焔の鍛聖ユッカティーナ
ソール・オムナスの一室、二人の女がいた。
一方は、赤の縦ロール髪が特徴の大人の女。
もう一方はまだ幼い、髪を長く三つ編みにした少女であった。
彼女たちは、ドレスを着ており、その様な身なりではないが、鍛治師であった。
二人とも鍛冶仕事などすれば、巻き込んでしまいそうな程の髪の長さ。
しかし、彼女たちは炎族。
炎族の髪は初めから、文字通りの意味で燃えていた。
故に、そういう問題では無い気もするが、無用な心配なのかもしれない。
大人の女、ユッカティーナはいつもの作業着ではなく、彼女の髪と同じ、赤いドレスに身を包み、反面、顔は魂を抜かれたように青白かった。
異様なほどの緊張が、彼女の心を支配している。
それは、何故か。
ことの次第はこうだ。
ミコ・サルウェには、そこそこの人数、鍛治師と呼ばれる仕事をする者がいた。
しかし、未だ国には、ろくな鍛冶場が無く、手製で作った炉や窯で、なんとか仕事をしていたのだ。
そんな、ある日の事。
とある鍛治師が不満を漏らした。
「いつまで、こんな道具で仕事をしなければならないのか」と。
そうして、彼の意見に同調する者がいた。
「その通りだ。このままでは、今より良いものは作れんぞ。」
しかし、逆のことを言う者もいた。
「職人の分際で、仕事の出来を道具のせいにするのか」
「だが、鉄を溶かすにも、苦労しているのだぞ?」
「それは、お前の炉作りが未熟なせいであろう。」
喧嘩が始まった。
技術職の者と言うと、自分の腕一本で飯を食ってきた、という自負がある。
彼等は、未熟といわれて、なめられたままでは沽券にかかわるのだ。
そうなった彼らは、周りが見えなくなった。
過激な闘争。
その果てに、本人たち以外には、経緯不明、理解不能な第一回鍛冶大会が、突然開催されることになってしまったのだ。
そこにも、様々ドラマはあったであろう。
しかし、鍛治師達にはすまないが、割愛する。
そして、優勝したのが、鍛治師としては、まだまだ若い才媛、弱冠28歳の女鍛治師ユッカティーナであcつた。
彼女の出自である炎族は、大変珍しい種族で、人と精霊の血を受け継ぎ、炎を扱う事に長けているとされていた。
実際に、その種族的性質から、ユッカティーナ以外にも鍛治師を生業とする者は多かった。
ただし、その中でも、ユッカティーナは鍛聖とまで言われた天才である。
彼女の炉は、己が魔力で火力を落とさず、高熱を維持し、他の鍛治師達の炉では出来ない、鋼の鋳造を可能としていた。
にも係わらず、彼女は己の腕で勝負するために敢えて、鍛造に拘った。
その様な彼女の一品は、独特で武骨な美しさがあり、それを見た、他の全ての鍛治師達を黙らせたのだ。
そして、ユッカティーナは見事に優勝し、彼女の自尊心は大いに満たされる事となった。
ただし、物を作れば、完成したこれらをどうするのか?となるのが道理である。
また、優勝までいかなくとも、素晴らしい作品は存在していた。
特に2位となったスケルトンのバックス。
彼は鍛治師ではないが、職人共はそんな細かいことは気にしない。
彼が作ったのは、扱いの難しい蒼光石と、金で彩られた銀製のゴブレット、その美しさは正しく国宝級。
大会が終わり、優勝こそ逃すも、であれば不要と鋳潰して良い物では決してなかった。
皆であれやこれと考えた結果。
大会参加者の作品で、特に良い物については、大会を唆した”とある師団長”の伝手で政府に掛け合い、職人自らがアニムに直接献上する事になったのだ。
なお、2位のバックスは本人が夜間でなければ、幽霊街から出れない事もあるのだろうが、「献上のみの名誉で結構」と、お目通りは一位になってからにして欲しいと辞退した。
そうなると、2位の者が辞退しているのに、それ以下の作品しか作れなかった自分が、王に拝謁するなど、またも彼等のプライドがそれを許さなかった。
結果、3位以下もそれに倣う。
ただし、当然、1位のユッカティーナは辞退と言う訳にはいかない。
そんな事をすれば、”とある師団長”は愚か、アニムのメンツにまで泥を塗る事になるのだ。
現在、自ら打った剣を抜き身で持ち、カタカタと震えながらユッカティーナは言った。
「ふ、ふふふ……。まさか、鍛聖とまで言われた、このわたくしが、き、緊張でこんなに動けなくなるなんて……。」
ユッカティーナの奇行は、彼女の持つ剣が呪われているから、ではない。
献上前に、塵や埃があってはいけないと、本人は剣を磨くつもりだったのだ。
「師匠。何をわけわかんない事言ってるんですか……。動けなくなるなら、動かないでください。危ないです。」
ユッカティーナと同じ炎族の少女。
まだ、10を過ぎたばかりのシェンナは、ユッカティーナの弟子をしていた。
彼女は師匠の手から、剣をひったくる様に取り上げた。
ユッカティーナは、王に謁見が決まってから、ずっとこの調子であった。
何時から、こんなに自分の師匠は、あがり症の様になってしまったか。
シェンナはため息を吐きながら、剣を鞘に納め、ユッカティーナから遠ざける様に置いた。
シェンナがユッカティーナを見ると、また訳の分からない事を始めていた。
「そうよ……これは夢なのね? ねえ、シェンナ。わたくしを起こしてちょうだい。わたくし、朝は弱いの。知っているでしょう?」
まるで、当然の事の様に言う。
そして、ユッカティーナは目を瞑り、立ったまま寝ようとしていた。
「も~!! 今度は現実逃避ですか!? もう王宮まで来ているんですから、良い加減、腹をくくって下さいよ。」
普段、控えめに言って、何事にも動じない。
有り体に言えば、ふてぶてしい師匠が、何をそんなに緊張しているのか。
シェンナには解らなかった。
「他の親方連中や、師団長だって顎で使ってみせる師匠が、何を緊張してるんですか……。」
頭に響く幻痛に顔を顰めながら、シェンナは言った。
しかし、そんな弟子の言葉に、目をむいて反論するユッカティーナ。
「あいては、国で一番偉い王よ!?格が全然違うでしょう、おバカ!」
ユッカティーナはそういって、シェンナに拳骨を落とそうと詰め寄るも、シェンナはそれをひらりと躱した。
なお、この世界に、パワハラなどと言う言葉は無い。
そして、ユッカティーナは、人の10倍は手が出る方であった。
「それはそうですけど……。アーレスさんが言ってましたよ? もしかしたら、師匠の剣は軍団長の持っている宝具より格上かもしれないって。……それならもっと堂々としたら良いじゃないですか。」
ここで言われる宝具とは、アニムが各師団長に渡した装備品のカード達だ。
ベスティアの「破城の大槌」、アリアナの「高潮の三叉槍」、ゼラスの「甲鱗の足甲」、アーシャの「不動の盾」、アーレスの「銀雄の剣」の五品が該当した。
アーレスの見立ては正しい。
不動の盾や、甲鱗の足甲はコモンカードであるし、破城の大槌もアンコモン。
実際の所、ユッカティーナの造った剣の方が、何倍も強力であった。
アニムが、偶々、手元に引いてきた装備品カードを、取り合えずで師団長に装備させただけなので、本来はそんなに有難がる様なものではないのだ。
ただし、それはカードゲームでの話であって、ゲーム上、まったくと言って良いほど、使われなかった不動の盾でさえ、装備するだけで、相当な防御力を手に入れる事が出来、非常に強力な物”宝具”として認知されるのも、無理からぬ事なのかも知れない。
※不動の盾 ① 装備コスト②
装備しているユニットは+0/+5を得る。
「貴女ねえ! 宝具は陛下自ら生み出された物。間違っても陛下の前でそういう事を言ってはダメよ!」
ユッカティーナはもう一度、拳を握りしめ、シェンナはユッカティーナから距離を取った。
「わかりました……。」
答えるシェンナは如何にも、不満げである。
そもそも、露骨に王に会いたがらない師匠の態度の方が無礼であろうし、彼女も職人の端くれ、まだまだ未熟でも、プライドだけは一人前だ。
自らの師が国一番の鍛治師になったのだ。
何故、その師がこの様に小さくなっているのか。
王が相手ならば、例えより良い物を作ったとしても、遠慮しなくてはいけないのか。
だとしたら、なんと狭量な王だろうか。
「……はあ……。」
思っている事がすぐ態度に出る未熟者(シェンナ)。
「ふん!」
------メキリ!
いつの間にか近づいてきていたユッカティーナが、シェンナの額に正拳突きを決めた。
今回は不意を突いたためか、避けられることは無かった。
「痛い!? 師匠! なんで殴るんですか!? 解ったって言ったじゃないですか~~!?」
シェンナは額を抑え悶絶した。
しかし、ユッカティーナはシェンナを睨み、また拳を振り上げた。
「ひい!?」
ユッカティーナの髪の炎が、勢いを増し、縦に伸びた。
これが本来の姿なのだろう。
炎の螺旋は腰ほどの長さから、地面を穿ちそうな長さへと変化している。
「貴女、今、自分の身の丈に合わない、クソ生意気な事を考えたでしょう? ありがとう。お陰様で少し落ち着いたわ。お礼にその面(つら)をお貸しなさいな。」
部屋の中をチリチリと、焦げ臭い匂いが漂い始めた。
「ええ!? 待ってください! 流石に理不尽です!!」
シェンナは逃げようとするも、それほど広い部屋ではない。
その気になれば、離れるのも詰めるのも一瞬であった。
「そもそも、貴方如きが、物の良し悪しを語るなど……何様かしら?」
拳を振るうユッカティーナと、避けるシェンナ。
「あ、あぶない! 待って下さい! 私が言ったんじゃなくてアーレスさんから聞いたんですよ!?」
その言葉は彼女にとって、大きな失言となった。
額に大きな井形を作り、ユッカティーナの髪は最早、山火事の様に、上にも下にも激しく燃え盛っている。
対して、声だけは奇妙に穏やかに聞こえる声で話した。
「私たちは常に模索を続けるの。」
しかし、どんどん声質がヒートアップしてくる。
「物を作る者が、例え自分の感性がそうと言っても、鵜呑みにしてよい事など、何一つ無いと知りなさい。まして、他人が言った事など……この愚か者!!」
------常識を疑い、常に新しい物を
これが、ユッカティーナの職人としての持論であり、座右の銘となっていた。
例え、それが客観的に正しい事であったとしても、人伝てに聞いたことを鵜呑みに、適当を言ったシェンナは、敬愛する師の手によって、本日二つ目のたん瘤を頂くこととなった。
「あの~部屋を燃やされるのは困るんですけど……。」
この日、ユッカティーナを呼びに来た、給仕妖精が止めるまで、長いお説教は続くことになった。
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