ep7 一章終了

 ミコ・サルウェにも、梅雨の時節がやってきた。

 湖畔のすぐ近くに建てられた、城塞都市・ラピリス。

 

 大きな都市、それ丸ごとを石積みの城壁に囲まれ、その更に周りには、ラピリス湖を水源とした水が、城壁を抱き込む様にその周囲を囲んでいる。


 緑豊かなこの土地は、様々な生態系が息づいていた。


 育種もの鳥たちが、湖面沿いの木々の梢に乗って、鳴き交わしていた。

 昨日の雨は、鳥たちが枝上で跳ねる度、シトシトと小さな雫となって、湖面を叩いていた。 

 


 その鳥たちは、上空に大きな影を感じて、逃げる様に一斉に飛び立つ。


 影はラピリスへ。

 それは飛竜達であった。


 南から複数の飛竜が飛来し、街の広場へと降り立った。

 

 街の広場には、何人ものヒトが待機しており、飛竜の背負う積み荷を降ろしていった。

 

 

 

 その飛竜の中の一体、その背中から、二人。

 若い女と、彼女に抱えられた少女が降りてきた。

 

「トルファンさん。ありがとう。」

 若い女はミリー。

 ミリーは、今まで乗っていた飛龍に声を掛けた。

「おう、積み荷のついでだから、気にすんな。」

 気さくに返すのは飛竜のトルファンだ。

「戻りはまた、その辺りの奴に聴いてくれ。……ああ、そうだ。ラピリスはお前が執政官だったな。後でも良いんだが、ついでだ。帰る前に積み荷の受け取りを、政庁でサインしてってくれ。」

 ミリーは、執政官と聞いて苦笑いをした。

 

「執政官って、そういう事もするんだ……。」

「はっはっは。まだ、代官も決まってないからな。お前は我が町出身の出世頭なんだ。がんばれよ!」

 

 そういって、トルファンは飛竜の顔を悪戯っぽく歪めた。

 

「やめてよ。今、サインしようか?」

 ミリーは眉根を寄せた。


「いや、まだ中身の確認が済んでねえ。量的に小一時間はかかるはずだ。先に用事を済ませてきな。」


「そっか。解った。」

「じゃあ、またな。」


 ノシリノシリと、大きな体を方向転換させ、トルファンは何処かへと歩き去っていった。

 

 ミリーはもう一人の少女、ラウラの方へと向き直る。

「さあ、ラウラ行こう。……ラウラ?」

 ミリーは、ラウラへと声を掛けた。

 しかし、ラウラは正面を向いたまま、どのような反応も返して来ず、強張った顔をして固まっていた。


 村のあまりの変わりように驚いているのか、それとも、人間にはなれない飛行で衝撃を受けたのか。

 到着時の急降下など、独特の感覚があり、慣れていないと辛いのかもしれない。


 ミリーはラウラの様子を、上から順に確認していった。

(顔が少し赤い……? 上空は寒かったから、風邪引いた?)

 

 ラウラが着ているのは、麻で出来た粗末な服ではない。

 ミコ・サルウェにも四季が存在し、最近は、徐々に暑さが増してきていた。

 彼女が着ているのは、夏場、ミコ・サルウェでは最もメジャーなスパイダーシルクを使った、ワンピースだ。

 耐寒、耐熱に優れた素材であるが、子供の身には厳しかったかと、そのまま、視点を下げていく。


 すると、ワンピースの下腹部に一目でそれとわかる、水で出来たシミを見つけた。

 

「……。」

「……。」

 ミリーは去っていくトルファン。

 その、先ほどまで、自分たちが腰かけていた背中を静かに見つめると「ちょっと待っててね。」といい。

 近くにいる者と2.3事話すとまた、戻ってきた。

 そして、ラウラを身体から離すように両手で抱えると、ゆっくりと、低空飛行でどこかへ飛んで行った。



 



 ラピリスの城塞の中、一部、大きくせり上がり、高台になっている場所があった。

 そこはラピリスの霊園である。

 

 ミコ・サルウェには無い「空より死者が生者を見守っている。」という考えを受け、「それならば、初めから、高い所の方が良かろう」と、この位置に作る事となったのだ。


 街の様子を一望出来る立地。

 景色の中には緑豊かな森に湖があり、城塞という、本来物々しい施設にあって、なかなか風光明媚な場所へと変貌していた。


 誰もが、此処であるならば、先を行く輩(ともがら)たちを送るに不足は無いだろう、そう考えられる場所であった。

 現在、ここに眠る者は一人しかいないのだが。

 

 

「ふふふ、バァバ。独り占めだね。こういうの贅沢って言うんだってよ? あはは。」

 

 静かに眠るアヴィアをそういって、憎まれ口で揶揄(からか)う彼女は、ワンピースから、長ズボンとシャツ姿に変わっていた。

 つい先ほど、彼女の名誉のためには、言及を避けるべき事案に遭遇したラウラである。

 

 ミコ・サルウェで生活して暫くになるが、徐々に本来の性格なのだろうか、明るく快活で、少しお調子な姿を見せる様になっていた。



「ちょっと。酷いんじゃない?」

 そう言いながら、苦い表情を浮かべ、ミリーは閉口した。

 流石に、墓場に剣は佩いてはおらず、右手には花束を持っていた。

 

「ふふ、バァバとお別れした時は、こんなに綺麗じゃなかったのにね?」

 兵士たちと、アヴィアを埋葬したとき、そこは村はずれの雑木林であった。

 

「城塞が出来た時に、お墓がお堀の中に行っちゃってた見たいで……。慌てて掘り起こしたって聞いたよ。」

「……こんな街が一瞬で出来ちゃうなんて、今見ても信じられないけど……。そういう理由なら、掘り起こしても、バアバに怒られないよね……?」

 ラウラは少し不安そうにミリー、そして、アヴィアの墓に問いかけた。


「ふふふ、さっき揶揄った事は怒ってるかもね?」

「ええ!? 冗談だよ? うそでしょ? ねえ~!?」

「どうかな~?あははは」

 ミリーは笑って答えなかった。

 

「ミリー!?」

 ラウラは慌てた様子でミリーに詰め寄った。

 

「今度、サラちゃんに聞いてみたら?」

 ミリーはゴーストユニットであるポーラと知古である。

 サラトナが、幽霊街に出入りしている事は知っていた。

 

「むう……そうする。」

 なんで、サラは平気なのよ? など、小声でぶつくさと文句を言いながら、ラウラはミリーから離れた。


 しばらく、様々な種族の者たちに囲まれ、幾分、慣れたラウラであった。

 しかし、未だに幽霊街の住人、ゴーストや、ホラー系統の住民に対しては、耐性が出来ていないようであった。



 意外に思われるかもしれないが、ラウラに限らず、ミコ・サルウェの住民においても、ホラー系のユニットが苦手な者は、それなりに居る。

 やはり、生者の意識は、根本的に死者を忌避するのかもしれない。

 

 ミリーも、幽霊街や墓地で良く出会う者たちであれば兎も角、知らない者であれば身構えるし、澱んだ魔力から発生する意思をもった、所謂、野良のゴーストに出会えば、悲鳴の一つも上げて逃げ出してしまうだろう。


 

「さあ、ちゃんとお墓参りしよう。お婆ちゃん、埋葬の時は、居れなくてごめんね。」

 ミリーは墓石の前にしゃがみ込み、静かに目を瞑った。

 そして、続くようにラウラも。

 

(バアバ、今ね……。ミリーが言ってた、ミコ・サルウェに居るんだよ。来年には帰ってくるんだけどね……。……。……。)


 ラウラは心の中で、アヴィアに今まで起きたことを報告した。

 勿論、それにアヴィアが答えるという事は無い。

 

 ポーラ達はあくまでも、ゴーストユニットとして召喚された存在。

 澱み一つないこの丘で、アヴィアが、ゴーストやゾンビになることは無いのだ。

 

 生まれ変わりの象徴とされる紫黒色の石、月照石を素材とした墓石の下に、アヴィアは眠っている。

 


 生者の言葉掛けは死者の安寧を望む祈りであり、死者の沈黙は生者の安寧を望む祈りである。


 彼女は、皆の幸福が見えるこの丘で、何時までも、何時までも祈り続けていた。


                     春暁の騎士、庇護の戦女------了


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