ep4

 シルバでの戦いから6日ほどたった後、オムナス城下の病院。

 そこにミリーは入院していた。


 ミリーも人間に比べれば、回復は早い。

 しかし、あちらこちらを切り傷だらけで出血が酷く、回復魔法のあるが故か、薬学などの医療分野は、発展に対する意識も低く、治療目的の造血剤等は無かった。

 血を増やすことは出来るが、それは吸血鬼の食事用である。


 とりあえず、元気になるまで……一週間くらいは、入院していろと、ミリーは病室に押し込まれていた。

 

 ラウラ達については、担当の医師より、国が保護していると聞いていた。

 アンオールの村は意図したものでは無かったが、ミリーが壊滅させてしまった。


 アヴィアの遺体は食糧庫が地下にあった為、難を逃れ、ラウラ達と兵士で、あの村の跡地に埋葬された。

 その後、ラウラ達は分散して城下町の宿を、仮の住まいとしていると聞いていた。


 共に生活した期間は決して、長くは無かった。

 とは言え、ミリーは、アヴィアの埋葬に立ち会えなかったことを、、残念に思う。

 

 

 病院のベットの上、ミリーがやることもなく、ボッ~としていると、個室の戸を叩く音がした。


「どうぞ。」


 ミリーは入室を促した。

 すると、見舞いの品を抱えたベスティアが入ってきた。


 数日ぶりの友人の姿に、ミリーは思わず笑ってしまう。

 

 何が可笑しいのかと、ベスティアは首を傾げた。

 

「ふふ、別に何でもないよ。」

 

 普段は、ガサツな言動の多いベスティアが、律義に扉をノックしたことが、ミリーには可笑しかったのだ。

 

「なによ?」

「ふふふ……そんな事よりも、あっちはいいの?」

 

 そういうとベスティアは、忌々しそうに顔をしかめた。

「天白の奴らが、全部も持ってったわよ……。」 

 「あっち」とはベンデル王国の事だ。

 ベンデル王国は、オリエテム王国との戦争直後で大きく疲弊しており、開戦後、わずか2日で大勢を決してしまった。

 

 

 また、そもそも、ベンデル王国に、航空戦力と呼べるものは無かった。

 故に一部、野生で生息している飛龍、怪鳥などを討伐する際も、弓や魔法で戦う事になるし、飛龍より上のドラゴンなどは、災害として認識されていた。

 なお、ミコ・サルウェの出会っていない他の国の場合では、事情が変わってくる。

 

 しかし、そんな所に雲呑みの様な、墜落するだけで、甚大な被害を齎(もたら)す者や、それに追従する様にドラゴンや飛龍、怪鳥、グリフォン、そんなもの達が大挙してやってきたのだ。

 その光景は、終末世界そのもの。

 抵抗など土台無理な話であった。

  

 結果、群緑師団もシルバを占領後、遅れて援軍にやってきた公爵軍をぺしゃんこにし、その後も幾度かの戦いを行うが、すぐにお役御免と、本国に帰還する事になったのだ。

 

「まったく……張り合いの無い……。もうちょっと暴れたかったのに……。」

「ははは……。でも、ごめんね。」

「は? なにが?」

「私の為に駆けつけてくれたんじゃないの? そのために戦争になっちゃって。」

 

 本来、ミコ・サルウェには北へ攻め入る理由は無い。

 故にあの場に、ベスティア達、群緑師団が居たことは、ミリーの為に他ならなかった。

 

「陛下からの勅命よ。すぐに部隊を纏めて、北へ進軍せよって。」

「え゛? ……陛下が?」

 

 実際は、この間、アニムに意識の主導権は無く、アニムにその記憶もない。


「天白師団にまで、命令を出して、三舌の連中は随分慌てたらしいわよ。とくにあの石頭なんかは、あわくって反対したらしいけど。『ミコ・サルウェは、その国民がどこに居ようとも、例えただ一人の者であっても、その全てを見通す目と、五色三舌(ごしきさんぜつ)を持って、その平穏と繁栄を守らねばならない。』って。」

 ベスティアは何やら、思う事でもあるのか、ニヤニヤ笑いながらそう言った。

 

 ここで言われる『五色三舌』とは、ミコ・サルウェ軍、蒼海(そうかい)師団、群緑師団、天白師団、赤武(せきふ)師団、闇燦(あんさん)師団の五軍。

 そして、法務官・プロセン・ビリーム、外務官・インペル、行政官・ユリンの筆頭文官の三人を指す。


「石頭?」

「プロセンの事よ」 

「筆頭法務官じゃん!?……まあ、でも、そりゃそうだよね……。」

「陛下は平素、あんまり政治に口は出されないけど、陛下が本気でやるって言ったら、開戦権は陛下にある。黙るしかないわね。」

「そっか……、陛下が……。」

 

 ミリーは親指を中に居れるように、手を合わせ、小指を離す。

 そして、それを自らの胸に押し当てると、目をつむって黙祷した。

 それは、キニス教の信者達が行う、祈りの姿勢である。

 

「ところでさ。今日来たのは、見舞いもあるんだけど。本題があるのよ。」

「?」

 

 ベスティアは、何故かにやにやとしながら、腰についたバックパックから手紙らしきものを、2通取り出した。


「まずはこれね。」

 ベスティアは、片方、白く簡素な手紙をミリーに手渡した。

「何? 誰から?」

 

「プロセン」


 途端、ミリーは眉間に皴を寄せ、苦い顔を作る。

 法務官のプロセン、行政官のユリン。

 「飴」と「鞭」の「鞭」の方と言えば、だいたい伝わるくらいには、彼の堅物っぷりは、国民に広く知れ渡っていた。

 

 間違いなく、物言いの類(たぐい)だ。

 

「げ……あっ、げって言っちゃった……うわ~絶対怒ってるよね? 私、勝手に軍について行っちゃってるし。……開けなきゃダメ?」

「あっはっは。別に良いわよ。どうせ、くどくど、くどくど、お説教でしょ。 建設的な事は何も書いてないわ。」

「あ」

 

 ベスティアは、ミリーの手から、先ほど渡した手紙をひったくると、くしゃくしゃと丸めてしまった。

 

「え~……。」

「なんか言ってきたら、狼に食べられたって言っておきなさい。それで、伝わるでしょ。」


「それだと、ベスちゃんが怒らられちゃうじゃん。」

「もともと、連れていくって判断したのも、村にアンタを置いてったのも、あたしだし。アンタに怒りを向けるのは御門違いよ。」

「……ごめんね。」

 

 ミリーは申し訳なく、しょぼくれた表情でベスティアを見た。

 しかし、彼女は依然、ニヤニヤとした表情を崩すことは無い。


「そんなことよりさ~……。これよ。」

 そういうと、もう一通の手紙を掲げ、突如、顔を引き締めた。

 

「ミリアリア。」

 そして、手紙。

 正確には、その手紙に付いた押印を指さした。

 

「!?」


 ミリーは目をむき、慌てて立ち上がろうとするが、まだ本調子ではない。

 急に立ち上がろうとして、立ち眩みを起こし、その場にへたり込んでしまう。

 

 ベスティアは手を貸そうとするが、ミリーはそれを断り、何とか立ち上がろうとした。


「だ……大丈夫だから。」

「いいから。」

 力では、ミリーはベスティアに勝てない。

 無理やりベットに座らされるミリー。

 

「陛下も事情はご存じだし、そんな事で、とやかく言われる人ではないよ。」

 

 手紙に付いた押印は「桜」の押印。

 桜の押印は、ミコ・サルウェ王の証。

 この世界には珍しい、五つ花弁の花。


 国民達は知らぬ事だが、勿論、アニムの出自に、ちなんだ物である。

 

 ベスティアは恭しく手紙の封を解き、その中身を読み上げた。

 

「ミリアリア・ラピリス。この度、アンオール村跡地に新たに都市を建造する事となった。貴殿を新都市地域の執政官に任命する。

 この地はミコ・サルウェ、旧神聖スカリオン、旧ベンデル王国、オリエテム王国を繋ぐ交通の要所となる。補佐官等は追って伝えるが、その時に備え、今は静養するべし。


                         ミコ・サルウェ王 アニム」

 

 ミリーは一瞬、何を言われたのか分からず、ポカンと間の抜けた表情をした。

「おめでとう、ミリー。陛下はアンタが嘆き、悲しみ、正義の為に己を捨てて戦う姿を、誰よりも近くで見ていたそうだよ。そして、あんたは認められた」

 

 ミリーは束の間、自分の後ろに、沢山のヒトの波が立っている気がして振り返った。

 そして、その彼らの思いに潰されそうになる。


 しかし、自分の中から噴き出す、喜びのうねりは、それをあっけなく追い返し、涙を流させた。

 ベスティアの瞳からも涙が零れ落ちた。

 

 執政官と一般国民には、確かに立場として、違いという物はほとんどない。

 

 しかし、曲がりなりにも、地域の主。

 誰でも良いという訳にはいかず、人格や能力を考慮して配置せねばならなかった。

 

 そして、能力を考慮すれば、皆、執政官は例外なくレアユニット達となる。


 また、ユニークユニットであれば、アニム自身がクニシラセを介して、瞬時にコミュニケーションが取れるというのも一因となっていた。

 

 彼らは、その強さから、また王から信頼されている者として、尊敬を受けている。


 実の所、高みに上ろうとすればするほど、王侯貴族社会よりも、更に生まれが影響してしまう、どこまでも優しく、どこまで残酷な国、ミコ・サルウェ。


 現在、ミリーはユニークな存在であるが、国に、そして王にミコ・サルウェ史上、初めて認められたコモンユニットとなったと言える。


 無論、彼等はレアだの、コモンだのという事は知らない。

 しかし、皆、産まれの殻を破ることが出来ない事は、本能的に悟っていた。


 これは、残酷なこの国で、一つの希望、”英雄”が生まれた瞬間だった。 

 


「ベスちゃん……ほんとに?」

「……ほら。ミリー。手紙。」

 ベスティアは涙を拭いながら、笑顔で、王からの手紙をミリーに手渡した。

 

 手紙は2枚目があり、此方は私信としての手紙である。

 ミリーの戦いを見ていた事、貴女の真正を保ち、今後は国民の為、その力を振るってほしい、そんな内容が書かれていた。

 

「私でいいのかな。」

 ミリーは、手紙を読み終えると、顔を上げ、少し不安げな表情で、ベスティアを見つめた。

 

「大丈夫よ。……別に執政官って言ったって、何かするわけじゃないのよ? 実務は中央から誰か派遣されるから。あんたの仕事っていったら、精々土地をどういうふうに開拓していくのか、方向性を示すぐらいで……あとは、面倒くさい書類決済と、中央への報告書を書くくらいね……。」

 最後の方、これでもか、というくらい嫌そうな顔をして、ベスティアは答えた。

 

「そうなの?」

「それだって、新しい土地は交通の要所として商業と防衛を延ばしていく方向で、大枠、中央は考えている見たいだから。大丈夫よ。」


 ミリーは、ベスティアの話を聞き、少し不安が解消されたのか、やる気を出して見せた。

「そっか……うん。頑張ってみる。」


「てか……そもそも、陛下直々に任命されて、断るとかあり得ないんだけどね……。」

 

 ベスティアは苦笑いをしつつも、ミリーを優し気に見つめていた。


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