炎鍛冶の剣3

「……そうか。」

 

 単に性格なのか、理由があるのか。

 アニムの視点では、解りようの無い話である。

 一度、話題の矛先を別に向けてみるべきかと、アニムは少し考えるそぶりを見せると、唐突にネルフィリアへと水を向けた。

 

「ネル(ネルフィリアの愛称)、次の大会は何時になるか、聴いているか?」

 アニムはなるべく、次回も楽しみな様子を装った。

 まだ、そんなものは決まっていないし、恐らくそうだろうというアタリを付けた質問である。

 

 今日の様に、王の催事として出張っている以上、決まっていた所で、ある程度の口は挟めるだろうという読みもあった。

 

 鍛治師達にしても、常に武器ばかり作っているわけではないし、むしろ、日常的に使われる金物の方が、需要は多いはずであった。

 流石に、職人を相手に極力、手を抜いて作ってくれなどとは、口が裂けても言えない。

 であれば、なるべく頻度を下げたかった。

 大会で出されるような渾身作品の出生を、少しでも抑えられるかもしれない。


 ユッカティーナの言を見るに、望みは、薄かも知れないとは考えた。

 しかし、浅知恵であっても、打てる手は打っておくに越したことは無いのだ。

 

 

「申し訳ありません。私は存じ上げませんが……。」

 話を向けられたネルフィリアは、困り顔で辺りを見渡した。

 ユッカティーナや、近習達にも視線を向けられるが、決まっているのは”次回も行う”という事だけ。

 誰も答えられはしなかった。

 

 その様子をアニムは2拍、3拍とゆっくり確認した後、思案顔……からの残念そうな顔をして。


「決まっていないのか?……まあ……急ぐ必要はないのかもしれないが……。随分と盛り上がったと聞いている。次回がすでに決まっていた方が、今回入賞を逃した者も、再び奮起するのではないか?」

 

 アニムは心と口で、別の事を言った。

 質問の形をとっているが、誰にも答えは求めていなかった。


 誰かが反応するよりも先に、アニムは再び話し出した。

 

「そうだな2年……は流石に早いか。では少し長いやもしれないが、4年に一度では、どうだろうか?」

 

 アニムはそういうと、微笑みながら辺りを見渡した。

 

 

「……4年でございますか?」

 法司(ほうのつかさ)、プロセン・ビリームが反応した。

 国の催事であるのならば、それのルール、法を定めるのが、彼等、法務官の仕事。

 故に、プロセンが反応するのは、当然と言えた。

 

 また、アニムがするのは提案、そして承認のみであり、アニムが言ったからと言って、それでは4年で決定、とはならないのだ。 

 

 なお、アニムの言う、4年という期間、その数字に意味は無い。

 ただ、オリンピックが4年に一度であった事から、そのくらいが丁度よいのでは?と言うだけの事。

 なお、実際のオリンピックが4年に一度なのは、太陽暦が関わっているという説が濃厚らしいが、諸説あり、ハッキリした事は解らない様だ。

 

 アニムはプロセンに対し、先ほどよりも穏やかに、ユッカティーナへ話を向ける事で応えとした。

「ああ、鍛治の腕という物は、一年やそこらで上がるという物ではないだろう?」

 言っている内容は、おためごかしであった。

 

「は、はい。」


 急に話を向けられ、動揺するも、ユッカティーナは何とか返答を行った。


「ただしかし、あまり長すぎるのもどうかと思う。故に4年くらいが良いのでは無いか、と思ったんだが……どうだろう? 皆の意見を聞かせてくれ。」

 

 また、アニムは辺りを見渡し、思考を促した。

 

 皆、思い思いに考えているのか、沈黙がその場を支配する。

 そして、その間、アニムはそれが仕事であるとでも言うように、微笑み続けていた。

 

 内心では、

(いや、鍛冶大会の間隔なんて、本人たち以外、ネルとかお前ら、どうでも良いだろ? 何をそんなに考えているんだ? 頼むから余計な事を突っ込まないでくれよ……。別に3年や5年じゃダメな理由なんて無いからな……。)

 元より、腹芸など、得意とする男ではない。

 アニムは服の中で冷汗をかいた。


 暫く、時が流れる。


「よろしいのでは無いでしょうか?」


 そう始めに、答えを出したのはプロセンであった。


「そうですね。私も鍛冶仕事に関しては良く分かりませんが、鍛治師の皆さまから、反対が出ないのであれば、それで良いと思います。」


 続いて、同意したのが筆頭行政官、政司(まつりのつかさ)のユリン・シェヘラザードだ。

 

 ユリンは身長3m程の長身で、長い薄紫の髪をした妙齢の女性である。

 半竜と呼ばれる存在で、大きさを除き、姿形は人間のそれ。

 ただし、竜の影響は身体の随所に見られ、瞳の中の瞳孔は、縦に割れていた。

 また、氷竜の血が混ざっている為、身体の所々を、青い鱗が覆っていた。

 

 EOEの世界では、古代の大書庫に引きこもり、訪れる者に様々な知識を授けた彼女。

 非常に穏やかな性格で、ミコ・サルウェでは筆頭行政官、政司(まつりのつかさ)として、法の運用を行っている。


 少々、ややこしい話であるが、ミコ・サルウェでは警察権など、行政権の一部を、軍が保持しており、現代日本に置ける三権分立のイメージからは大きく異なっていた。

 法務官は司法よりも立法、行政権は裁判などの司法権としての性格が強い。

 

 

 

 アニムは、内心で安堵のため息をついた。

 プロセンにしろ、ユリンにしろ、内政ではアニムを良く助ける腹心である。

 ただし、決して太鼓持ちと言う訳ではないのだ。

 無論、アニムに対する遠慮は存在する。

 しかし、真っ当に反論されれば、アニムなどより余程、頭は回る二人であった。

 

 アニムとしては、悪事を働いているつもりは無い。

 ただ、後ろめたさの様なものを拭えなかった。

 

 クニシラセが、アニムにしか見えない以上、作品の能力値を数値で解るのはアニムのみである。

 

------やばい武器を勝手に作られると困るんだ! 俺には、こいつのやばさが解るんだよ!

 

 そんな事を言ったところで、理解を得られるとも思えなければ、むしろ、やばいのは武器ではなく、お前の頭だと思われかねない。

 

 

 内政の重鎮二人が頷けば、後は皆、順次、同意の声をあげて行った。

 

「ん。では、次の開催は4年後という事で、進めてくれ。……さて、次の日程が、凡そ決まったわけだが……。」

 

 アニムは締めくくる様に見せておきながら、次の話をし始めた。

 

「優勝者に対して、特になんら賞物があるわけではないと聞いたが……?」


 元が職人同士の喧嘩だ。

 勝ったところで、本人の名誉が守られるのみ。


「陛下にお目通りできる、というのが褒美という事では?」

 

 しれっと、プロセンが答えた。

  

「ハハハ。まさかだな。」

 アニムの目は、声程には笑っていなかった。

 

 事実、王に目通るというのは、褒美になりえる事ではある。

 いち、市民の為に王がわざわざ時間を作るという事は、非常に名誉な事であるし、職人としての拍も大きなものとなった。

 もとより、初めから国の許可を得た物でも、国が主催したものでもない。


(大方の所、謁見で満足する様なら、それで済ませようという腹積もりなのだろうな……。)

 

 アニムに政治は解らない。

 国家を運営するうえで、そういった部分も必要になる事があるという事も理解していた。

 立場が人を作るとも思える。


 しかし、アニムから見て、プロセンという男は、合理主義が行き過ぎて、利に汚く見えた。

 

 これでも、随分と良くなった方ではある。

 

 アニムは自らの役割として、「利」で動くものに対して、王として「理」を示す事。

 それもまた、王としての責務であると、再認識した。

  

 アニムの嫌忌を感じたか、プロセンは少し動揺した様子を見せた。

 

「特筆すべき、見事な結果を示しているのだ。それを献上させてまで居るのだぞ? これで返しては王として、あまりにみっともないとは思わんか?」

 

 アニムは、プロセンの目を直視した。

 思わず、プロセンは頭を下げて、視線を逸らしてしまった。

 普段、何をするにも無表情なプロセンが、アニムを前にすると、簡単に表情を変化させる事を、同僚たちは驚きのまなざしで見ていた。

 

「申し訳ありません。……では、報奨金などを用意するという事でいかがでしょうか?」

 

 アニムはそれに対しても、柳眉を立て、少し不満そうに、考え込む素振りを見せた。

 

「……。そうだな……嗚呼、そうだ、ユッカティーナ。彼女が作った作品達は、今後その都度、国に申請してもらっては、どうだろうか?」


 「「「?」」」

 その場にいる者たちは、一様に疑問を抱いた。

 

 アニムは一度、自らの顎を撫でる。

「手間をかけさせてすまない。しかし、国一番の鍛治師の作品だ……あまり、こういう事は言いたくは無いのだが、こういった物に贋作や、語りは付き物では無いか?」


 言いながらアニムは眉をしかめた。

「だから、今後は一部の優れた作品と、作者の結びを、国が保証してはどうかと思うのだ。」

 

 アニムも、当初の目的を忘れたわけではない。

 要するに、どうせ作るなら、見える所でやってくれ、という事だ。

 

 アニムとしては、現代の特許法、著作権法レベルの管理は、キャパシティー的にも不可能であると考えていた。

 

 しかし、限定的でも、危険な物は国で買い取るなどの対応は出来るのだ。

 

(不完全ではあるが、一つのセーフティーネットくらいにはなるだろう。)

 

 

 

 後日、この案に関しては、この場に居ない者たちを含めての話し合いを経て、施行されることになる。


 結局、ユッカティーナの緊張がほぐれる事は最後までなかった。

 




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