二章 薄暮の悪魔、産声の愛娘

起章

 火流草という植物があった。


 30cmほどの高さまで育つ宿根草しゅっこんそうで、この植物は、他と少し変わった特徴を持つ植物だ。

 この植物は、葉も幹も、すべてが赤い。

 そして、花は咲くが、その後、実を付ける物は100株あったら、そのうちの一つか二つであった。

 

 レーシー谷に群生しており、上から見ると、火竜が谷に沿って火を噴いたように見えるため、火流草と、そう名前がつけられた。

 

 レーシー谷の谷底を、一人の青年が息を殺し、静かに潜む様にしていた。

 体勢は低く、這う一歩手前まで落としながら、ゆっくり、ゆっくりと何かを探すように進んでいく。

 

 年の頃は、20をやっと過ぎた頃、鍛え上げられた逞しい身体は、赤く日焼けし、火流草と相俟って、伏せた彼は、一流の狩人でも見つけられない程の様となっていた。

  

 よく見ると青年は、やはり何か探しているらしい。

 真っすぐ進んでいるわけではなく、右へいったり、左へ行ったり。

 

 優しく、火流草の先端部を触っては、眉をひそめる。

 

 谷を撫でる風の音が、遠く響いた。

 

 青年は、その風の中に、何かを感じたのか。

 ぴくりと肩を跳ね上げると、目を見開き眉をしかめた。

 今しがた触れていた火流草から手を離し、そろり、そろりと谷の端に寄る。

 

 そして、身体を完全に地につけて、火流草の中に身体を沈み込ませた。

 その状態のまま、10秒……20秒……。

 

 そして、30を数えようかと言う時に、谷の壁面から、それは顔を出した。

 

 レッドドラゴンだ。

 この谷の主であり、ただ生きているだけで、膨大な魔力を垂れ流す存在。

 

 宿根草とは、多年草の一種で、生育に適さない時期になると、地上部が枯れてしまう。

 そして、地下深くに根を残し、翌年、再び花を咲かせる種の事だ。

 

 秋になるとレッドドラゴンの吹く炎に焼かれ、地上部は灰になる。

 そして、その灰と流れ出た魔力、それらを地下深くに残された根で栄養とし吸収。

 翌年、再び花を咲かせる。

 

 火流草が赤いのは、このレッドドラゴンの魔力を吸い続けているからであり、同時に、谷全体に魔力が行渡るほど、この竜が強力な個体である証左であった。

 

 

 隠れている青年程度の力では、見つかった瞬間に、骨すら残さず消し炭に出来る存在。

  

 青年は自らの身体から、汗がじんわりと流れ出るのを感じた。

 


-----ズシン


 音を立てて、レッドドラゴンが、青年のすぐそば、5m程の地に降り立った。

 

 青年は身じろぎ一つせず、呼吸すらも浅く、浅く、ゆっくりと。

 吸うと言うよりも、自らが何かの筒にでもなったように、ただ、体の中に自然と空気が入って、通り抜けていく。

 そんな、写像を身体に焼き付けた。

 

 青年はパラスという、コミュニティー単位で放浪生活をする、遊牧の民であった。

 そして、パラス内の婚姻には試練が伴う。

 

 弱き者は、子供であり、家族は守れない。

 

 水の試練、火の試練、風の試練、土の試練。

 これ等の中から、一つを選んで達成する事で、立派に成人した男であると見なされ、妻を持つ資格を認められるのだ。

 

 

 青年は火の試練を選んだ。

 試練の内容と言う物は、資格を持たぬ者には決して教えられる事は無かった。

 

 では、どうして青年が火の試練を選んだかと言えば、青年は生まれた時から、燃えたぎるほむらに心惹かれていたのだ。

 炎を自らの手で操れる、そんな気を翌々起こしては、「お前は炎に飛び込む虫の様だね」と、呆れたように、大人たちに叱られていた。

 

 故に青年は、どれを選んでも解らぬのならば、俺が虫かどうか試して見ようと、火の試練を選んだのだ。 


 

 

 レッドドラゴンが歩いて行くのを感じる。

 青年がいる事に感づいているのか、いないのか。

 

 いる事に気が付いていて、もしかして探しているのかもしれない。

 青年にはそう思え、目を瞑り、一層の気配を消し去った。




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