アエテルヌム2

(なんで!? 誰なんだ、あいつらは!!)

 

 突然の事であった。

 見知らぬ集団が現れて、畑に火を放ち始めた。

 火は作物だけでなく、刈り取り前の野草や、飼料の藁などにも引火した。

 

 ソォール達は、何とか火を消し止めようとするも、アエテルヌムは風通しの良い吹きっさらしだ。

 炎は止め処なく、どんどんと高温で燃え広がっていった。

 

 そして、炎を運んでいた騎士たちは、今度は畑だけでなく、ソォール達にも牙をむいたのだ。

 

 ゲイリーは殺され、アモルは捕縛された。

 メイソン等、聖職者のグループは、ソォール達を逃がす足止めをするために、一番歳若いファオルトナ教の果敢な弟子:ケネスを除いて分かれていった。

 

 ソォール達は炎に巻かれながら、方向も解らず逃げ惑った。

 どれくらい走ったのか。

 ある時、ヒューンっと炎の中から矢が飛び出してきて、ソォールの足に突き刺さった。

 

 激痛がはしる。

 

「グっ! しまった。」

「大丈夫か!?」

 

 思わず、皆の足が止まった。

(まずいな・・・。)

 

 どんどんと痛みが激しくなる。

 しかし、矢を放った者が近くにいるはず。

 このままでは、皆を危険にさらすことになってしまう。

 

 ソォールは自分を置いて先に逃げるようにと、声を発しようとした。

 だが、痛みに喉がつまり、声が出なかった。

 ソォールは焦る。

 

 心配げな表情で皆が、ソォールを見つめる。

 ケネスがすぐに治療をしようと、回復魔法の詠唱を始めた。

 

 そんな事をしているうちに、先ほどの矢の主が、剣を振りかざし駆けてくるのが、ソォールには見えた。

「皆!逃げろ!」

 

 やっと出るようになった声で警戒を促した。

 

 しかし、皆は逃げようとはせず、魔法を打つために、騎士に向かい、手をかざし臨戦態勢をとった。

 

(無茶だ!?)

 いくら数が違うとはいえ、インプの魔法は精々が、石を持ち上げてぶつけるくらいの事しかできない。

 

 訓練された騎士を相手にするには、あまりに非力すぎた。

 

 どうするべきか、一瞬の逡巡。

 

 すると、今度は炎の中から、飼料の運搬などに使われる、大型のフォークが飛び出してきて、目の前の騎士を串刺しにした。

 

「ミルザ!」

 蛇人のミルザだ。

「へっ! こちとらアルテラっ子様だ。これくらいの荒事! なんてことは無いんだよ! おう! ソォール、無事か!?」

 

 威勢の良い声を発するミルザ。

 しかし、体の至る所に、火傷や切り傷を作り、彼がここまで、一筋縄ではいかなかったことは、容易に想像できた。

 

 

 ケネスは急いで、ソォールの治療を済ませると、続いてミルザの治療をしようとする。

 しかし、ミルザはそれを受けようとはしなかった。

「俺はいい。それよりも、動けるなら、ここから早く移動するぞ。」

 ミルザは、ソォール達を先導する様に走り出した。

 

「ミルザ。助かった。」

 ソォールはミルザに礼を言った。

 

 それに対して、ミルザは「ふん」と鼻を鳴らす。

「構うことは無い。 俺たち蛇人は、もともとリトルを守る戦士だ。 この程度のは気にならんさ。……しかし、大変なことになったな。」

 


「何が起きているのでしょうか?」

 ケネスやソォールにしても、戦禍に巻き込まれた事など無かった。

 未だ事態に、理解が追い付いていないケネスが、ミルザへと問うた。

 

「俺も、殆どわからん。だが、多分、戦争が起きているんだろ。」

「え?」

「でなきゃ想像もつかん。さっきの奴、見たことねえし。余程の気狂いでもなきゃ、自分たちの御飯(おまんま)に付け火なんかするかよ……。クソっ。」

 

 ミルザは、忌々し気に吐き捨てた。

 

「お前に会う前、イロンナから逃げて来た奴に会ったんだ。結局は逸れちまったんだが、聞いた話じゃ南のイロンナも、ここと同じような状況らしい。北は解らんが、流石に東に逃げれば何とかなる筈なんだがな……。こう、煙がきつくちゃ、どっちがどっちかなんて判らん。」

 

 さりとて、立ち止まっても事態は好転しない。

 暫く走り続けるが、炎の熱は着実に皆の体力を奪っていく。

 肉の焼ける悪臭が、鼻を利かなくさせ、炎の出す煙が目を焼いていった。

 

 狂っていく感覚をなんとか、引き絞り、ソォールは前を走るミルザについていった。

 

 しかし、ソォール達の前に、三人の騎士たちが立ちふさがる。 

「まだ、生きている奴がいたか……。」

 

 騎士の一人はヒューリだ。

 熱く血の滴る剣を持っていた。

 

 それを見た、ソォールの脳裏に、共に働き、共に過ごしてきた者たちの顔が過ぎ去っていく。

 

 いつもと同じ、のんびりとした一日の筈であった。

(なのに……なんでだ!?)

 

 ソォールの中に、深い怒りと悲しみが木霊する。

 

 ミルザとヒューイが戦いを始めた。

 

 いくら蛇人が戦士であるとはいえ、正規の訓練を受けた、実力優秀な騎士であるヒューリが相手では分が悪い。

 

 ミルザはどんどんと押されていった。

 

「ヒイ! ハハハハハ!」

 ヒューリは既に狂っていた。

 その目をらんらんと輝かせ、自らに付いた傷でさえも嗤う。

 そして、その身を顧みぬ戦いは、ミルザの予想をことごとく外していった。

「やるじゃーないか!? 化け物! ヒヒ。」 


 ヒューリは着実にミルザの肉をえぐっていく。


 ソォール達も、魔法で少しでも援護を行おうとした。

 しかし、他二人の騎士が、弓で牽制しそれを許さなかった。

 

「お前ら逃げろー!!」

 

 それがミルザの最後の言葉となった。

 ヒューリの放った突きが、ミルザの心臓を正確に貫く。


 ミルザが倒れ伏し、ソォール達の動きが鈍る。

 その瞬間を狙って放たれた一矢が、まっすぐにポックスへと迫った。

 

「わ゛!!」


 ポックスは腕で頭を覆い、痛みに備えた。

 しかし、痛みはやってこなかった。

 

「……?」

 

 咄嗟の事であったのだろう。

 ケネスが、ポックスと騎士の間に飛び込んだのだ。

 

 そして、その身に矢を受けて絶命していた。

 

 

(このままでは、みんな殺されてしまう。)

 

 ソォールは茫然とするポックスの手を掴む。

「皆!逃げるぞ!」

 

 そうして、駆けだそうとするが、誰も走ろうとしない。

 

 手を引こうとしたソォールは、足だけが先に行き、転びそうになった。

 

 ソォールは、ポックスを見た。

 そして、ポックスも、ソォールの方を向いた。


 にやりと笑う。


 いつもと違う。

 

 薄気味の悪い笑み。

 


------なんで逃げるの?

 


「え?」

 

「ギャハハハ!」

 突然、プレイグがケタケタと笑いだした。


 ソォールは困惑し、恐くなる。

 ポックスの手を離し、後ずさった。

 

 再び飛来した矢を、カーズとイルがつまらなそうに、つかみ取ると、かたわらの炎へと放り捨てた。

 あまりに可笑しい。

 

(みんな、どうしてしまったんだ……? 何が?)

 

 

 そして、いつの間にか後ろに回っていたコマが、ソォールにしがみ付いてきた。

 

「クスクス。ねえ……自由から解放してあげる。貴方を貴方として縛っている物を思い出して。」 



 鼻にかかった甘えた声で、良く分からない事を言うコマ。

「何を言っているんだ!」

 

 自らを殺そうとする騎士たち、そして、この状況で、妙に落ち着いて見せる仲間たち。

 ソォールは、その両方にあせり、恐怖を感じた。

 

 ソォールにポックスが近づいてきた。


 ポックスと目が合った。


 彼は囁く。

 いつもと違う、カスレの無い”力”のある声で。

 

「大丈夫……、大丈夫……。痛くない。ちょっと思い出すだけ。」


 その声は、ぬるりとソォールの心の奥底に浸み込んでいった。

 

  

 

 

 

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