炎鍛冶の剣1

 ソール・オムナス宮、玉座の間。

 アニムは、近頃伸びてきた漆黒の髪を、鬱陶しそうに指で解かし、ため息を、一つ吐いた。

 そして、マホガニーの玉座、その肘掛けに肘をつき、自らの頭を支えた。

 

 人前では、王であると言う体裁を取るアニム。

 しかし、人に見られていない場であれば、このようにだらしなくする事も多くあった。


 大変な立場である。 

 国の政治については、殆どにおいて、他の者に委任し、アニムは助言と承認に勤めていた。

 ただし、その割には、アニムの悩みが晴れる事は少なかった。

 それどころか、ため息の数は加速的に増えて行っている気がして、それすらもまた、アニムのため息の種となっていた。

 

(かつて居た王たちも……。)

 そこまで、考えて、再びため息を吐く。

 自分がいるのは、虚構か、現実の世界なのか、そんなことを疑いながら王をやっている。

 そんな奴が国のリーダーをやっているなどと、自分以外に居ては国民達もたまるまい。

 

 今、アニムが思案しているのは、科学技術ツリーの事だ。

 シュミレーションゲーム、cross of kings(CoK)のUIは、国内の事を把握するのには、非常に便利であり、アニムは日々世話になっている自覚もあった。

 ただ、同時に、この科学技術ツリーを始めとしたCOKの力は、何かをする度にアニムの頭を悩ませてきた。

 

 この世界に来た頃、初期には「通貨」「帆走」「道」の三つを解放する事が出来た。

 アニムはまず、誰が作っているのかは脇に置くとして、物質としてのお金は存在するにも係わらず、通貨としては流通していないという、気持ち悪さを解消するため「通貨」を解放した。

 

 次いで、通貨を解放することで選択できる様になった「市」を解放する事によって、国中の至る所に商店が立つようになり、G(ゴールド)をお金とした取引が行われる様になった。

 なお、普通であれば、物々交換の市が、通貨よりも先に来る方が自然である、本来ならば。

 

 次に解放したのは「道」

 アニムがMAP画面を見ると、街には道が作られていた。

 であるのに、国民達はそれを認識していないかの様に、わざわざ、道を無視し建物を登り、直線距離で目的地まで移動しようとするのだ。

 当時、アニムは

 

------もしや、国民達は自分の事をおちょくる為にこんな事をしているのでは無いだろうか


 と、本気で疑心暗鬼に陥った。 


 あいにく、国民達にそのつもりは無い。

 

(俺が、この世界を未だに現実と受け入れづらくしている、その一因は、間違いなく、この気色の悪い世界ルールだろうな……。)

 

 そして、ここへ来て、またもやイレギュラーな事が起きていた。

 アニムが気付いた時、「帆走」が勝手に解放されていたのだ。

 実際、UI越しに見るアルテラの港町では、小さな船が作られ、運用されていた。

 

 科学技術を解放するのに必要なポイントは、これまでの経験から人口で増える事は解っていた。

 そのポイントを消費して、国は技術を習得していくのだ。

 ただ、ポイントが使われた様子は無い。


(であれば……国民が独自に開発した……?)

 考えてみれば可笑しな事は、何一つない。

 可笑しいと言えば、このような訳の分からないシステムに縛られている事の方が、よっぽど可笑しいのだ。

 本来、物を開発し、作り、発展するのは自由のはず。

 

(であれば……それはいい。俺が何もしなくても、発展してくれるのならば、それに越したことは無いのだから。)


 王としてのアニムにとって、国が発展すること以外に喜びは無い。

 科学技術に関しては、アニムが発展させるという考えよりも、人口を増やし、ポイントを得る事で科学力を押し上げる、ないしは、ある程度発展の方向に指向性を持たせることが出来るポイント。

 そう考えるべきかと、アニムは仮説を立て、少し気持ちを楽にした。

 

 現在、選択できるのは「光学」「建築学」「銀行」の3つ。

 「光学」は灯台など、光を扱う為のすべ

 遠洋に船で出るならば必要な技術だろう。

 (海洋地域に住む国民は、光学など無くとも、遠洋と近海を自由に出入りしているように見えるんだけどな……。)


 続いて、「建築学」はそのまま、建物を建てる術(すべ)

 アニムが土地:大聖堂や城など、建物ごと土地を召喚している為、建物はあるのに建築に関する知識がないという事が起きていた。

 アニムの精神衛生上、早めに解決したい所であった。

 

 「銀行」は読んで字の如くだ。

 緊急性は無さそうに思える。

 国民が自主的に発明するのなら、それを待っても良いかもしれない。

 

「陛下? ……陛下! 失礼します。よろしいでしょうか?」

「!?」

 

 自らを呼ぶ声にアニムが顔を上げると、ネルフィリアがいた。

 クニシラセを見つめ、思考に没頭していた為に、ネルフィリアの入室に気付かなかったらしい。


 ネルフィリアは、背中に3対6翼を生やす天使ユニット。

 今はその翼はたたまれており、慈悲深く、柔和な容貌を歪め、アニムを心配げに観察していた

 

 EOEの天使といっても様々だ。

 豊穣の天使や、鎮魂の天使、変わったところで言えば、梱包こんぽうの天使や、条件次第で堕天するものまでいる。

 そして、その全ての天使が慈悲深いわけではないし、一切の慈悲を持たない者もいた。

 

 その中で、ネルフィリアは弱者の代弁者として、描かれており、アニムは彼女の事を良く信頼していた。

 


 アニムは政治の事は門外漢。

 解る者に任せている。

 しかし、それは決して無責任から来る放任ではなかった。

 

 臣下の失策、その責は自らが被る気もあるし、行政が暴走した際、実力で止める為、軍の指揮権はアニムが持っていた。

 

 では、アニム自身の暴走は誰が止めるのか。

 アニムはそういった事を、彼女に期待しているのだ。

 

 アニムは肘掛けに手枕していたことを思い出し、今更背筋を正した。

 ほんのりとアニムの顔が赤くなる。


「鍛冶師が登城しております。……ですが、お加減が優れないようでしたら……。」


(そうだった……。)


 アニムは思考から意識的に追い出していた事を思い出し、今一度、目頭に重みを感じた。

 無論、ここで頭を抱えては、ネルフィリアをさらに心配させることになる。

 努めて、平静に「問題ない」と告げた。

 

 ここで一つ、唐突な話題に思えるだろうが、アニムがカードから召喚したユニット達は、アニムの手を離れ、独自に各々で結婚し、すでに子供を産んでいた。


 アニムが召喚した訳ではない子供たち。

 彼らは、親のどちらか、一方の種族的影響を受けて生まれてくる。

 その影響は比較的に母方の種族が多いようで、父方のケースは少数派だ。

 

 この言い方では解り難いかもしれないので、具体例を記したほうが、理解はやすいかも知れない。

 ユニット:活発な農民(女)とユニット:義勇兵(男)が結婚した場合。

 

 新ユニット:活発な農民(子供)が生まれやすく、義勇兵(子供)は生まれにくいというだけの話である。

 

 アニムとしては、自らが召喚しなくても国民が増えてくれるのは、ありがたい話であった。

 

 本旨に戻ると、先ほどの帆走の事もそうだが、この様に、別に子供に限らず、何かを生み出す事は、アニムだけが行える事では無かった。

 誰でも、ごく自然に行う事であるし、それに対して、アニムが何かを思う事は基本的に無いのだ。


 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない事が起きた。

 それはアニムを驚愕、そして、困惑させた。


 

 ※炎鍛冶の剣 0 装備コスト0  

 +5/+5 先制 飛行 攻撃に参加すると+2/+0の修正を受ける。

 

(なんだこのぶっ壊れは……。)

 剣が壊れているわけではない。

 これが存在する事によって、ゲーム環境やルールに、影響を与えてしまうほどに、強力なアイテムなどを指す、ゲーム用語だ。

 

 クニシラセで能力を確認する限り、これを装備するだけで、「港町のスプライト」でも超大型を除く、一部の中~大型のドラゴンくらいなら、一方的に屠れるようになる装備品と考えれば、その強さがイメージ出来るだろうか。

 

 ざっくりと言えば、剣の形をした戦闘機みたいなものだ。

 

 これからソール・オムナス城内で謁見式があり、アニムに”コレ”が献上されるらしい。

 

 すごい物が手に入ったと、素直に喜べたらどれほど良いか。

 

 EOEの装備品とは、まず召喚にコストがかかり、ユニットに装備するにも追加でコストがかかる。

 件の装備品、炎鍛冶の剣は、国民が作った物なので召喚コストは0。


 そして……、まあ、本来装備にコストがかかる方が、理屈に合わない気もするのだが、こちらも0。

 無料タダでお手軽ドラゴンスレイヤーが誕生する。

 

(こんなやばい物、如何すりゃ良いんだ……。)

 幾らファンタジーな世界とは言え、この世界はRPGで言う、一番の雑魚キャラがスライムではなく、中型ドラゴン。

 そんな人外魔境ではない事は、すでに確認できていた。 


(間違っても気軽には、世に出せんぞ。)

 

 アニムは昔、遊んでいたRPGゲームを思い出した。

 物語の中盤頃、主人公が旅立った王城が、魔王によって攻撃を受けるのだ。

 主人公は急ぎ帰還するも、王城は壊滅。

 その後(のち)に特殊な魔法鍵を手に入れ、王城に戻ると、城の宝物庫から、ゲーム終盤でも余裕で通用する強力な武器が見つかる。

 

 ------最初からそれをくれよ


 当時のアニムは、そう思った。

 しかし、今だけは、その王が宝物庫に最期まで、その武器を仕舞い込んでいた理由を理解できた。


 無論、”理解できた”気がしただけで、それはアニムの勘違いである。

 ゲームでそうなっていたのは、ただ、ゲームバランスの都合である事は言うまでもなかった。

 

 

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