神聖スカリオン2
(ん?)
ふと、研究者の男が気づく。
教皇の後ろに、見知らぬ女と少年がいた。
先程までは、確かに居なかった様に思われた。
まして、この場はミーミルの地下にある秘密の部屋。
教皇と他数名しか知らない場所だ。
明らかな不審者。
一体いつから居たのだろうか。
「……?猊下?……その者たちは?」
しかし、2人が余りに堂々としてい為、つい、そう聞いてしまった。
「……?」
ハイエンは訝し気な顔をした後、男が見ている視線をたどり振り返った。
そこには、ハイエンにとっても見覚えのない二人がいた。
「!?……誰だ!?いつ入ってきた!?」
ハイエンは焦り、一瞬、聖堂に常駐している聖堂守護兵を呼ぼうと考えた。
しかし、何も知らない兵達に、この場所を見られるのは都合が悪い。
そもそも、この場所は、知る者が特殊な工程を行う事によって、扉へたどり着けるのだ。
聖堂守護兵はこの場所を知らないし、無論、扉さえ見つければ入れる、というそんな作りにもなってはいない。
(どうやってここへ入った!?)
ハイエンとしては、ここへは一人で来たし、誰にも見られないように、細心の注意を払った。
しかし、今、ハイエンの目の前には、白雪を被ったような、真っ白な服を着た二人が立っていた。
美人ではあるが、切れ長で鋭くつり上がった
そして、可愛らしくこちらを見てニコニコと笑っている少年。
正確な歳など、ハイエンには分かろうはずもない。
ただ、恐らく女は30手前、少年は10代前半くらいに見えた。
ハイネンは武器を求めて、自らの懐に手を延ばそうとした。
しかし、その時、少年の方が「あっ!」と何やら思いついたような仕草をした。
ハイネンの動きが止まってしまう。
研究者の男も、ハナから状況が理解しきれていないし、そもそも、男は戦いや、陰謀を行う者ではなく、荒事ではハナから役には立たなかった。
少年は、そんなハイネン達を尻目に、自らの頬に可愛らしく片手を添え、ハイエン達をチラチラと流し見ながら、女の方へ耳打ちする様に、何事か囁いた。
「……」
「?」
何を言ったのか。
ハイネン達には聞こえなかった。
しかし、次には女が呆れたようにため息を吐くと、少年の鼻を摘まんで、上へと引き上げた。
「ん~~~!?」
女の姿は、悪さを働く息子に仕置きする母の様にも見えた。
少年は焦り、子供らしく暴れ、女の細く、長い指を振り払った。
そして、不満げに頬を膨らませて女を睨むと、女の腰のあたりを、軽くパシパシと叩きはじめた。
女は相変わらず、辛気臭い顔に、若干の笑みを浮かべて「はいはい」と適当にあしらっていた。
この光景は、場所が違えばそれなりに微笑ましいことだろう。
しかし、ここは地下深くの秘密の部屋、椅子に括りつけられた男の死体に失神した女。
この場所でその様に、自然体でいる事の不自然さ。
ハイネンの目には、彼女達がひどく不気味に映った。
取り合わない女に嫌気がさしたか、今度はハイエン達に少年は話しかけた。
「ねえ、おじさん達さ~。天使になりたいの?」
無邪気そうな少年の声。
「そうだ……。」
答えてから、ハイエンは自身を疑った。
何を真面目に答えているのか、そんな事よりも、この少年たちに対しては、聞かねばならない事があるはずだ。
しかし、ハイエンは少年の言葉を待った。
何故だろうか、自分自身でも不思議に思いながら。
しかし、ハイエンはこれでも、教皇。
信仰の探究者。
聖職者として、探究者として、余計な事は聞くな。
これを逃してはいけないと自分の中の何かが訴えてくるのだ。
「我々、カテドラル派は、生きながら天使に至る方法を模索している。」
そう、ハイエンが答えると少年は、に~っと笑顔を浮かべた。
「そっか~。じゃあね~。」
少年はハイネンの後へと、何かを掴む様に手を伸ばした。
「ふへ~ぇ?」
何やら間抜けな声と共に、ドサリと何かが崩れ落ちる音がハイネンの耳を叩いた。
ハイエンが振り向くと、研究者の男が倒れていた。
ハイネンは反射的に、近づいて観察した。
(……死んでいる。)
ハイエンの背筋に今更、戦慄が走った。
やはり、このような場所で、ニコニコとしていられる時点で、真っ当な子供なわけはないのだ。
(悪魔か?)
天使を信奉するアルカンジュ教。
ユダヤや、キリスト教、そのどれでもないが、天使と対を成すのはここでも悪魔であった。
今、ハイエンは、軽々とこの男の命を奪った子供に、背を向けていた。
向こうの事は解らないし、向こうもハイネンの正面は見えない筈だ。
(どうするべきだ……?)
冷汗が、額から頬にかけて流れていくのを感じた。
一度は取ることを止めた懐の武器へと、後ろの悪魔に気取られぬ様に、またゆっくり手を伸ばした。
「ねえ、おじさん」
「!? な、なんだ!?」
先ほどよりも、近く、すぐ後ろで声が聞こえた。
それに驚き、慌てて振り向くと、すぐ目の前に、かわらずニコニコと、無邪気に笑う少年がいた。
そして少年は、ハイエンに自らの掌を見せた。
彼の掌には、白く輝く結晶が載せられていた。
ハイエンは、このような美しい結晶は見たことがない。
「はい。」
その結晶を、突き出した。
「?」
手に取れというのだろうか。
「これを使えば一人だけだけど、天使になれるよ。」
ハイエンはあまりの事に再び言葉を失った。
ハイエンは自らが食い入るように結晶を見つめる事を、止められなかった。
「ほら、あげる。」
ハイエンが動けず無言でいると、少年は早く取れと促してきた。
慌ててハイエンは結晶を手に取ると、思っていたよりも軽く、一瞬、取り落としそうになった。
「ふふ。気を付けてね。割れたら天使になっちゃうから……。あ、でもおじさん天使になりたいんだっけ? じゃあいいのか。」
そう言って、何が楽しいのか、ケタケタ少年は笑いだした。
未だ、ハイエンは結晶を、魅入られた様に見つめている。
もはや、先ほどまで殺そうとしていた事も、男が一人殺されたことも頭にはなかった。
(今か? ここでか? 人前で使わねば証明はできないか? 私が使うのか?)
疑う事もなく、頭にあるのは、この結晶の事だけ。
それだけの神秘性を、ハイエンはこの結晶から感じていた。
そこへまた、子供が言葉をかけた。
「この結晶は使ったらお終いの一個限り。……ふふふ、でもね? この国の東に……。」
その言葉を聞いたとき、いままで黙っていた女の眉がピクリと反応し、こちらへ近づいてくた。
「ここの東にある国に攻め込めば、もっと天使が手に入ると思うよ? 勿論、戦争だから人は死んじゃうけど……イタイ!何するんだよ!?『衰微するもの』!」
女は少年の後ろへ立つと、思い切り頭を叩(はた)いた。
そして、存外に長い指で、少年の首根っこを握りしめる。
「いい加減にしろ」
女は女性の中では、低めのアルトボイスで少年を叱責した。
「何をそんなに怒っているのさ!?」
首を掴まれ、猫の様にぶら下がる少年に対して、女は冷たい視線を向けた。
「『消えゆく灯火』。 悪戯にしても流石に目に余る。……『時を巡るもの』と共に説教だ。」
「うえ~。僕、あいつ苦手なんだよ……。」
「いいから来い。」
女の突然の行動に困惑するハイエンを放置し、彼女たちの姿は明滅し、そのまま消えてしまった。
後に残されたハイエンは、暫く茫然としていたが、再び自らの手の中にある、白く輝く結晶を見つめた。
「東へ……東……。」
そして、ハイエンはまるで熱に浮かされた様に呟きつづけ、ふらふらと部屋を出て行った。
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