ep5

 ソール・オムナスの城下街。

 サラトナはその日、いつもの様に包んでもらったバスケットを抱えて、目的の場所まで駆けて行った。

 春と夏の間、丁度良い暖かさは、走るサラトナの気分を良くさせる。

 舗装された道を、右へ曲がり、左へ曲がり、坂を上がりまた下がる。

 

 ここの所、毎日通う、勝手知ったる我が道だ。

 そうして、しばらく駆けていると、昼間であるにも関わらず、とある場所から、突然、辺りが暗くなった。

 

 街並みが、城下の活気ある空気とは違う。

 静かで穏やか、時の流れもゆったりと感じられた。


 この場所が、サラトナは好きだった。

 

 これだけ、穏やかな空間であるのに、建物は蜘蛛の巣が張り、悪魔の彫り物や薄汚れた壁など、何処かおどろおどろしい見た目をしている。

 そのギャップを見ると、サラトナは何時もクスリと笑ってしまう。

 

 ※土地:幽霊街(光or闇)

  場に出たとき、そのターンの間、マナを発生させない。

 

 幽霊街、月の都と別称されるこの土地は、外が昼であろうと、夜であろうと、そこに何の影響も与えなかった。

 

 ここは、常に夜であり、暗闇に包まれている。

 

 サラトナは、バスケットの中から、小型ランタンの様な見た目をした魔道具を取り出した。

 そして、もう一つ、今度はワンピーススカートのポケットから、キラキラと光る石を取り出し、側面のくぼみに嵌め込んだ。

 すると、ランタンは青い光を発して、辺りを優しく照らす。

 

 このランタンに使われる石は、魔力石、一般的には魔石と呼ばれている物だ。

 

 ミコ・サルウェでは、比較的有り触れた物であった。

 魔力という物は、軍属でもなければ、基本的には日頃から、そう大きく使うことは無く、有り余っていた。

 そうした魔力を一人の変わり者が石に籠め、電池の様な物として、売り出した事を始まりとして、以降、この携帯ランタンの様な魔道具が、急速に広まっていった。

 

 この魔石は、非常に画期的な発明で、それまでの魔道具は直接手に持ち、効果を発現させていたのに対して、離れた場所に置くことも出来、また、最も影響を受けた物達はゴースト種の者たちだ。

 彼らは、力の弱い者であれば、大気中に存在する微細な魔力を吸収することで、食事としている。

 しかし、力の強いものは、それだけでは賄いきれず、随分、魔力の確保に苦労していたのだ。

 魔石は、そういった者たちにとっての食料として、技術革新と、ある種の社会問題の解決、その両翼を担う存在となっていた。

 

 



 暗い中もサラトナは、ランタンの明かりを頼りに、元気よく駆けていく。

 

 途中、ゴーストや、吸血鬼など、日光を得意としないアンデットに属する者たちとすれ違った。

 彼らは基本的に、この幽霊街に住んでおり、ラナやスミスの様に、別の場所に住んでいるものは例外と言えた。

 勿論、幽霊街の外が夜であれば、移動に障害はない。

 夜になると外へ出かけて、開ける前に戻るという者もいる。

 こちらの方が、圧倒的に多かった。


 

「おや、サラ。今日も元気だのう。」

 腕にピンクのリボンを巻いたスケルトンが、サラトナに声を掛けてきた。

「あ! バックスおじさん、こんにちは!」

 

 スケルトンソルジャーのバックス。

 

 はじめ、サラトナがこの街に入ったのは、偶然であった。

 最近では、所々、街灯の様な物も、ソール・オムナス城下等、一部では作られ始めていた。

 しかし、基本的には、光を必要としない幽霊街は後回しとなっている。 

 サラトナは、城下の街を探検していたおり、真っ暗な、この街に迷い込み、彷徨い歩いていた。

 

 バックスはそんな、サラトナを見つけ、人間の子供がこんな場所で、灯りも持たずに歩き回るなど、危ないではないか、と彼女を窘(たしな)めた。

 

 なお、ここで言われる「危ない」は転ぶとか、迷子になるとか、その程度の話だ。

 幽霊街の住人は、基本的に気も良く、善良、人を襲うようなことはしない。

 

 彼らはすでに、一度死んだ身、失う物はなく、襲って得られるものは僅かだ。

 恨みを持って死んだ者も、すでに怨恨の頸木からは解放されていた。

 

 また、ここは土地柄か、ミコ・サルウェで最も信仰の厚い土地である。

 常に王が、空から見守っているとされるミコ・サルウェで、彼らに聞けば「何故、わざわざ人なんぞ、襲わねばならぬのか」と返ってくる事だろう。



 

 そして、気丈で好奇心の塊であるサラトナは、迷子や、歩いて喋る骸骨くらいで泣き出したりはしなかった。

 彼女たちはすぐに、仲良くなる。

 バックスが左腕にリボンを結んでいるのは、流石に、バックスがいくら大腿骨の太さが……等と言ってもサラトナには伝わらない。

 スケルトンの見分けがつかないと、ラナから貰ったリボンを目印としたのだ。

 

「今日も、ポーラの所かい?」

「うん。」

「気をつけてな。」

「は~い。おじさんは来ないの?」

「すまんが、今日は外せん仕事があってな。また今度だな。」


 バックスはそういって、右腕に引っ掛けてある重そうなカバンを、ひょいと持ち上げ、サラトナに見せた。

 バックスはサラトナを良く可愛がっていた。

 スケルトンの表情は解らないが、バックスの声には少し残念さが滲んでいる。

 

 カバンの隙間から、青く綺麗な鉱石が顔を覗かせていた。

 蒼光石。

 幽霊街の南西にある、土地:フレーメンの地下墓地・ヒエメスでのみ取れる、珍しい鉱石で、月の光を水が取り込み結晶化したものと言われている。

 

 バックスは手先が器用で、装飾品の彫金や鍛冶、彫刻、様々な物作りを仕事にしていた。

 バックスの身長は、流石にサラトナよりは上背がある。

 しかし、比較的低い身長、その割に太くがっしりとした骨、生前の彼は鍛冶精霊の末裔とされるドワーフであったのかもしれない。


 

 バックスと別れ、また5分ほど走ると、公園の様な広場に出た。

 


 広場は、静寂を好む彼らにしては珍しく、ここだけは何時も、住人たちで賑わっていた。

 会話を楽しむもの、ダンスを踊るもの、歌を歌うもの。

 まるで、深夜に行われる、野外パーティーの様な様相であった。

 

 様々な者達の間を抜け、広場の一角に、お目当ての仲間たちの姿を見つけた。

「ポーラおばちゃん! 今日も来たよ!」

 

 サラトナが近づく先には、無表情な中年女性のゴーストと、気取った調子の吸血鬼、一見、普通の人間に見える青年、そして、オシャレに煩そうな、淑女全とした少女。

  此処にいる者たちとバックスは、サラトナと仲良くなった友人たちで、皆、我が子、妹の様にサラトナを可愛がっていた。 

 

「あら、今日も来たのね。ここまで迷わなかった?」

 

 ポーラと呼ばれたゴーストは、無表情で、しかし、暖かくサラトナを向かい入れた。

 普通であれば、違和感しかない光景である。

 ただ、これはゴースト系ユニットの種族的特徴であった。

 

 彼女らは、特定の条件下でなければ、常に表情が無い。

 

「大丈夫だよ!いつも、通ってる道だもん!」

「お嬢は紅茶でいいかい?」

 サラトナの席を用意しながら、お茶を勧める青年。

 

「うん。ありがとう!」

 

 彼は、ユニット:百面相の諜報員という、人間の姿をしているが、本来の姿は不定の形をした影人(かげびと)といわれる、死後も影のみが立ち上がり、動き続けるというアンデット種族のハロだ。


「ちょっと待ちなさい! もう! また、髪の毛をぐしゃぐしゃにして! こっち来なさい!」

 来なさいと言いながら、自分がサラトナの後ろに回り、走り回って乱れた髪の世話をし始めるのは、レッサーデーモンのエラノア。

 ちなみに、エラノアも此処に住んではいる。

 しかし、レッサーデーモンが日の光に弱いという事は無かった。


「えへへへへ。」

 まだ、ここへ来る様になってから、2週間もたたない程だ。

 しかし、サラトナは、まるで生まれた時から、ここで育てられたような顔で、皆に甘え、世話を焼かせていた。

 

「そういえば、今日はバックスの姿がないね。」

 意味もなく、髪をかき上げながら言うのは、気取り屋の吸血鬼のエリウ。

 

「バックスおじさんには、さっき会ったよ。」

「おや、そうなのかい?」

「うん、今日はお仕事があるんだって。」

「ふむ……。」

 

 それを聞いたエリウは、顎に手を当て、不思議そうに少し眉をしかめた。

 サラトナが周りを見ると、エラノアやハロも似たような表情だ。

「どうしたの?」

 

 ポーラが相変わらず、無表情で答えた。

「別に、大したことじゃないのよ? 今日は礼拝の日だからね。彼も解っているでしょうし、大丈夫よ。ほら、今日はピーチパイを焼いてきたわ。お食べなさい。」

 

 ポーラは、パイ作りを趣味としていた。

 これは、生前からの名残であり、商売でもなく、また、自身も食事を必要としなかった。

 ゆえに、本当に彼女故人の趣味だ。

 

 この世界、死者が作ったからといって、黄泉竈食ひ《よもつへぐい)》などはない。

 ポーラは、自身で作ったパイを、誰となしに配っては、感想を聞くことを”生きがい”としているのだ。

 

 港町アルテラは幽霊街を挟んで、ソール・オムナス城下がある。

 アルテラに住むミリーが城下に行く際には、ビビりの彼女だが、それでも必ず幽霊街を通り、ポーラのパイを食べに来ていた。

 

 サラトナはポーラに、ミリーと過ごした話は、既にしている。

 その様な接点もあり、ポーラはこの中でも、一番サラトナを可愛がっていた。



「礼拝? お祈りするの?」

 

 サラトナの居たベンデル王国にも、鉄を神の偶像として崇める宗教が存在していた。

 しかし、主にはベンデル王国の北部中心で信仰されており、南端にあったアンオール村には信者がいなかった。

 

 

「そう、毎月、決まった日に。時間は何時でも良いから、聖堂に行ってお祈りするのよ。」

 サラトナの髪を編み込みながら、エラノアが答えた。


「僕ら、月の都の住人にとって大切な行事だからね。いつも、僕らは一緒に行ってたんだけど。彼が忘れてないか、少し心配になったんだ。」

 サラトナは、美味しそうにポーラのパイをパクつきながらも、ハロの言葉に興味深そうに耳を傾けた。

 

「ミコ・サルウェの王様はね。神様の化身(アバター)だと信じられていてね。その神様は2面性。……2つの性格を持っていると言われてるんだ。


 片方はお天道様。太陽の事だね。お天道様は死を司っているから、僕たちみたいな、ことわりをはずれた夜の住人を許しはしない。だから、僕たちは日向に出ると辛い責め具を受ける。


 でも、もう一方はお月様。こちらはそのまま、月を意味するんだけど。お月様はそんな僕たちを哀れに思って、この幽霊街、そして、日の届かない地下にある地下墓地ヒエメスを作って、僕たちをお天道様から隠してくれた。これが、キニス教の伝承の一つだよ。

 

だから、特に月の都や、ヒエメスの住人は必ず、この日、あそこ、見える?」


 そういって、ハロは北の空を指さした。

 しかし、サラトナは人間の子、彼らと違い、夜目はほとんど聞かない。

「え~、暗くて見えないよ。」

「あははは。そうだったね。この先に大聖堂があってね。う~ん、大きい建物なんだけど。さすがに見えないか。」

「ぶーーー。」

 

 膨れっ面をして、ハロを睨むサラトナ。

 ハロに悪意は無い。

 それはサラトナも分かっている。

 しかし、皆に見えて、自分にだけ見えないという事が不服だった。

 

 困った顔をするハロに対して、大げさに肩を竦めながら、エリウが助け船を出した。

 

「ならば、今日はバックスの代わりにお嬢が来るかい? 近くに行けば、お嬢にも見えるさ。」

 すると、サラトナは目をキラキラさせる。

「いくー!!!」


「でも、この子は信者じゃないわよ?」

 そう、エラノアが言う。

「別に参礼するのが、信者じゃなきゃいけない道理はないさ。君だって隣家の住人じゃなくても、隣人に挨拶はするだろ?」

 エリウの発言は少しずれているが、あまりに自信たっぷり言われ、「そりゃ、そうだけど」と、エラノアは何となく丸め込まれてしまった。

 

「聖堂は神聖な場所だし、他の参礼者もいるんだよ。静かに大人しくしてるって約束するなら連れて行ってあげる。約束できる?」

「うん! 行きたーい!」


 サラトナはニコニコと元気に答えるが、一瞬、「あっ」という顔をした。

 そして、口の前に人差し指を持ってきた。

 

「しー……。」

 

 ゴーストであるポーラは、サラトナに触ることは出来ない。

 しかし、その仕草だけで彼女の頭をなで、声だけで笑った。


「ふふふ、まだ、その時ではないわ。大丈夫よ。」

 


「今日は夕方の予定だったけど、バックスも来ないようだし。お嬢が食べ終わったら、さっそく行こうか。」

「お~~!!」

 


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