ep6


 暗闇の中、悠然と立つ大聖堂は、暗いこともあり、サラトナが見上げても全高は全く見えなかった。

 西の要塞サン=トゥス、北西部の城塞都市ラピリス、首都城ソール・オムナスと言った都市全体が、建造物というケースを除くと、ミコ・サルウェで最も大きな建造物である。

 

 神聖というのとは違う。

 壮大で、しかし、威圧感は無かった。

 

 ここは神の権威を示すための場所ではなく、暖かい。

 ヒトの心の寄る辺であった。

 

 参礼を終えた者、これから行う者、幽霊街や、ヒエメスに住まう者以外にも、それなりの数が居り、大聖堂の足元は、サラトナがイメージしていたよりもずっと混雑していた。

 

 ハロとエラノアの二人に、手を繋がれながら中へ入った。

 

 中は外と違い、魔力灯の明かりでほんのりと明るくなっていた。

 サラトナ達は、人込みを避け、中を歩いていった。

 

 誰が用意したのか、広い聖堂には天使と悪魔が二人で食事を楽しむ絵画や、後光を放つ青年に縋りつく魔物と人間たちの彫刻、そして、ひと際目立つ、聖堂の奥にある向かい合った、黒塗りの男神と白塗りの女神の肖像画などが飾られていた。

 

 

 ここが、ミコ・サルウェで無ければ、カルト教団の本拠地に迷い込んでしまったかの様な、奇妙で異様な創作物たち。

 

 実のところ、これらの物や、宗教的教義等について、アニムは何も知らない。

 

 EOEにはウィシャス教や、ルドラン教など、それこそ、悪魔信仰や土地神信仰、規律そのものを神格化するもの等、様々な宗教が登場した。


 しかし、その信者達は一所にごった煮で召喚されているのだ。

 普通、問題が……というか信仰の違うものが一緒にいるのだ、EOEには宗教戦争がテーマの話もある。

 当然に問題しかなさそうな事であるはずであった。

 だが、なぜかそれでも、彼らは大人しく、普通に生活していた。

 

 故に、次第に興味も薄れ、アニムは、何とか教の~という名前は、名ばかりのもので、自身が神の化身として、一種の統一宗教の様に崇められている事など知らなかったし、臣下達も、特に城勤めの者は無宗教の者が多く、問題ないなら、いちいち報告する必要もない、とそんな感じであった。

 

 クイ、クイ、とサラトナがエラノアの手を小さくひっぱり、ハロの手を離すと一点を指さした。

 (あれ。バックスがいるよ。)

 

 聖堂の右奥。

 そこには、こちらに背を向け、腕にはピンクのリボンを付けたスケルトンが、足元に木くずを溜め、一つの、櫓時計(やぐらどけい)に装飾を施していた。

 

 サラトナ達は、バックスの近くまで歩いていく。

 すると、眼球の無いスケルトンの視界がどうなっているのかは分からないが、すぐにサラトナ達に気が付き、彼は此方を向いた。

「お。おんしらも来たのか。なんじゃ?サラもつれて来たのか?」 

「バックスおじさん。ふふ。私もいるよ。」

 明るい所で見るスケルトンの動きは少しコミカルに見えて、サラトナは少し笑ってしまった。

  

「おじさんのお仕事ってこれ?」

「ああ、巫女たちに頼まれてな。参礼がてらに、これを仕上げとった。」

 バックスは隣の櫓時計を指さした。

 

 櫓時計には天より、剣を与える女神。

 そして、それに跪く妖精。

 その妖精の近くで、彼女を祝福する、また別の女神の様子が彫り込まれ、所々を、宝石や貴金属で着飾ってあった。

 

 彫刻のモチーフになっているのは、間違いなくミリーである。

「この絵、きれいだね~。どういう絵なの?」

 ミリーが進化……と言っていて良いのか、あるいは『彼女』の名が指すように、本質の成長なのか、どちらにせよ、その時、ミリーの周りには誰もいなかった。

 当然、サラトナや他の者達も。


「さてな~。わしは言われた通りに彫っただけだからな。詳細は聞いとらん。」



「バックス様にお願いしました絵は」「『祝福』という名でございます。」

 突然、二人の女が、音もなく現れた。

 

 人間に見える。

 そして、二人の声は若く聞こえた。

 

「おお、巫女か。相変わらず、おんし等は唐突だの」

「申し訳」「ございません」


 長い黒髪の女、長い白髪の女。

 黒、白の順に話す不思議な彼女たちは、多様な文化の者が暮らすミコ・サルウェでも余り見覚えのない、灰色のヒラヒラとした服を纏っており、とくに特徴的なのは、顔を目の部分に穴のない無貌の仮面で覆っていることだ。

 

「ねえ、お姉ちゃん。それ、前見えるの?危ないよ?」

 サラトナが両の手で、顔を隠しながら問いかけた。

「あ、こら。」

 

 サラトナが失礼をしたかもしれないと、エラノアは窘めた。

 文化が変われば、習俗、慣わしも変わる。

 過去にはそれが原因で、大きな諍いが乱発した事もあった。

 それゆえ、相手に対して不思議に思った事があったとしても、ミコ・サルウェの者たちは敢えてはそこに触れないのがマナーとなっていた。

 

「大丈夫です。」「巫女とはそういう者でございます。」

「私達は八神(やがみ)を祀る巫女」

「私達の目は八神の奇跡を拝覧し」

「そして、彼方から身を隠す」

「その為にあるのでございます」



「よくわかんない……。」


 一瞬、沈黙が流れた。

 確かに、幼いサラトナでなくとも、今の説明で、分かれという方が無茶かもしれない。


「この時計に描かれているのは、哀れな妖精。」

「そして、八神が彼女を祝福しておられる姿を描いた物でございます。」

「この女神達は、上に描かれている方が『別たれた永遠』」

「下におわされる方が『本質の成長』でございます。」

「私たちの目はこれらを余さず、見るのです。」

「故に、他のモノを見る事はございません。」


「へ~……そうなんだ……。」

 解ったのか、解っていないのか、サラトナは、何か腑に落ちない顔をしながら頷いた。

 

「あ! そうだ。お姉ちゃん達のお名前は? 私はサラトナ!」

 サラトナは知らない人に会ったら、まず、挨拶をしなさい、そうしたら仲良くなれるからと、そうラナに教わった事を思い出した。

  

「私はミラーリです。」

「私はリンカでございます。」


 ※?黒き陽の巫女 ミラーリ

   ???

           ?/?

 

 ※?白き陽の巫女 リンカ

   ???

           ?/?

 

 アニムに存在を知られる事なく、数多の宗教組織を束ね、キニス教という物が、初めから存在していたかのように伝える彼女達。

 

 EOEにも、COKにも存在しないユニット、黒き陽の巫女ミラーリ、白き陽の巫女リンカ。

 彼女たちが何者か知るものは、まだ、この世界にはほとんどいなかった。





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