闘気

「はあ? ……どういうつもりだ?」

 時間は少し遡る。

 アニムの喉から、彼にしては、ドスの聞いた声が漏れだした。

 

 城内の一室。

 いるのはアニムと筆頭外務官:外務司を務めるインペルだ。

 

 見た目は、やたらと血色の悪い20歳位の青年。

 しかし、実際の齢は、300歳を超える吸血鬼であった。

 

「何か、御座いましたでしょうか?」

 

 もともと、不健康そうな、紙の様に白い肌に、唇だけが朱を塗ったように紅いインペル。


 先程までの和やかさから、突然の一転。

 アニムから感じる血の凍るような怒りの感情に、普段は少し上から、気取ったような物言いをする彼も、この時ばかりは、内心すらも蒼白になっていた。


「ああ、すまない。」

 取り繕うように、アニムは言った。

 しかし、どう見ても、その声質とは裏腹に、アニムの心持ちは”闘う物のそれ”であるとインペルには感じられた。

 

 インペルは、束の間、アンデットでありながら、死を呼ぶ魔王と、目を合わせてしまったか、そんな錯覚を覚えた。

 


 呑気であった。

 インペルは、アニムに呼ばれ、隣国:神聖スカリオンに対して、どのように今後、応対していくか、相談をしていたのだ。

 けして、この時、スカリオンに対して敵意など持ってはいなかった。

 

 アニムとしても、暇そうなインペルに仕事が出来るな、等と自分の事は棚に上げて、今一つ真面目さに欠けた。

 気楽に、むしろ、この世界の住民に対する興味の方が、アニムの心を占めていた。

 なお、ベスティアから、人間の村を発見したと報告を受けたのも、丁度この頃の事であった。

 

 

 そして、クニシラセに突然、表示されたのだ。

 

 アエテルヌム破壊5%

 イロンナ破壊1%

 住民が拉致されました。

 

 

(失態だ……。)

 神聖などと名乗っている以上、信仰があり、それなりに、倫理や文化、思想を持つ国であるとアニムは勝手に思っていた。

 もちろん、それに間違いは無かった。

 アニムが思うに、足るレベルであるかは別にして。

 

(まさか……、宣戦布告もなしに戦争になるか……。)

 

 

 これは、ゲームCoKの感覚のままでいた、アニムに非がある。

 Cokはゲームであり、たとえ相手がBC100の古代文明であっても、ちゃんと宣戦布告をしてくるのだ。

 しかし、本来、宣戦の通告はルネサンス時代、14世紀に始まり、1907年に国際的なルールとして成文化されたのだ。

 

 

(ざまあ無いな。先刻、ゲームとの違いを認識したばかりだろうに……。)

 

 それだけでは無い。

 ゲームの文明は、皆同時に誕生し、その後は、それぞれの思考によって発展していく。

 よって、スタートが同じなら、ゲーム開始時の動きと言うのは、ある程度、定石化する。

 好戦的な国というのも、存在するが、流石にいきなりは兵力が足りないし、内政がおろそかになる為、その後に続かなくなってしまう。

 故に、その定石に、開始早々、他国を攻めるというモノは存在し無かった。


 

 ただし、それも”全ての文明のスタートが同じである”という大前提が、あるから成り立つ話なのだ。

 ミコ・サルウェが、出来たばかりの国であると言うのは、ミコ・サルウェだけに関係のある都合である。

 


 もっと防衛に対して、意識を持っておけば良かった。

 すぐに行動せず、のんびりとしたまま、時を過ごした。

 

 己の迂闊な愚かさが、引き起こした悲劇。

 

 クニシラセによって、誰よりも、物事の情報を、素早く掴んでいる気でいた。


 そしてその力を十全に発揮するために、軍を方々へ派遣。

 情報収集に力を割き、防衛を二の次としていた。

 

(愚かだ……。)


 自らの存在意義を、穢されている様な悔しさが、じりじりとアニムの胸中を焦がしていく。

  

 こうしている間にも、クニシラセには、スカリオンの侵略を知らせる通知と、その犠牲者が表示されていた。


アニムは声を荒げたいの所を、血走った目で無理やり押さえつけた。

 

「スゥーーーーー。」

 

 一つ、落ち着くために、深呼吸をすると、勤めて平静を装い、インペルに事態を告げた。

 

「現在、我ら、ミコ・サルウェは、西国より侵略を受けている。」

「!?」

 

 インペルの顔が、驚愕に歪む。

 

 何故、ここに居ながら、そのような事がわかるのか。

 インペルがその様な事を、今さら聞くことは無い。

 少なくとも、国内の事で、アニムがそう言うのであらば、そうなのだろうと彼は認識していた。

 

「国の防衛に関しては、闇燦が担当であったと認識しているが……。」

「はい、お間違えありません。」

 

 間違えるどころか、軍の統帥権はアニムにある。

 確かに間違えようはずもなければ、アニムが変えると言えば、その瞬間に変わるのだが……。

 

 アニムの視線が、クニシラセ上を鋭く走り回り、師団長、および副団長などに緊急メッセージが送られた。

 

「闇燦を防衛に向かわせ、赤武は近隣の国民の避難に集中。他の散らばった師団は、首都に集結させる。」

 

 そこまで、一息に言うと、アニムはインペルへと視線を戻した。

 

「すまないが、お前の仕事はまだ、暫くの間は、お預けとなりそうだ。」

 

 インペルは2拍ほどの時間をおいて

「……では、その日が一秒でも早く、来ることを祈っております。」

 

 常に、何か、深読みせずにはいられない物言いをするインペル。

 しかし、そのことをアニムは気にしない。


 インペルは静かに深々と頭を下げ、部屋から退室した。


 

 アニムは、クニシラセが未だ伝えてくる情報を見つめ、その後、インペルの為に締め切っていた、窓の覆いを取り除いた。


 そして、アニムは窓の外を眺める。


 窓の向こうは赤く染まった夕暮れの空が広がっていた。


 あの向こうで、この悲劇が起きているのかと思うと、見慣れているはずの空が、見たことの無い物の様に、アニムには思えた。

 

 

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