アエテルヌム2

「おお、ソォール達が最初か。」

 

 わいわいと、話をしながら歩いていると、作業所に付いた。

 作業所には、すでに一人の老人がいた。

 

「ん……今日はゲイリーか。」

 

 活発な農民団:ゲイリーは、その道50年のベテラン農家として、まだまだ初心者である皆の、農業指導をしていた。

 

 稀、と言うほど珍しくもないが、EOEの世界で、生きていた頃の記憶を、持っていない者がいた。

 例えばソォール達や、妖精のミリー、そして、このゲイリーもそうである。

  

 悲しくも、彼は50年、どこで何を作っていたか覚えておらず、農業の腕は確かながら、ボケ老人扱いされ、ある意味では皆に親しまれていた。

 ただ、同時になめられ、あまり、尊敬はされていないようであった。

 

「うむ。このあいだは、デヴィンが、やらかしたらしいじゃないか?」 

 ゲイリーは厳めしい顔をしながら、ソォールに近づいてくる。

 

 農業指導をしているのは、一人ではない。

 デヴィンは先日のナス作りに失敗した際に、指導員として付いていた若い男だ。

 

「ああ、知っていたのか。何が悪かったのか、俺達じゃあ解らないけど。売り物にならなくてな。ここ暫くは渋ナスばかり食べてるよ。カハハハ。」

 ソォールは自嘲気味に笑い飛ばした。

 ぐい~っとゲイリーはそのまま、顔を近づけて……ガシっと、ソォールの右手に阻止された。

 

「なんだよ。気持ち悪いな。」


 ソォールはインプの顔を顰めて、ゲイリーの奇行に閉口する。

「ふん。食べ物を粗末にしてはならん。失敗を自分達で処理するのは、良い心がけだ……。しかし、奴もまだまだ青いな。」

 

 濃い眉毛を、意味ありげに片方持ち上げて、鼻を鳴らす。

 どうやら、指導員として、自分の方が優れていると言いたかったらしい。

 

 ソォールは内心で、ため息を吐いた。

「やはり人も野菜も熟れておらんとな。青い者はダメじゃ! ダメじゃ!」

 何とか尊敬を皆から得たいようだが、そのやり方では成果は得られない。

 

「あ~……うん。なんだ? まあ、その……デヴィンも悪気があったわけじゃないからな?」

 

 ソォールとしては、教えてもらっているという意識はある。

 自分も関わっている事でもあるし、一度の失敗で責めるのは、随分と居たたまれなかった。

 

「グクク。私が人喰いでも、爺は美味そうに思えないな。ググク。」

「後進に道を譲れよ。」

 

 ソォールが困っていると、ポックスとカーズが、早速揶揄い始めた。

 

「何を言うか! 貴様ら、若いもんには負けん。まだ歯もしっかり残っておるし、貴様らが言うほど、ボケてもおらんわ!」

 

 活発な農民うるさいじじいインプいたずらあくま

 ”らしい”と言えば、”らしい”やり取りではある。

 確かに本人の言う通り、元気なのだろう。

 

 ゲイリーとポックス、カーズは、そのまま掴み合いの喧嘩を始めた。

 

「おいおい。これから仕事だぞ? それに一応は、俺たちの方が教わる立場なんだ。また失敗したくないだろう?」

 

 ソォールは声を上げ、止めようとした。

 しかし、誰も聞いていない。

 

 その挙句に、プレイブや内向的な性格のコマまで囃し立てている始末。

 イルも見守るのみで、誰も彼等を止めようとしなかった。

 

「……。はあ……。」

 ソォールは暫く終わりそうにないな……と大きなため息をついた。


 

 

 


 インプのソォール・ヒエメス。

 もともとは、フレーメンの地下墓地、ヒエメスに召喚されたインプだ。

 

 彼は、変わり者と言われていた。

 

 インプたち悪魔種も、お洒落や食事、性交など、自分の好きな事には、並々ならぬ執着を見せる事はある。


 それは悪魔のさがだ。


 だが、彼等は基本的には、大いに享楽的で気まぐれだ。

 無論、これも個人差と言うものはある。

 

 今の所、真面目さが原因で仲間の誰かと争うというような事はないし、ソォールにも何か性があるだろう。

 しかし、彼等の性格を考えると他の種族と比べても、ソォールの場合は真面目であると思われていた。

 

 

  

 畑にやって来たとは言え、ソォール達だけで仕事をするわけではない。

 他のモノたちが集まるまで、暫く時があるはずであった。


 ソォールは、仲間を諫める事を諦めて、横に並べてある、農具の手入れをすることにした。

 草刈りに必要な刃に欠けは無いか、泥汚れは無いか。

 残っていれば、もとより汚れるつもりの格好だ。

 構わずに裾で拭って磨いた。

 

 別段、ソォールとしては、几帳面なつもりは無い。

 しかし、道具がヘタレば仕事が滞る、刃が欠ければ、その欠けた刃は食物を作る畑の上に落ちるのだ。

 当たり前の事だと思っている。

 ようやく出て来た朝焼け、その淡い陽光に道具をかざした。

 光を反射してキラキラと輝いている。

 ソォールはそれを、満足そうに眺めた。

 


 その時、ソォールは気が付いた。

 ソォールの傍で、イルも同じように農具の手入れをしていた。

 

「……。」

「……。」


 お互いに、何を言うでもない。

 ただ、黙々と手入れを続ける二人。


 イルはコマの様に、内向的な性格と言う訳ではない。

 話をすれば、穏やかで社交的な性格をしている。

  

 しかし、イルは、いつも物事の外に居て、皆を静かに見守っていた。

 ただ、唯一、時折、ソォールのやっている事にのみ、彼と同じように、彼の隣で彼の真似をする。

 

「……。」

「……。」

 

 ソォールはこの時間が、不思議と好きだった。

 

 しかし、二人で手入れを行えば、それだけ早く終わってしまう。

 少し名残惜しく感じたが、丁度良く、他のモノたちも集まって来ていた。

 

 

 今日、仕事を共にするのはミシアンの癒し手:メイソンや熟慮断行の僧侶:オンメイ、ファオルトナ教の果敢な弟子:ケニスなどの聖職者8名のグループだ。

 

 再三の話、聖職者と悪魔の組み合わせの特異性など、この国ではいい加減にしつこい話だ。

 ただ、彼等も聖職者と言うだけで、飯が食えるわけではない。

 

 特にEOEの世界は、中世のそれ。

 戦、はびこる世界では、嫌世感は強まり、同時に宗教の力も強くなる。

 故にEOE、転じてミコ・サルウェは、聖職者の数というのはかなり多かったし、ミコ・サルウェの聖職者は、それとは別に農業従事者である事は珍しくなかった。

 

 彼らは、そんなグループの一つだ。

 


「ああ、メイソン。今日はよろしく頼む。……おい! お前ら。皆、集まったぞ。」

 

 ソォールが彼らに挨拶した。

 呆れる話だ。

 ポックス達は信じられない事ではあるが、今の今までずっと喧嘩を続けていたらしい。

 

 ソォールはポックス達の事は好きだし、共に寝食を共にする家族である。

 しかし、こういう所はどうしても性分に合わず、うんざりした気持ちが心を占めた。


「あはは……。おはようソォール。君たちの所は相変わらず元気だね。」

 メイソンが挨拶を返してきた。

 

「さっき、ミルザにも同じことを言われたよ。」

 渋面のソォールは、諦めの心境であった。

 

 この後は仕事が始まり、良くある流れ。

 ゲイリーの教導の元、所定領域の草を刈り、石を取り除き、鍬で土を掘り起した。

 

 作付けも、という話ではあった。

 ただ、想定よりも畑の状態が悪く、今日はそこまでは行けそうになかった。

 

 

 インプの背丈でも、地面と向き合う時は腰を折り、中腰以下の姿勢を取らねばならない。

 太陽は南中を少し過ぎる頃。

 

 難しい体勢で長時間いたせいで、足や腰に軽い、しびれを感じた。

 

 そろそろ休むかという彼らに、耳に澄んだ綺麗な声を掛ける者がいた。

 

「みんな、こんにちは! ちょっと遅れちゃった。……お昼作ってきたんだけど。もう食べちゃった?」

 

 陽光を反射し、眩いまでの白銀の髪に、丸くクルリとした大きな瞳、少し薄い唇の少女。

 天使種のアモルであった。


 インプよりは大きい、140cmほどの身長、人型では小柄に分類される体躯だ。


 畑作業を手伝っている割には、焼けの無い真っ白な肌で、双子の姉妹がいると聞いていた。

 ただ、ソォール達は、未だにその姉に会った事は無かった。

 

 アモルは特にイルと仲が良く、こうして数日に一度ほどの割合で、食事を作っては差し入れてくれていた。

 

「いつもすまない。ありがとう。」

 ソォールがそう、声を掛けると、頬をほんのりと染めて、初々しく受け答えをする。

 

 可憐な容姿も相まって、アモルはアエテルヌムのアイドルだ。

 はじめ、ソォールとしては、イルにくっついている自分たちばかりが、差し入れてもらう事に居たたまれなさを感じていた。

 

 そうではないと、今は知っている。

 ソォールはアモルが苦手だった。

 

 今、他の者と話していても、チラチラとアモルはソォールの事を見ている。

 以前、それを不思議に思って、アモルと仲の良いイルに尋ねると「男っていうのは、本当にだめね。」

 

 どこか母を感じる微笑みを浮かべ、その様な答えが返ってきた。

 

 ソォールも馬鹿ではない。

 その様に匂わせられれば、大体の事を察する事は出来た。

 

 本当は、それに対して、しっかりと向き合わねばならないと思っている。

 しかし、それを考えると、何か考えてはいけない事を考えてしまったようで怖かった。

  

 考えるたびに、ソォールの中でズシンと何かが、己の鳩尾を貫いた。

 そして、そこから、じわっと液体の様に、恐怖がソォールの中に浸み込んでいくのを感じる。

  

 それが何かは、ソォール自身にも分らなかった。



 

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