一人の少女の存在であった。


 

 その少女は、明らかに周囲から浮いていた。

 動きやすい薄手の服を着ており、藍色の柄をした槍を演舞の様に振り回していたのだ。


 払い、薙ぎ、突く。

 それぞれの動きは、幼いながらどれも洗練された連続性があった。

 

 シンクは先程、生まれて初めて見た、恐ろしくも静かで滑らかな湖の波と、少女の姿には、何処か類似するものが有る様に思えて、どうにも引き込まれてしまった。


 

 しかし、そこには明らかな雑音が混じっていて。

 少女の縁者なのだろうか。

 彼女の前には、同じく槍を持った男がいて、手枕で寝っ転がり、いびきをかいていたのだ。


 あの男にとって少女の槍は、それほどまでに退屈な物であるのだろうか、シンクには解らなかった。



 そうして、訝し気にシンクが眺めていると、少女の動きに変化が加わった。


 体の回転に力が加わって、より実践的で無駄がなく、動作のいちいちにキレが生まれていた。

 そして一度、槍の先端を高く掲げると、クルリと後ろを向く。


 それからもう一度、回転する様に前を向く動きに合わせると、少女は男の額目掛けて突きを放った。


「えええええええええ!!??」


 シンクは思わず声を上げて驚いた。


 幸い男は、穂先が届く前に目を覚ます。

 そして、彼は首を曲げる事で少女の攻撃をすれすれで避けていた。

 

 シンクは思わずマーロウを顔ごと見つめるが、彼は苦笑いを浮かべながら、大丈夫だとしか言わなかった。


 唖然とするシンクの後ろで、低く軽薄な声がした。


「サラよう~? 俺が避けなかったら、殺人罪でしょっ引かれている所だぞ? 解ってんのか?」


 先程の男である。

 そしてすぐ、少女の物であろう高い声が響いた。、


「是非も無し!」

「あるだろうがよ!?」


 シンクの感覚とは、随分温度差を感じるやり取りが、少女と男、二人の間で行われていた。


 シンクは納得のいかない様な、歪な表情を作った後、目を細めてマーロウをもう一度見つめる。


「この国では、異形の魔物よりも人型の生き物の方が、よっぽど変ね。」


 マーロウは苦い顔で頭を掻いた後、ただ「やめてくれ」とだけ答えて、目を逸らした。


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