神聖スカリオン1

 大陸の中南部に位置する、神聖スカリオン。

 この国は、アルカンジュ教を、国教として定めている宗教国家だ。

 

 アルカンジュ教にも、神というものは存在した。

 しかし、その実態としては、天使を崇めており、アルカンジュ教の宗教芸術といえば天使関係である。

 ゆえに、天使教等という通称もあった。



 スカリオンの首都、オベリオン。

 オベリオンのおよそ中心部にある、大聖堂ミーミル。

 その地下施設において、残酷で非人道的な実験が行われている事を知るものは、非常に少なかった。

  

「フー!!……フーフーフーフー……。」

 椅子に拘束されている者が4人。

 うち一人の男は、激しく息を荒げていた。

 そして、その者たちに向き合うように、一人の男がなにやら、ぶつぶつと眉をひそめて呟いている。

 

「ふむ……シロハギクとウンモハクの割合増やしてみたが……。まったく意味はなし……。」

 

 息を荒げている男は、肩に筒状の器具を刺され、血を流していた。


「次はベンラン草とカイリンの割合を増やしたものだ。」

 男は、先端が鋭利に尖った筒状器具を、横にある机から手に取った。

 これは、息を荒げている男の肩に刺さっている物と同じ物であり、この器具を使用し、何か薬剤を投与しているらしかった。

 

 息を荒げる男の隣には、若い女が拘束されていた。

 そして、器具を持っている男は、その女の方へ向いた。 


 目が合う。


 途端、女は激しく首をふり抵抗しようとした。

「ヒ、ヒヤ!!」

 発する言葉は拒絶の言葉。

 しかし、女は猿轡をはめられている為、うまく発声できなかった。

 

「カイリンの割合が多いから、少し苦しいと思うが、頑張ってくれ。うまくすれば、すぐに仮死状態になれるはずだ。」

 男はそういうと躊躇う事も無く、女の肩に、器具を突き刺した。

「キイーーーーーー!!」

 女は激しい苦痛に暴れるが、椅子にがっちりと固定されており、思うように逃れることは出来なかった。

 それどころか、器具が抜け落ちないように、ぐりぐりと体の中へ器具を押し込まれていく。

 

 筒の中には、すでに薬剤が仕込まれていたのだろう。

 女の体にじわじわと薬液が流れ込んでいった。

 その影響か、女の目は血走り、脂汗が滝の様に流れた。

 身体中のあらゆる穴から体液を流し、しかし、薬の与える身体の根源を破壊されるような痛みは、彼女が気絶することすら許さなかった。


 数分の時がたち、ついに女の体から、力が抜け落ちた。

 

 男はその様子をしばらく観察する。

 ため息を吐いた。


「はあ……。まだ息はありますね……。また、これもダメですか。」

 いったい人様の身体に何を目指しているのか、あれやこれと、男はぶつぶつ呟きながら、思考の海へと埋没していった。

 

------ギイー。

 

 暫く後、彼がいる部屋の扉を開け、場所にそぐわぬ豪奢な身なりの男が研究室に入ってきた。

 

「研究の進歩はどうなっている。」

 アルカンジュ教、教皇ハイエン一世である。

 彼はこの男の研究の、支援者の一人であった。

 

 アルカンジュ教は、カテドラル派とインデジネス派の二つに分かれており、ハイネン一世はカテドラル派から出た教皇であった。

 

 アルジェラ教にも唯一神「カミ」は存在する。

 しかし、「カミ」は現世に影響を与えることは無かった。

 清廉な魂の持ち主が、死後、天使となり文字通り神の使いとして、人知れず世界の平穏の為に力を振るっている、とそう考えられており、これが彼等の教義の根幹を成していた。


 そして、その土台の上で、カテドラル派は人が死ぬ事なく、天使となるにはどうすれば良いか、不可能か、可能かを科学した。

 それに対してインデシネス派は死後、神に仕えるに備え、平穏とは何か、清廉とは何か、そんな哲学を行う。

 

 どちらにせよ。

 地球においてと同じで、ここでも宗教とは学問であった。

 

 そこに対立軸があり、拷問の様な研究をしている者がカテドラル派で、その実験体に使われている者がインデシネス派の罪なき信徒である事を除けばだが。

 いや、地球における宗教戦争を思い起こせば、良くある話なのかもしれない。

 



 さて、国に様々な成り立ちあれば、その形式にも、独自性が産まれるというものである。

 教皇と言うのは、スカリオンにおいては、ただの宗教指導者ではなかった。


 まだ、スカリオンという国が無かった時代。

 八聖人と呼ばれる者たちがいた。

 

 彼らは死後、天使へと昇華され、この国の建国に大きく係わったとされていた。

 そして、現在のスカリオンは、その八聖人の子孫と言われる八家の家長を、元老として、彼らが政治の実権を握っていた。

 

 そして、その中に新たなる聖人を向かい入れようという試み。

 当然、天使に昇華できる可能性のある者を、元老の推薦、投票によって選任し、元老と共に政治を行う。

 これが、教皇という物であった。

 

 建前にまみれた話であるが、政治は彼らの多数決で決めるため、八元老と教皇で9票。

 最後の一票を持つ、教皇の政治的発言力は非常に高い。

 

 しかし、もともとの八聖はインデシネス派4人、カテドラル派が4名であった。

 

 今現在はインデシネス派の元老一人が裏切り、カテドラル派となっている為、インデジネス派の政治的な発言力は失われ、教皇もインデジネス派から出る事はまず無かった。

 故に政治はカテドラル派の牙城である。


 とはいえ、建前であろうとも、人が人を支配するには根拠がいる。

 例え、カテドラル派にとって、都合の良い人間しか、教皇に選ばれないとしても、それで権威が失墜するという事も無かった。

 教皇の発言力は依然強く、スカリオン国民の間では、政治的にもカテドラル派(宗教)的にも、国の長、代表という見られ方をしていた。

 

 男はハイエンの言葉に意識を浮上させた。

「ああ……これは猊下。いつからこちらへ?」

 

 ハイエンはそれには答えず、眉根ピクリと動かすだけだ。

 

「申し訳ありません。様々な薬効を試しておりますが……。未だに天使化に至った者はおりません。「死」という物を示唆として、現在は被験者を一時的に仮死状態にする事を考えております。しかし、これも今だ調整中でして、猊下にお見せする段階ではございません。」

 

 報告を聞き、ハイエンは少し難しい顔をするも、それをすぐに打ち消し、平静な顔に戻した。

「そうか……いや、まだ始めたばかりだ。すぐに解き明かせるというのであれば、先人が当の昔に明らかにしているはずだ。気に病む必要はない。じっくりやってくれ。ただ……被検体の無駄使いにだけは注意してくれよ。」


 そういってハイネンは、先ほどまで息を荒げ、今は静かになった男を顎で示した。

 その男は、目を見開いたまま死んでいた。 


「とくに、そこの女は西の聖女とまで呼ばれているそうだ。それほどの検体は、このオベリオンではなかなか手に入らないからな。」

 ふんっと鼻を鳴らし、女を見下ろし、告げた。

「畏まりました……。もちろん無駄にするつもりは毛頭にございませんが、よりいっそう、気を付ける事に致しましょう。」

 

 研究者の男はうやうやしく頭を下げ、内心で舌打ちと共に「もっと早く言え」と毒づいた。

 

 カテドラル派は、大聖堂のある都市部に住んでおり、有り体に言えば、裕福な者やスカリオンの特権階級の者に多い。

 権力に溺れるのも、人の有様ならば、為すべき事の為、敢えて自ら毒を飲み干す者もいた。

 権力を持ちながら清廉であることは難しい。


 対して地方で力の強いインデシネス派の者の方が裕福ではないが、清廉で居ようとする者は多かった。

 とは言え、もともと、温暖なスカリオンの気候では、その日食べる物に困るという事は無い為、インデシネス派が取り立てて格差のある貧乏という事も無かった。

 

 

 研究者の男は、女をチラリとみる。

 インデシネス派の中でも、この女は聖女とまで言われた女。

 確かに、無駄には出来ない。

 教義の通りならば、間違いなく彼女は死後、再び天使としての生を受けるはずだ。


 研究者の男は、教皇に視線を移した。

 この男は、これほどの素材をどうやって手に入れたのか。

 具体的な事など知りたくもないが、真っ当な方法ではない事は推察出来た。

 教皇にしてこうなのだ、これが、まさしくカテドラル派の現状を表しているのだろう。

 

 

 無論、カテドラル派の中にも、現状を嘆く者もいる。

 しかし、修正力とは穏便に働かさねばならない。

 スカリオンの場合、信仰がそうさせるのか、逆方向に舵をきりすぎて、「人は生きているだけで罪をため込むのだ! それはカルマだ! 破壊せねばならない!」そういってテロ行為に走る過激派が時々現れるのだ。

 そういった使命感だけを拗らせた馬鹿者は、理想を同じくする者にとっても邪魔となり、牙をむくのだ。

 おかげで、現状を嘆くことすら、危険思想として扱われる状況が出来上がってしまっていた。

 

(ふう……。)


 残虐に見える事も、アルカンジュの神秘を解き明かすためのこと。


(恐らく、私も教皇このおとこも天使にはなれんな。)と、研究者の男は自らを騙すため、心の中で大きくため息をついた。




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