炎鍛冶の剣2

 場面は再び、玉座の間へと戻る。

 本来であれば、物品の献上などは、私的な用事として、もっと小さな部屋で行う事で、問題は無い。

 しかし、国一番と認められた鍛治師が、自ら訪れており、そして、恐らく第二回、第三回と続く事も解りきっていた。

 であれば、これも一つの催事として扱い、玉座の間で行う事として調整がなされたのだ。

 

 その場には当事者であるアニム、ユッカティーナの他に弟子のシェンナ。

 法務司(ほうむのつかさ)のプロセン、行政司(まつりのつかさ)のユリン、近侍司(きんじのつかさ)ネルフィリア。

 その他、催事の進行を補佐する近習と呼ばれるものが6人いた。

 催事としては、随分と控えめな人数---最低限と言ってよい。

 

 しかし、ミコ・サルウェは、まだまだ黎明を迎えたばかりの国、方々で忙しく、皆仕事に飛び回っており、これでも何とか体裁を整えた方であった。

 

 そんな中、アニムは真面目そうな顔で、不敵に玉座へ腰かけ、(あの髪は、どうなってるんだ?)等、割とどうでも良いことを考えていた。

 

 献上される剣に関してアニムが出した答えは、「作られた物はしょうがない。」である。

 不朽の名作RPGを参考に、宝物庫にでも放り込んでおけば良いのだ。

 そう、開き直る事にした。

 

 対して、ユッカティーナは、先だって解れた緊張の糸が、またきつくピンと張り詰めていた。 


 ユッカティーナがアニムを見るのは、これが初めての事では無かった。

 国軍を作るに際して、ミコ・サルウェの軍隊は、他の軍とは大きく違う事がいくつかある。

 そして、その一つに、統一された武器を持たない事があげられた。


 これは当然と言えば当然で、国民は人間だけではないのだ。

 故に、決まった規格の武器、例えば剣なら直剣、槍なら長槍と、大量発注、大量納品されても、そもそも持てる者、持てない者がおり、武器何ぞ使わずに闘う、という物もかなり多くいた。

 結果、鍛治師を一度、まとめて王城に招き、必要に応じて、それぞれで作成を依頼する形になったのだ。

 普通に考えれば剛毅と言うか、予算ばかりが食いそうな話だ。

 

 どこの世界でも大量生産より、オーダーメイドの方が高くなるのは道理である。

 しかし、前述したように、武器を使わない者も多くおり、結果的には、それでも予算内に収まってしまったという事情もあった。

 

 閑話休題。

 さて、その時にユッカティーナも王城に招かれており、城内をふらふらと散歩するアニムを目撃していた。

 炎族という種族は、精霊と人間のハーフのような存在である。

 精霊とはエネルギーに意思が宿った者達であり、そのエネルギーは魔力よりも、マナのエネルギーに近しい。

 故に本能的に、マナを扱い支配するアニムを前にすると、その荘厳さに身体は強張り、心は震えた。

 ユッカティーナに比べて、精霊の血……精霊に血が流れているかどうかという話は、ここでは省くが、血が薄いと言われるシェンナですら、口ほどにもなく、今は平伏したまま白目をむいていた。

 アニムのマナへの支配力とは、それほどに強力であり、これでもユッカティーナは健闘している方であるのだ。

 

 もっとも、その様な事情は、誰も知らないわけであるが。


 

 アニムはユッカティーナを見た。

 波状攻撃という設置呪文をお供に、アニムにとって、ユッカティーナは馴染みの深いユニットであった。

 

 ※R焔の鍛聖 ユッカティーナ 光光①

  装備品を装備したユニットは薙払、先制、生命吸収 を得る。

  1/1のユニットが、装備するコストは⓪になる

                     1/2 


 ※R波状攻撃 光①

 毎ターンの開始時1/1の兵士トークンを一体召喚する。

 その兵士を、ターン終了時に生贄に捧げる。

 

 ユッカティーナと波状攻撃、そのどちらもが光単色デッキでも機能するコンボである為、様々なデッキに組み込まれた。

 そうしたデッキ達は、blacksmithとwaveの英語から、総称し”黒波”と呼ばれ一時代を築いたのだ。

 

 ユッカティーナと波状攻撃に、何か適当な装備品が場に揃ったらコンボが開始する。

 以降は毎ターン多彩な能力を持ったユニットが、ノーコストで場に出て来て攻撃してくるのだ。

 

 それ以外にも設置呪文:死者の鏡。

 

 ※R死者の鏡 光闇闇①

 あなたのユニットが死亡するたび、他の各プレイヤーはユニットを1体生け贄に捧げる。


 これを場に出せば、相手は毎ターン生贄を強要され、輪廻の揺り籠が場にあれば毎ターン5点回復出来る。


 ※輪廻の揺り籠 設置呪文 ①光闇


  味方ユニットが場から離れた時、あなたはライフを5点得る。


  光闇①:墓地のユニットカードを1枚デッキに戻し、デッキをシャッフルする。

      カードを一枚引く。


 


 王座の間に近習達が、ユッカティーナの剣や、銀のゴブレット、青銅の装飾槍を運んできた。

 

 クニシラセ上の表示名は、炎鍛冶の剣、静謐せいひつの杯、己心こしんの槍となっていた。

 

 アニムは我知らず微笑んでいた。

 それが、あまりに懐かしい物であったから。


(こちらに来てまだ、3月もたっていないし、実物を見るのは博物館くらい。だというのに懐かしく思ってしまうのは何故だろうな……。)

 クニシラセ上からも確認出来たのだが、その時は、あまりの能力に気を引かれ、そこまで気にならなかった。

 

 今、アニムの目の前にある炎鍛冶の剣は、紛れもない日本刀の姿をしていた。

 

 近習達は豪奢な台を用意すると、アニムの前に跪く。

 そして、作品たちを、その台に置くとその場から離れた。


 王の前であるにも関わらず、不用心にも、抜き身の刃と鞘が分けて置かれていた。

 しかし、その事には誰も言及しなかった。


 鍛冶大会において、美しさと言う物も、評価の一部となっているのは間違いないなアニムは思った。

 己心の槍などは、見た目は立派だが、能力は、RPGで言えば檜棒とか、そんな物である。


 炎鍛冶の剣は直刃すぐは型ではない。

 波打つ波紋が、アニムの居る、少し遠めからでも解った。


(この波紋を、この世界の者達も美しいと感じてくれるのだろうか。)

 そう、アニムは思った。

 

 近習達が、作品の説明をしようとした。

 しかし、アニムはそれを気にする素振りもなく、立ち上がると、吸い寄せられるように台座へと近づいていく。

 その様子に近習達は言葉を止めてしまった。


 

 間近で見る炎鍛冶の剣は、能力もさることながら、目を見張る美しさであった。

 日本刀らしい”そり”

 そのような名前をアニムは知らないが、模様は片落ち互の目刃かたおちぐのめば

 窓から漏れる陽光を鏡の様に反射し、振れば光すら切り取りそうであった。

 

「ユッカティーナ」

 アニムが声を掛けた。

 アニムからすれば、彼女は良く見知った馴染みのあるユニット。

 

 しかし、誰もまだ、彼女の名をアニムには告げてはいないし、この謁見も鍛冶大会で優勝したものがいるので、献上物の返礼に、お目通り願えないか、というお願いを受けただけであった。

 優勝者の作品が剣であるという事すらも告げられていない。

 これらの説明を近習が行なっている途中で、アニムが立ち上がってしまったのだ。

 

 王は知らない筈の事を知っていた。

 こういった一々が、アニムの神格化に拍車をかけている事に、アニムは気付いていなかった。

 

「この刃の波紋は珍しいな。どこで得た物か言えるか?」

 

 王に自作の剣をじっくりと見つめられた後、名を呼ばれた。

 アニムは微笑んでいるのだが、ユッカティーナは緊張のためか、そのことに気付かず、一瞬、王の嫌忌に触れたかと身体をびくりと強張らせた。

 

「は、……はい。それはわたくしたち炎族の鍛治師の間に伝わる技で、硬鉄と軟鉄を合わせる事で、刀身に焔を描き、切れ味を良くするという物です……。」

 

 一族の鍛治師内でのみ伝わる技法を、こんなところで告白しても良いのか。

 アニムの「言えるか?」というのはそう意味であった。

 しかし、伝え方が悪く、伝わらなかったのか。

 それとも、本当に告白しても問題のない物だったのか。

 

 アニムとしては、曖昧になら日本刀の作り方も知っていたし、聞きたかったのはそういう事では無い。


 彼は故郷の色香を求めただけだ。

 

 その様な技法が炎族にあったとは知らなかったし、かと言って嘘とする根拠もなければ、嘘を吐く理由もそれほどあるとは思えなかった。

 彼女がそう言うのであれば、恐らく、EOEにはそういう裏設定か何かがあったのだろうと、アニムはあまり深くは考えなかった。

 嘘だとして、それを暴く方法など思い付きはしないのだから。

 

「そうか。」

 アニムは、短く告げると再び、懐かしそうに剣を眺める。

 

 アニムはふと、ある事を思いつき、そして、それをすぐに打ち消した。


 アニムは今更の話だが、カードから生まれた存在ではない。

 故に能力値は存在しないし、そもそも、クニシラセに自分だけは表示されなかった。

 

(そんな俺でも、この剣を使えば、竜を屠れるのだろうか。)

 

 アニムもファンタジー世界を夢見た事のある、男児である。

 そうと考えれば、自然と気分は高揚するというもの。

 

 しかし、まさか試す訳にはいかなかった。

 国内のドラゴンは皆、アニムが生み出してきた国民である。

 では、国外はどうかと言えば、今の所、存在を確認できていなかった。

 

 そもそも、身近な武器をイメージしろと言われ、精々が家庭で料理に使われる包丁くらいしか思いつかない男だ。

 そんな分際が、強力な武器をもった所で、粋がるのはいかがなものか。

 かかる迷惑とを天秤にかけ、アニムはその考えを、自らの胸の奥に消し去ったのだ。

 

「はぁ~~~……。」

 アニムは刃を見ながらため息をついた。


 ピクリとその場にいる者たちの肩が動き、アニムはその空気を敏感に察した。


 諦観のため息であった。


 しかし、刃物の魅入られ、ため息を吐く危ない男だと思われたかなと、すぐに剣を台座へと戻すと、内心で苦笑いをした。

 

 アニムの脳裏には刃物と火が好きなやつに、ろくな奴はいない。

 そんな言葉がよぎった。

 

(火……火か……。)

 この時、個人的には、炎族と距離を置こうと、自らの事を種に上げて、アニムが決めたのは、あまりに閑話すぎる話である。



(ははは……困ったな。)

 自業自得とは言え、色々と切り出しにくくなってしまった。

 

 しかし、懸念を放置しておくのも不穏である。

 アニムは、再び、ユッカティーナに声を掛けた。

「ユッカティーナ。この様な剣の量産は、可能なのか。」

 

 アニムとしては、この様な兵器と呼べそうな剣を、市井で勝手に量産されては困るのだ。

 

 ユッカティーナの目の奥で、ちらっと複雑な光が動いた。

 

------沈黙。

 

 ユッカティーナは答えなかった。


「?……どうした?」


(どんだけ刃物が好きなのかと、呆れられたか?)

 

 ユッカティーナは、別にアニムに呆れたという訳ではなかった。

 自分が打った剣を、これほどまでに気に入ってもらえるとは、思っていなかったのだ。 

 ユッカティーナの目が一瞬、キリリとし、次の瞬間には泳ぎだした。


 視線の先が、何かに迷うように、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 そんな事を繰り返す。

 

 ただ、王の質問に、このまま答えないという訳にもいかない。

 アニム自身は、慈悲深いと聞いている。

 しかし、その周囲はどうか。

 何より、王を無視するなど、ユッカティーナ自身が己を許せなかった。

 

 ユッカティーナは冷汗をかき、声を裏返らせながら答えた。

 

「へ、陛下。鍛治師は……わたくし達は同じものは作りません。わたくし達は、常により良い物を目指しております。」



 今度は、アニムが、沈黙する番である。

 

(聞きたいのは、そういう事ではないんだよな……。)

 ユッカティーナの少しずれた答えに、アニムは心中の苦笑いをより深くした。

 

 また、この時点で、理由は兎も角、ユッカティーナが、必要以上に緊張している事を流石のアニムも理解した。

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