アーシャ1

 時刻はまだ、酒を飲むには、いささかに早い時刻だ。


 ソール・オムナス城下の酒場。

 店をはじめて、まだ、ひと月半と言ったところ。

 格式張った高級感はないが、真新しい備品に、綺麗な内装の店があった。

 

 

 しかし、酒場は、そこに流れる空気や、雰囲気を含めて店である。

 というのであれば、顔を顰めるほどに店を汚して止まない女が一人、店のカウンター席で酒を舐めていた。

 

 糸の様に細い目が特徴的で、特に美人というわけでも、取り立てて不細工でもない村女の様な、素朴な顔。

 

 しかし、女は、村女には見えない格好である。

 使い古された立派な鎧を、扇情的に気崩して、酔いのせいか、どこか茫洋と、退廃的な表情を浮かべていた。

 

 村女とも、娼婦とも、戦士とも微妙にズレる。

 中肉中背、さして筋肉質でも無ければ、柔らかく女性的な身体というには、些か足りなかった。

 

 彼女の呼び方は、へべれけアーシャ、規律破りのアーシャ、汚い歌い手アーシャ等々……様々であるが、一応、おおやけには、これでもミコ・サルウェ軍、闇燦師団 師団長 大盾のアーシャだ。

 

 

 ※R英傑騎士・アーシャ 光火②

    先制

  アーシャが戦闘に参加したとき、アーシャと味方ユニットは+2/+0の修正を受ける。

                      2/5


 今は、王より下賜された大盾を、隣の席に立てかけていた。

 

 仕事はサボりだ。

 

「う~ん。仕事上がりの、この一杯の為にウチは生きてるね~。」

 未だ勤務時間内である。

 

「もう、お前さん3杯目だろう。」

 調子良く、適当な事を言うアーシャに、店主は呆れ声でつぶやいた。

 

 花妖精が作っている蜜酒が、殊の外、お気に入りのアーシャ。

 店主の事も、仕事サボりの後ろめたさも、なんのその、聞こえなかったふりで、ヒタヒタと舌を出し、舐めるように酒を飲んでいた。

 

 この行儀の悪さを見るに、すでに年頃の女というには”とう”のたった年齢ではあるが、真っ当な教育など受けていない事は、容易に想像が出来た。

 

 不意にピクリと、アーシャの眉が動く。

 嫌な予感がした。


 それから間もなく、酒場の扉がゆっくりと、場に合わぬほど丁寧に開かれた。

 2人組の男女が入ってきた。

 

 それは、顔立ちの整った白面の男と、翡翠髪長く、肉感的な身体を法衣に包んだ、エルフの女である。


「っち!」

 アーシャは舌打ちし、店主を睨みつける。

 

 国内の警備や、防衛を主務とする闇燦師団の団長が、通報されて、自らの部下に補導される。

 

 いぶかしく、実にみっともない話である。

 

 そして、悲しい事に、これが初めてでは無かった。

 

「なんだよ。もう3時過ぎだろ? うちの仕事は4時までなんだ。硬い事言うなよ」

 

 2人の男女の男の方。

 彼の肌は白く、その鋭く怜悧な容貌もあいまって、実際の所は兎も角、見る者に冷たい印象を与えた。

 今は、その表情を、さらに冷たく凍り付かせ、アーシャの事を見つめている。

 

「団長。我々は軍人です。王国軍人に恥じぬように、規律正しく、人の模範となる様に生きねばなりません。」

 

 男は表情のわりに、静かに落ち着いた声で、諭すように言葉を紡いだ。

 

「はっ! オニツカ、本当にお前は融通が利かないね。この天下のソール・オムナスで問題を起こす奴なんざ。このウチを於いて他に居ないだろう? そのウチがこうして大人しくしてんだ。 早引けしたって問題ねーだろ!?」

 

 アーシャは懲りないどころか、開き直って見せた。

 オニツカは、それを聞いて、俯き気味にため息を吐いた。

 

「陛下には、団長を相手にのみ、重度のケガをさせない程度であれば、発砲を許可されています。」


 オニツカはコートの様な服の裾から、細長く、杖にしても、槍にしても、不思議な形状をした長筒を取り出した。

 

 アーシャの顔がひきつった。

 

「う、嘘だろ…? そもそも、お前の獲物で手加減が出来るとは、初めて聞いたね……。」


 

 オニツカはそれに対して、3拍ほどの時間をおいた。

 


「やりよう次第では。」

 

 オニツカの瞳に、本気を悟り、アーシャは逃げ腰になる。

 辺りをきょろきょろと伺いだした。

「じゃ、じゃあ今度、暴れてる馬鹿がいても、それで生け捕りに……。」

「団長くらいの打たれ強さと、しぶとさは必要です。」

 

 そういって長筒の先端……、いや、日本において猟銃と呼ばれる物、その銃口をアーシャへと向けた。

 

 

 キョウスケ・オニツカ

 かつて日本にあったTCG専門誌において、EOEの外伝として連載されていた小説。

 「EOE re:another」

 その主人公である。

 

 後に書籍化され、その単行本、一巻には、オニツカのカードが付録として付いてきた。

 通常のパックには、封入されておらず、当然、大会など、公式には使用できないファンアイテム的なカードである。

 

 小説「EOE re:another」に関して言及すると、EOE本編とは、随分と、趣を異にする話であった。

 

 昭和初期の時代、猟銃の扱いを得意とする学生、

オニツカが、EOEの世界に迷いこみ、世界を旅するという話である。

 

 魔法が飛び交うファンタジー世界に、猟銃で戦うという奇妙な設定。

 助けた少年がオークに食われたり、出来た恋人を自らの手で殺すことになったりと、全体的に救いのない悪趣味な話ばかりが続き、

 最後には、日本に帰る術がないと悟ったオニツカが、自らの愛銃を口にくわえ、引き金を引くところで話が終わる。

 

 この悲壮な戦士の物語は、当然に不人気で、最早、伝説的な黒歴史として、EOEの歴史に刻まれていた。

 

 アニムとしては、彼のカードを引き当てた時、驚きと同時に、どうしてやるべきか、相当に悩むことになった。

 

 創作物の登場人物を日本に帰してやる訳にはいかないし、そもそも、アニム自身もオニツカと同じ、世界の漂流者である。

 手札で腐らせておくのも何だか寂しい気がしたが、とはいえ、少なくとも、召喚して自殺されるのだけは避けたかった。

 

 

 アニムは葛藤し、悩みに悩んだ結果。

 オニツカが日本に居た頃の記憶は、オニツカの隣にいるエルフで聖職者の女。

 宝石の森の守り手:リーフェが封じるという事になった。

 

 リーフェは物語の中で、「宝石深林」という場所を守っており、そこへたどり着いてしまった人間の記憶を封じて、「宝石深林」の場所が露見しないようにしている、エルフの一族であった。

 

 記憶を封じる等と言う能力は、カードには存在しない。

 しかし、ユニットの能力は、カードに書かれている記載事項には、留まらなかった。

 

 「泳ぐ」という能力が無くても、魚が水中を優雅に泳ぐ様に、その者の持っている特性は、しっかりと、その体へと受け継がれているのだ。

 

 

 アーシャがいよいよ慌てだした。

「お、おい。ちょっと待てって……。そうだ。なあ、お前もたまには休んだらどうだ? いつも一緒にいるし、お前ら出来てるんだろ? リーフェと一緒にベッドで、まる一日しっぽり決めて来いよ? なんならウチが……。」

 

 リーフェが羞恥で、顔を真っ赤に染めた。

 対してアーシャは、そんな事も構わず、中身がより見えるように、着崩した鎧をさらにずらして見せた。

 

 

 けがらわしい程の慎みの無さに、思わずか。


 オニツカの持つ猟銃の銃口が、アーシャの眉間へと向かった。


 オニツカの脳裏に「どうせ、この女であれば、”死ぬほど痛い程度”で済んでしまうはずだ。であればサボりの仕置きと合わせて……いいのではないだろうか。」そんな事が浮かんだ。

 

 


 丁度その時。


 「「!!」」

 

 アーシャとオニツカ。

 二人そろって、何事か。

 動きを止めると、目を瞑る。

 

 そして、たっぷり6拍程。

 


 沈黙の後、真面目な顔つきで、アーシャの方から口火を切ろうとした。


 

----ドゥゥン!

 

 アーシャの頭を、オニツカが打ち抜いた。

「いってえええええええ!?」

 

 しかし、至らない。


 やはり、痛いで済んでしまったか、そんな気配がオニツカの表情から漏れた。

 

「緊急時です。軍法会議は省略しました。」

 オニツカは、さも当たり前のことの様に言い捨てた。


「上官のド頭、ぶち抜こうとして言うセリフじゃねーだろ!?」

 

 アーシャは涙目になって抗議した。

 しかし、この女は”そういう女”だ。

 けして、弱弱しくなどならず、むしろ、ボルテージは上がっていく質である。

 

「ふざけんじゃねーぞ!? ……おい。で!? 他の奴らは?」

「大方がアルテラに収束しているはずです。」

 オニツカが間髪入れず答えた。

 途端、アーシャの額に青筋が浮き上がった。

 

「ああん!? ゴミども、まだやってんのか!? あの蛇女いい加減にしろよ!?」

 

 年中、様々なグループによって、抗争が繰り広げられているアルテラの港町。

 最近は、流石に死人が出るような事態は控えている様で、多くは無かった。

 

 しかし、執政官のアリアナは、どいつが使えるのか、選定でもしている位の感覚で、基本的には放置。

 その為、それらを鎮圧する為に、闇燦師団は良く駆り出されていた。


「すぐに引き揚げさせる。ゴミが互いに掃除してんだ。かまうこたーねよな!? ウチが呼んでくるから、お前はモニカを呼んできな。そんな下らねえことには、あいつは出場でばってねーんだろ?」

 アーシャは、一息でがなり立てた。


「団長と違って、然る形で休暇申請が出ていますが……?」

 チクリと、嫌味を言うオニツカ。

 

「うるせえ。たった今、不受理になった。いいから、いけよ。」

 アーシャは五師で一番気性が荒い事で知られていた。

 

 いらいらした様子で、急ぎ、残りの酒をあおった。

 崩れた鎧を正すと、アニムより下賜された彼女の代名詞、身の丈ほどの大きな盾を背中に担いだ。



 彼女は酒場の店主の方へ向いた。

「酒代はうちに回しといてくれ。」


 何事かあったのを察したのであろう。

 店主はそれには答えず、ただ頷くと、後ろを向いて、これから来るであろう客の為、夜の仕込みを始めた。

 

「ふー。」

 

 アーシャは、酒気で余計に高まっている気を静めるため、深呼吸を一つした。

 しかし、走り出そうとした所で、顔を赤くしたリーフェが呼び止めた。


「アーシャさん!……キョウスケと私は、そういう関係ではありません。今後はどうなるのかまでは、ゴニョゴニョゴニョ、ですし、ゴニョゴニョゴニョ、ゴニョゴニョゴニョ、ゴニョゴニョゴニョ」


 後半は、小声であり、何を言っているのか、解らない。

 しかし、のぼせた頭で、訳の分からない事を言っている事だけは伝わった。


(……。)

 オニツカは目をつむり、何かに耐えるような表情をする。

 なお、本人は気付いていないが、リーフェにもアニムからの通達は届いていた。


 

 そして、その意味不明な発言を要因に、アーシャのせっかく落ち着かせた頭へと、血が、急激に駆けのぼっていく。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 そして、アーシャはオニツカの顔をみると。


 「後、説明しれ!ポンコツ!!」


 説明する時間も惜しいのか、怒りによって回らぬ口でがなると、煽り終えたばかりの空杯あきはいを掴み、リーフェの頭目掛けて投げつけた。

 そうして、肩で乱暴に扉を押し開けると、そのまま走り去っていってしまった。

 

------ポカン

「いった~!? 何ですかいったい!?」

 

 木を薄く削りだし、非常に軽く作られた杯の為、リーフェがケガをすることは無い。 

 ほんのりと残った、のみさしを頭にかぶった程度である。

 

 リーフェは、うるんだ目でオニツカを見た。


 しかし、オニツカはリーフェと目を合わせると、何も答えず、ただ静かに首を左右へと振った。

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