神殿騎士
サルタンは、祖国である神聖スカリオン、その東にある草原地を、50人規模の部隊を率いて進んでいた。
サルタンの率いている部隊とは別に、もう一隊、同規模の部隊が並走していた。
本格的な侵攻戦、というには、あまりに人数が足りなかった。
その辺りは、今回の進軍には、斥候の様な意味合いもあり、それ程、本格的な侵攻ではないという事でもあった。
今、歩いている草原地は、水はけが悪く、雨の後は湿地帯の様になってしまうのだ。
そして、生憎、昨日(さくじつ)は雨が降ったばかり。
着込んだ鎧は煩わしく、足も地面に取られ、歩きにくい事、この上なかった。
ふと、サルタンは、もう一隊を率いている親友、ヒューリも同じように感じているのか。
そんなことを思いついた。
二人は、カテドラル派の私設軍である、神殿騎士の同期入団である。
18で入団して、もうすぐ30も半ばという所、そろそろ何らかの役職が欲しいな、と思っていた所に抜擢され、こうして隊を預けられていた。
(隊を預けられると決まった時、詳細も知らずに、二人で飲んだ酒は美味かったな……。)
そんなことを思い出すサルタン。
彼は内心、今回の侵攻に対して、気が進まない想いを抱いていた。
ヒューリには言わない。
サルタンは、教皇を輩出した事もある”所謂”名家の出であるのに対して、ヒューリは平民の出。
決して貧しい出自ではない。
しかし、騎士団の同期でも無ければ、交わる機会などあり得ない関係であった。
そんな二人であるが、サルタンとヒューリは、不思議と馬が合った。
ともに研鑽を重ね、ここまで来た間柄である。
今回の事は、いわば出世、そして、その先の機会だ。
ヒューリが、純粋に喜んでいるように見えたから、サルタンには、水を差すことが出来なかった。
教皇ハイエンが突如、東への派兵を言い出した。
名家の出自とは言え、教皇の人物像に関して、サルタンは生憎と興味がなく、あまりよく知らなかった。
しかし、今回の派兵に関しては、国政を担っている元老たちの間でも、相当にもめたとサルタンは聞いていた。
この出兵にどんな大義があるのか。
そもそも、東に国などないだろうと。
サルタンでも、同じように考える。
であるのに、教皇曰く、これは我々が天使に昇華するための聖戦である、というのだ。
元老院は、カテドラル派だけでなくインデシネス派、その両派閥から成り立っている。
当然、インデシネス派の反対に合い、それどころか、カテドラル派の元老からも難色を示された。
結果、まず、教皇権限で動かすことが可能な、カテドラル派の私設兵団である、神殿騎士のみで事に当たり、国軍を動かすべきかは、その結果如何となったのだ。
つまり、二人は今回の出兵で、カテドラル派ではなく、国として戦争を行うに足るだけの何かを見つけなくてはいけないのだ。
神に仕える天使、それを奉じるアルジェラ教に使える神殿騎士。
末端とは言え、世界の平穏を望む自分が、戦争の理由を求めるとは、なんたる不名誉だろうか。
サルタンは己の境遇の切なさに、気持ちが沈み込むのを感じた。
そんな事を思い出していると、草原地帯をようやく抜ける事が出来た。
ここからは予定通り、サルタンとヒューリで、隊を二分して、別方向から東へと進んでいく手はずになっていた。
ヒューリはこのまま東に、サルタンは一度南下してから東へ。
サルタンは、少し離れた位置にいる、これから行動を別とする友に向かって、大きく手を振り、合図を送った。
ヒューリも頃合いと思っていたのだろう、すぐにサルタンに気付くと、此方に手を振り返してきた。
しかし、この時のサルタンの顔は、強張っていたと思う。
どうにも嫌な予感が拭えない。
距離が無ければ、ヒューリに見咎められていただろう。
そう思うと、この顔も朧げな距離が、少し有難くもあり、同時に一抹の寂しさも覚えた。
一方で
サルタン隊と別れた、ヒューリ隊は、東へと進んでいく。
ヒューリにとって、サルタンは友であり、ライバルであった。
サルタンという男は、他国で言えば、高級貴族の様な名家の出でありながら、平民のヒューリ相手にも、気さくに対応する様な好漢で、努力も惜しまない性質は、上からも下からも良く慕われていた。
対して、ヒューリの方は、同期にそんな男がいるのだ。
例え実力でサルタンに勝っても、最終的な評価は、家柄で負ける。
ならばせめて、本当の実力だけでも勝ちたいと、無我夢中に自分を追い込んで、サルタンに食らい付いていった。
そうやってお互いを高め合い、ヒューリからしても、気が付けば親友と呼べる間柄となっていた。
サルタン自身は、自分への評価が低いのか、今回の人事に対して、疑問を抱いているような、どこか浮かない顔をしている、そんな風にヒューリの目には映っていた。
しかし、それを言うのならば、今回のヒューリの抜擢は、サルタンの口利きだと、ヒューリは思っていた。
己の力で掴んだものではない。
ヒューリの中に少し悔しい目はあった。
だが、これは友がくれたチャンスなのだ。
自分は副指揮官。
今回の遠征は、必ず成功させて見せると、ヒューイは意気込んでいた。
そう、意気込んでいたのだ。
決して、失敗しないと。
友人の、いや、親友のくれたチャンスを、無為の物にしない。
それが、彼への恩返しにもなる……と。
そう、思っていたのだ。
あれから、半日が経過した今。
ヒューリはあまりに異質な世界に、自ら踏み込んでしまった事を悟り、後悔していた。
(なんだこの地獄は……。)
彼は今も、喚き、頭が狂いそうになるのを必死でこらえていた。
ヒューリ達が東へ進軍すると、教皇の言うように、確かにスカリオンとは異なる国、文化圏と呼べるものをが存在していた。
オベリオンから、殆ど外出しない教皇が、何故このような事を知っているのか、訝しみながらも、獣人たちが農作業をしている場面に出くわした。
スカリオンでは、心が清廉である者は天使に生まれ変わる。
では、心が腐敗している者であればどうなるか。
その成れが獣人であると考えられていた。
故にスカリオンにおいて、獣人とは侮蔑の対象であり、彼等の南方に存在する、獣王国:グラプトとは、険悪でも生易しい表現と言われるほどの関係であった。
ヒューリにとっても、それは変わらない認識だ。
ヒューリ達が近づいていくと、獣人達はヒューリ達を胡乱な目で見つめた。
ミコ・サルウェが建国されてから51年目。
EOEは別にして、戦争など無い中で、長らく生きて来た事の影響なのだろう。
獣人たちからすれば、畑に完全武装でいったい何をしに来たのか?
彼等の意識に浮かんだのは、そんな所であった。
ヒューリ達は、己らが見下す存在から、その様な視線を受け、屈辱に震える思いであった。
獣人は悪徳の存在。
であれば、それを滅する事は正義の振る舞い。
そもそも、戦争に来ているのだ。
今更、何かに遠慮することも、ためらう事も無かった。
ヒューリはすぐさま、獣人を取り囲み捕縛した。
そして、尋問した。
この国の名を聞くと、獣人はミコ・サルウェであると、迷惑そうに顔を歪めて答えた。
未だに状況を解っておらぬ愚かさに、苛立ち、武器を突き付けて、脅しにかかる。
しかし、何故そのような危険な真似をするのかと、彼等はヒューリたちを非難した。
ヒューリにとっては、愚図に見える者共からの叱責に逆上し、ついには彼らの首を刎ね、畑や草木に火を放ちながら進軍を始めた。
騎士にあこがれを持つ者が、この光景を見た時、どう思うのだろうか。
しかし、戦争で畑に火を放つというのは、この世界で、侵略の基本とされていた。
火をかけるくらいであるならば、略奪した方が、合理的に思われるかもしれない。
そうした場合、毒麦を含ませる者が必ずあり、また、あえて非道を極めた行いをすることによって、お前たちの指導者の力が弱いから、こう言う目に合うのだ、と。
相手国の王権を、著しく貶める意味合いを持っていた。
そうして、進軍して行ったとき、ヒューリ達は目にするのだ。
人間と悪魔、また魔物としか思えない者たちが、楽しそうに働いている姿。
そして、そこへやってくる一体の天使の存在を。
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