こぼれ話

 その日、アニムは週の休息日に、護衛をしている白面の堅物をまいて、市中をふらふらと散歩をしていた。


 ------まったく無粋。あの男とくれば、散歩をしながら、店や建造物を眺めながら、寄り道するのが良いと言うのに、あそこから、あそこまで歩くというと、キッカリ最短距離をまっすぐ案内しようとする。

 アニムは、その様な陰口を頭に思い浮かべていた。


 守護狼のジルコニアの協力を得た上で、クニシラセを使えば、此方は向こうの居場所を一方的に知る事が出来、身を隠すのも容易だ。


 アニムは、自分でも要らぬ事を上達させている自覚はあったが、唯一と言ってよい趣味。

 そのうえで、普段は城内で我慢しているのだ。

 たまの休みの市中散策くらい、護衛を撒いて羽を伸ばしても、罰は当たるまいと心の中で嘯いていた。

 

 

 今日は何処へ向かおうか、風に任せて、ゆるりと歩いていると、空腹に腹が呻(うめ)いた。


(そういえば、昼はホクルだけで良いと言ったんだったか……。)

 

 ホクルと言うのは、地球で言う所のメロンの様な果実で、一つで食べ手のある大きさ、味もメロンを少しさっぱりさせた様なもので、非常に食べやすい物であった。

 

(あれは、あまり腹持ち良くないか……、誤算だったな。)

 

 普段の昼食後は、あまり動かず読書などをして過ごす事が多かった。

 故に、腹持ちに苦労するという経験は少くなかった。

 

(せっかくだし、魚でも食べに行こうか。)

 アニムは、肉よりは魚派。

 加えて、ソール・オムナスは内陸にあった。

 ミコ・サルウェも魔法の力があるので、冷凍技術という物は中々、ファンタジー世界にしては進んでいた。


 しかし、どうせなら取れたての魚が食べたいな……と。

 

 魚と言うと、近くではアルテラの港町。

 アルテラからは、毎日の様に飛竜便によって、新鮮な魚介類が届けられているので、ここ、ソールオムナスでも、とれたてとほぼ遜色の無い物が食べられていた。

 

 今も必死でアニムを探している護衛からすれば、アニムが非常に健脚である事、アルテラの治安が非常に悪い事、アニムからは一方的に場所が確認でき、すぐに避けられてしまう事等々。

 もしアニムの頭の中をのぞくことが出来たのなら、余計な事を考えてくれたと、護衛の彼は苦虫を嚙み潰す様な顔をする事だろう。

 

 

 数時間歩き、アニムはアルテラにたどり着いた。

 クニシラセの画面越しではない。

 初めてその目で見るアルテラの港景色に、彼は目を奪われた。


 久しぶりの潮の香りを胸いっぱいに吸い込むと、目を細め、数秒の時間をかけて吐き出した。

 

 (アルテラは明るくて良いな……。)

 

 ソール・オムナスが、暗いという訳ではない。

 しかし、オムナスの建造物は比較的背が高く、こちらは全体的に低いのだ。

 結果、あちらよりもアルテラの方が、日の通りがよく感じられたのだ。

 

 アニムは周りを見渡した。

 爬虫類の様な鱗が生えた者が多い中、人間の姿も、ちらちらと見受けられる。

 ただ、如何にも海賊という見た目である為、流石のアニムも、敢えて話しかけるようなことはしなかった。

 

 10分ほど、風景を楽しみながら歩いていると、海岸沿いに洒落た風な店を見つけて、そこで食事とした。

 



 アニムは今、食べ終わりにのんびりと潮騒や、浜辺の砂れんを眺めていた。

 そんなさなか。

 

 15cmくらいの、少し大きな水晶玉を持っている少女が、無視できないほどの距離で、アニムをじっと凝視していた。

 

 歳は10に届かないくらいに見える。

 可愛らしい顔立ちで、大人になれば、さぞかし美しい女性になるだろう片鱗を感じた。

 彼女の下半身は蛇の姿、所謂ラミアという種族だ。

 

 アルテラでは、蛇人へびびとや、ラミアというのは、そう珍しくもない。

 アルテラの執政官で、蒼海師団の師団長であるアリアナも巨大なラミアの姿をしていた。

 なお、アリアナと違い、普通のラミアの身長は、人とそれほど変わらない大きさである。

 彼女は特別であった

 

 少女の視線に耐えられなくなったアニムは、彼女の方へ向き直った。

「え……っと、俺に何か用事かい?」


 しかし、少女はその形の良い眉を、ぴくりと動かすだけで何も言わない。

「「……。」」 

 

 沈黙が続き、おかしな空気が流れた。

 アニムが召喚したユニットならば、解るはず。

 しかし、アニムには、この少女に見覚えが無かった。


 故に、恐らくラミアと誰かが、子を成して産まれた子なのだろうと予想を付けた。

 クニシラセで名前を確認すると”アリアナ”と表記されていた。

 

 この街の執政官アリアナは、体長5mを超える巨大なラミアで、人間を摘まんで丸呑みにしようとしているイラストが、印象的なユニットである。

 なるほど、この土地の執政官にあやかって、親が同じ名前を付けたのであろうか、と。

 彼女が土地の者に慕われている事が伺えた事に、アニムは暖かい気持ちで、内心、感心した。

 

 

「ねえ、どうして?」

 結局、アニムの質問には答えず、少女がアニムに問いを返す。

 

「?」

 アニムは、自分が何かしたかと首をかしげた。

 しかし、心当たりは何も思いつかなかった。

 

「ヒトを殺してはいけないって法律が出来た……。なんで?」

 不躾なのは、今更とはいえ、知らない相手に、随分な質問をする子だな、と逆にアニムは可笑しく思った。

 

 なお、命に対する概念が軽い彼らに、自分がされたく無い事、殺されたくないなら、人を殺してはいけません。

 そんな事を言ったところで、欠片も伝わらない予感をアニムは感じていた。

 

 アニムは束の間、考える。

 そして、なぜ、こんな事になっているのかと思いつつも、少女の顔に熱心な様子を感じ取り、真面目に答えてやることにした。

 

 

「この国では、法律に従っていれば、自由に生活できるよね?」

 アリアナは無言でうなずいた。

 

「じゃあ自由って何だと思う?」

 アニムは逆に問いかけた。


「好きにしていいって事でしょ?」

 何を当たり前の事を……、そう、続きそうな、怪訝な表情をしてアリアナは答えた。

 

 

「それが、そうでは無いんだよ。……おっと?」

 アリアナはアニムの膝に飛び乗ると、蛇の尻尾をアニムの胴に巻き付けた。

 そして、早く説明しろと、興味深そうに、アニムの顔を下から覗き込んだ。

 

「え~……と。」

 

 アニムが、子供を嫌っていると言う訳ではない。

 しかし、流石に初対面の相手にするには、人懐っこさが過ぎるのではないか。

 そんな心配が、アニムの脳裏をよぎった。

 

 

 しかし、アリアナは、そんなアニムの心境などお構いなしだ。

 左手に水晶を持ちなおすと、「せつめい、せつめい」と言いながら、アニムの胸をぺちぺちと叩いている。

 

 

「自由って言うのは、自分の行いに責任が持てる範囲で、好きにして良いって事なんだよ。」


 アリアナは不満そうだ。

「責任って?」

 

「君が行動した結果、それで何か不利益が生まれた時。それを無かったことにできる範囲で好きに行動して良いって事だよ。」

 

 アニムとしては、精一杯、解り易く説明したつもりである。

 しかしまだ、アリアナの表情は優れない。

 

「殺せば無かった事になる」

 そういって、アリアナはアニムに向かって、歯をむいて見せた。

 

 ラミアの歯は、やたらと鋭い牙が2本ずつ、上下に生えている事を除くと、ほとんど人間の物と見た目は変わらない。

 無論、変わらないのは見た目だけだ。

 この鋭い牙は、先端付近に穴が開いており、咬み付いた相手の体内に毒を注入する事が出来る毒蛇の牙だ。

 

 

 もっとも彼女たち、ラミアを相手にして、本当に脅威となるのは、その高い身体能力と、高度な魔力操作技術、それから幻術と……等、様々にあり、これらと比べると、牙やそこから出る毒の脅威など”今更”と言う域なのかもしれない。

 


「ならないよ。」


-------カブリ


「いった!!」

 牙のない部分ではあるが、アニムの指に、アリアナが思い切り嚙みついた。

 

「なくなるもん!」

 アニムはすこし涙目になりながら、離された指でアリアナの鼻を摘まんで左右に揺らす。

 

「痛いだろうが!」

「ふがーーーー!!」

 

 アニムが放してやると、アリアナは鼻を手で押さえ、恨みがましい目でアニムを睨んだ。

 それから、アニムの胸に顔を押し付けて、隠れてしまう。

 

「……。」

「……。」


 仕置きのつもりだったが、やり過ぎたかと、アニムが思案する。

「……。」


 アリアナの蛇の尻尾が、するりとアニムの胴から離される。

 そして、その尾は、アニムの手をつつくと、自身の頭をつるりと撫で、またアニムの身体に巻き付いた。

 

(撫でろというか……。)

 人懐っこいというよりも、甘えん坊の幼子の様だと、アニムは呆れ、年の離れた従妹に、よくへばり付いていた従妹姪を思い出した。

 

 暫く撫でていると、ようやくアリアナは顔を上げる。


「説明。」

 

 この期に及んで、まだ聞きたいらしい。

 

「人が生きるには食事をしなくちゃダメだろ?」

 そういって、アニムはアリアナを確認する様に見て、アリアナもうなずいて返した。


「つまり例えば、君がヒトを一人殺めてしまったとしたら、その人が一生で消費するはずだった莫大な食料や、それを売っている人が得るはずだった収入。君はどうする?」

 

「え!?」

 

 アリアナは思ってもみない事を言われ、一瞬、硬直してしまう。

 

「どれほどの量なのか、どれほどの額なのか、誰にも解らないけれど。君は間違いなく、損害を与えたんだ。……他にも殺した奴が物凄い悪人で将来、誰かを殺すかもしれない。そして、その悪人が殺した奴の中にもっと悪い奴がいて、結果的に死ぬ人や悲しむ人が減ったかもしれない。でも、君が悪人を殺してしまったから、もっと悪い奴が生き残って、より沢山ヒトが死に、悲しむことになる……かもしれない。君はその責任をどうとる?」

 

「……。」

 存外、アリアナは素直な性格らしく、水晶を尻尾に持ち替えて、指折り何かを考えだした。

 そして、


「わかんない……。」


 心細そうに、弱った声で答えた。


「死んだ人は生き返らない。責任が取れない事はやってはいけない。だから、この国では人を殺す自由は認めていないんだ。わかった?」

 

 アリアナは少し、しょんぼりとした後、急に悪戯っぽい顔をすると、アニムの膝より飛び降りて、

「わかんない! わかんない! わかんなーい!!」

 と大きな声を出した。

 

 癇癪を起したのとも違う。

 アニムを試しているような表情。


 こう言ったら、どんな風にかまってくれるか、それを楽しみにしている表情で、アリアナはアニムを見つめている。

 

 

 ただし、その表情はすぐに、つまらなそうに不貞腐れた。

  

 




「若」

 

 ”若”という呼び名は、アニムを指す言葉である。

 曲がりなりにも、お忍びである以上、”陛下”呼びは都合が悪かろう、という男なりの配慮だ。

 

 アニムが呼ばれた方を向くと、想像通り、色白で、薄手のコートを着込んだ、若い男が立っていた。

 

「見つかってしまったか。」

 アニムは悪びれる様子もなく、クツクツと笑うと、頭をかいて見せた。

 

 

 男の表情は変わらない。


 そして、ちらりと少女に視線を向けると、ぴくりと眉を顰めた。


「”陛下”どうやら”護衛”の者がいらっしゃった様ですが……。この辺りは治安が悪うございます。さあ、行きましょう。」

 

 男はそういうと、アニムを促した。

 

「ああ、今日は小さな護衛がいたんだよ。」

 羽を伸ばし、気を抜いているアニムは、男が含んだ言葉の意味を、正しく掴めなかった。

 男は、小さく首をふった。

 

 アニムは立ち上がると、「じゃあ。」とアリアナに対し、片手を上げた。

 店の料金は先払いで払ってある。

 アニムは男を伴って、店から歩き去っていった。

 

 アリアナは、男を口を尖らせた表情で睨みつけた後、アニムの後姿を物憂い表情で見つめていた。







 

 アルテラの港町、ひと際大きな夜の店。

 

八岐廼揺籠ヤマタノユリカゴ

 

 

 その支配人室に、ラミアの少女アリアナはいた。

 

 非常に広く、天井の高い部屋に、通常であれば、とても一人用とは思えない大きなベッドが、中央に鎮座していた。 


 窓もなく、高くにある照明からの光が、しっかりと届いていないのか、部屋全体が淡く薄暗い。

 

 アリアナは、ベッドの上に飛び乗ると、鼻歌を歌い始めた。

 リズムに合わせて、蛇の尻尾が右へ、左へと揺れている。

 

 

 その部屋の扉を、ノックする事もなく開けて入ってくる女がいた。

 

 女は歌を歌うアリアナを見つけると、少し面白そうに笑った。


「ふふふ、ルー、機嫌が良さそうね。」


 アリアナの事を、男はリトルと呼び、女は皆、ルーと呼ぶ。

 

 アリアナは、歌うのを止めた。

 そして、女の方に身体を向けると、ニコリと笑う。


「ええ、今日はパパにあったの。」

 

 

 女の名前はリムリエル。

 本来の下半身は、魚の姿をした人魚であり、現在は陸上で活動するために、人の姿へと変じていた。

 

 リムリエルは、アリアナが”この世界に召喚されてから”の仲であり、”警戒心の強い”彼女が心を許す、数少ない人物であった。

 

 リムリエルもアリアナのベッドに腰かけた。

 

「あら、珍しい。良かったわね。……でも、陛下がいらっしゃってるのなら、教えてくれたら良かったのに。この書類……。」

 

 そういって、少し残念そうに、左手に持っていた書き物の束を見せる。

 

 この所、アニムは国内外の地理情報の集積に熱心であった。

 リムリエルが持つ書き束は、ミコ・サルウェ近海の生態や、地形情報をまとめた物である。

 

「それなら、私がいってネルにでも渡してくるわ。それで良いでしょ?」

 

 そういって、アリアナはベッドから飛び降りた。

 

「陛下に直接渡したら? 貴方なら会えるでしょ?」

 

 リムリエルが不思議そうに問いかけた。

 

「今日はもういいの。それよりも、帰りがけにあいつに文句を言ってくる。」

 

 そういって、アリアナはぶすっと表情を変えた後、形の良い唇をへの字に曲げた。

「?」


 事情を知らないリムリエルは、首を傾げた。

 

「アイスマンよ。私とパパが話してたのを邪魔したのよ? 信じられないわ。」


 

 ミコ・サルウェの各師団長は、よく言えば豪快で決断力のある人物が多く選ばれており、それを補佐する副団長は、実務に長けた者が選ばれる傾向にある。

 

 リムリエルもそれに漏れず、アリアナの言、それで全てを察した。

 

「あ~……。今日は彼が護衛だったのね……。彼も仕事だから……、ルー、ほどほどにね。」


 やめろ、とは言わない。

 リムリエルは、普段から迷惑をかけている同僚に、これから更なる迷惑アリアナが行くことに心を痛めつつ、もう少し気を利かせる事を覚えなさいよ、と呆れた息をこぼした。

 

「ふん。」

 そう鼻息を荒く吐くと、アリアナはいつも手に持っている水晶玉を見つめて、何か念を込めた。

 

 すると彼女の身体が赤く光り、そしてそれが、光の中で成長していくのがわかった。


 成長していく速さは、どんどんと早まり、時間にして10秒程。

 

 光が収まるとそこには、大人にしてもいっそう大きい、体長5mを超える、巨大で美しい大人のラミアが存在していた。

 

「じゃあ、行ってくるわ。」

 

 アルテラの港町の執政官にして、ミコ・サルウェ軍、蒼海師団 師団長。

 アングス組合の首領ドン・アリアナはリムリエルから書き束を受け取ると、機嫌よ良く部屋を後にした。 






 

 

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