ep2

 細見で、顔立ちこそは整っているが、血色のすこぶる悪い男が、両手を広げてラウラ達を歓迎している。

 

 「よ~こそ~!昼は食堂サンライズ。夜は宿屋ブラットムーンを営んでおります。私は店主のスミス。種族は吸血鬼でございます!」

 

 ※暖かい吸血鬼 闇②

          2/2

   

 ここまで連れて来てもらった兵士たちに、暫くの間、ここで過ごしてほしいと告げられ、宿屋の扉をあけたラウラ達は、想定外過ぎる事態に目を白黒させていた。


 

 これまでの事を、掻い摘んでまとめる。


 村に帰る途中、ミコ・サルウェ軍を名乗る、完全武装の一団があらわれて、ラウラ達は彼等に保護された。

 その際に、ケガなどの治療なども一通り受けている。


 そしてその後、アンオールに寄るも、何故か村は壊滅状態。

 良く分からないまま、謝罪された。

 しかし、彼女達も、もともとここへは、戻って来れるとは思っていなかったので、それほどショックは受けなかった。

 

 地下にある食料庫に、アヴィアを見つけたときは驚いたが、兵士たちに手伝ってもらい、遺体を埋葬した。

 そして、村跡を離れ、森の奥へと進むと、湖があり、そこで一泊。

 泉から巨大な竜が、姿を現し、竜を始めて見た村人たちは、一時恐慌状態となるも、襲ってくるようなことは無く、その竜から兵士たちが魚などを貰っている姿を見て、落ち着きを取り戻した。

 

 翌日、休憩を挟みながら、夕刻時まで歩くと、町に着いた。

 そして、泊まる所を紹介すると、複数人に分かれ、ラウラ達はこの宿で数日の間、過ごしてほしいと告げられる。


 

 しかし、宿の店主が吸血鬼だった。



 ミリーから話は聞いていた。

 ミコ・サルウェには様々な種族がいると……、その中には、ラウラ達の視点では魔物、化け物に思える者もいると。

 事実、ここに来る道中、様々な種族、獣や化け物と思える様な物達ともすれ違った。

 

 しかし、いざ自分たちが、吸血鬼の宿で休んでくれと言われると、抵抗がある。

 吸血鬼といえば、人間の血液を餌とし、強力な魔法で人を操ると言われている魔物だ。

 かつて世界の何処かに、吸血鬼の国があり、そこでは人間が過酷な労働と、食料を兼任させられていた、という話もあった。



「いや~、本当に良い時にいらっしゃいました。夕食もちょうど、今、届いたところなんですよ。」

 


 ラウラは、それを聞いて狼狽えた。 

(え……もしかして、夕食って私達の事!?)

 ラウラは隣に居る母を見た。

 しかし、ミファナも動揺しているのか、虚ろな目で口をパクパクさせている。

(どうしよう……。あの兵士さん達も吸血鬼の仲間?)

 

 気の良さそうに見えた兵士たち。

 しかし、彼らは、吸血鬼に自分たちを売り払う為に、ここまで連れてきたのかと、ラウラは思った。

 

 

------ドゴ!

 

 ラウラが母の手をひき、逃げだそうとした時、スミスの後ろから、男と同じように血色の悪い美しい女性が現れた。


 そして、その女性はスミスの鳩尾に、裏拳を突き立てたのだ。


「グゥボォ!」

 崩れ落ちる店主。

 

 

 「ふふふふ。ごめんなさいね~? この人ったら、すぐ人間を揶揄うんだから。安心してね。夕食は貴方達じゃないわ。私はラナミスカ。ラナさんって呼んでくださいね。うちは昼間は、私の妹夫婦が食堂をやっていてね。食事時になると、夕食を届けてくれるのよ。あ、私たち吸血鬼は料理は不得意だから、料理を作っているのは妹の旦那。人間よ。あなた達の産(うま)れでは、吸血鬼と人間が夫婦なんて信じられないかしら?まあ、ミコ・サルウェではよくある事よ。ふふふふ。」

 

 上品そうな見た目を、暴力的な行動と、止まらないお喋りが台無しにしている。

 ラナは崩れ落ちたままのスミスのお尻を踏みつけると、ラウラ達を近くのテーブルへと案内した。 

 その間も、ラナはひたすらしゃべり続けている。

 

「あらあら、こんなにほっそりしちゃって……、貴方達ちゃんと食べてる? だめよ、ちゃんと食べなきゃ。健康な血は食べないと作られないわ。やだ、私ったら、こんなこと言ったら、また恐がらせてしまうかしら? 大丈夫よ。ミコ・サルウェのアルケミストは優秀だから。牛とかの生血を、増やして市場で売ってるのよ。だから、別に人から分けてもらわなくても良いの。陽の光もダメ。鏡にも映らない。挙句の果てに、普通の食べ物じゃダメ。血を飲まなきゃ空腹で死んじゃうなんて、本当に不便な身体よね~? ほら!あなた。いつまで蹲ってるの! 早く料理を運んでちょうだい! せっかくの料理が覚めちゃうわ! 」

 

 言いながら、スミスの脇腹に蹴りをいれるラナ。

 すると、スミスは、吸血鬼のくせに、ゾンビの様にむくりと立ち上がり、項垂れる様に奥の部屋へと向かっていった。





 暫くすると、何らかの魔法だろうか、ひとりでに、料理の乗った複数のサービスワゴンが、つらなって現れた。

 スミスがその後ろから、飲み物の瓶を抱えこみ歩いてくる。


 飲み物の瓶を近くのテーブルに置くと、その運ばれてきた料理を、ラナと二人で並べ始めた。


「いや~、先ほどはすまなかったね。家内にも良く怒られるんだが……おかしくてついね。」


 血色の悪い顔から、真っ赤な舌をだして見せるスミスは、どうやらあまり、反省してはいないようだ。

 この辺りは、享楽的な性格をした吸血鬼らしいと言えばらしい。


「あなた、いい加減、学習してくださいませ。あ、皆さんはどうぞ、どんどん並べていきますから、お食べになって。」


「はっはっは。ああ、そうだ。皆様、すまないね。肉料理が多くなってしまってるんだよ。先の戦争でアエテルヌムに大きな被害が出てね。野菜の値段が上がってしまっているんだ。ミジェールの野菜炒めと言えばこの辺りでは、ちょっとした物だったんだが、お出しできなくて残念だ。」

 

 なお、スミスが話をしている間も、ラナはずっとしゃべり続けていた。

 しかし、ラウラ達は、最早ラナの事は気にしていない。

 テーブルの上にある、未知にあふれた山盛りの料理たちに、皆、目が釘付けになっていた。


 普段村では、ジャガイモの様な芋をふかして、味付けもなく食べたり、たまに取れる獣の肉も基本焼いただけで、ミリーが渡したリンゴの様な物ですら、味がするという点で、ご馳走に分類される。


 見たことのない動物のステーキ、見たことのない植物のサラダ(海藻サラダ)、ミリーが持ってきてくれた米という謎の穀物に、山菜を混ぜ込んだもの(山菜の炊き込みご飯)

 その他にも様々な料理が並んでいた。

 (……おいしそう……。でも)

 

 しかし、そもそもが、満腹まで食べる事の無い生活をしていたラウラ達。

 これだけの量、食べきれる物ではない。

 ラウラは、不満を言うのは筋違いと分かっていても、非常に小さな声で思わず


「凄く多い……」


 と呟いてしまった。

 

 その声がスミスの耳に届いた様だ。


「あ~そうか。すまないね。ミコ・サルウェでは、それはもう呆れるほど、色んな種族がいるだろう? 小さい奴もいれば、大きい……というか、もはや巨大というべき様な奴もいる。そうなると、食べる量もキロ単位で変ってくるんだよ。はっはっは。だから量も、どんぶり勘定というか……まあ、基本的に何処もかなり多めが基本でね~。食べきれない分は、残してくれて構わないよ。明日からは、その量を見て適当な量に変更してもらうからね。」


 野菜不足は、戦争のせいだけでは無さそうであった。 



------ぎゅるるる。


 誰かのお腹の音が鳴る。

 ここに来るまで、兵士たちから、十分な食事は貰っていたが、一日中、歩き通しであり、当然お腹もすいている。

 ましてや、ラウラ達から見れば、未知の食事とはいえ、ご馳走の山。

 それは、腹の一つも鳴ろうというものだ。

 

 その腹音を皮切りに、ゆっくり恐る恐る皆、料理を食べ始めた。

 濃い目に感じる味付けであったが、そのどれもが絶品であり、天国の様なひと時であった。

 始めは警戒していたラウラ達も、次第に固い紐は解かれ、幸せに涙する者もいた。

 

 しばらく、その様な姿を、嬉しそうに見ていたスミスが、皆に声を掛ける。

 

「皆さんのお口にあって何よりだ。さて、皆さん、ようこそ、ミコ・サルウェへ。あなた方の今後について、食べながらで構わないので、聞いてもらえるかな? 信じてもらえるかどうかは、解らないし……。私も中央政府から聞いた話なんだけど……現在、皆さんの住んで居た村は、防御施設を持った街になっているんだ。」


 アンオールの村は、アニムがR土地:花咲く城塞(光or土)を重ねており、湖畔の城塞都市・ラピリスとなっていた。


 ※土地:湖畔の城塞都市 ラピリス (光or土or水)

     土水②:カードを一枚引く

     土光 :ライフを2点得る

     この二つの能力は一ターンに、何方かを一度だけ使える。

「街……ですか?」

 ミファナが、良く分からないといった様子で、声を挙げた。


「まだ、誰も住んでないけどね。規模も大きくなって湖畔の城塞都市・ラピリスと名前も変わっているんだ。勝手に、君たちの住んで居た村を弄られてしまっているが……すまない。悪く思わないでくれ。……それでだ。いずれ君たちも、住み場所を宛がわれる筈だが、この都市はミコ・サルウェ、旧ベンデル王国、旧神聖スカリオン、そしてオリエテム王国を四方向から線でつないだ、まあ……だいたい中央に位置する場所になる。だから、結果的に、とても重要な交通の要所になるわけだね。防衛施設はオリエテム王国への備えだよ。」 


「そう……ですか?」

 正直、ミファナには、スミスが何を語っているのか、さっぱり解らなかった。


「ああ、もちろん普通であれば、こんなに早く街を作ることは出来ないんだけど。ミコ・サルウェの王は、皆さんからすると、魔物に分類される我々にとっても、少々不思議な力が使えてね。詳細は私や……それこそ中央政府の者でも知らないらしいけど。街を作るのもあっと言う間なんだよ。」


「はあ……。」

 スミスの言う通り、余りに現実味のない話だ。

 イマイチ、信用できずミファナの反応も曖昧な生返事になって当然である。


 それに対しても、解っていたのか、怒る事もなくスミスは笑顔で応えた。

「ハッハッハ。正直な所、私は嘘を言ってないけど、実際見てもらわないと良く分からないよね。いずれ、皆さんには元居た所に戻ってもらう。その時に解ってもらえるかな。勿論、この街に住む、という選択肢もあるよ。その場合は、何時までもこの宿が使えるわけじゃないから、気を付けてね。」

 

「わかりました。」

 疑問が解決したわけではないが、元より常識の枠を外れた話。

 スミスの言う通り、いずれ解るというのなら実際、その時を待とうと考えた。

 

「さて、それでは突拍子もない話で、前置きが長くなったけれど、ここからが本題でね。皆さんにこの町へ来てもらったのには、理由があってだね。勿論、うちの誰かが村を破壊しまった事もそうなんだけど。……皆さんは、ここに来るまで、様々な者達とすれ違っただろう? 皆さんから見れば、魔獣、魔物に見える者たち。私たち夫婦もそうだね。」

 

 そこまで言うと、スミスは一度、話を止め、ニコリと笑ってラウラ達を見渡した。


「私たちは野蛮な魔獣、魔物ではない。でも、突然そう言われても、納得いかないだろう? 結論を先に言おう。ぜひ君たちには、暫く、このミコ・サルウェで生活し、その国民達と会い、話し、触れ合い、我々が君たちと同じ、野蛮で無知蒙昧な輩とは違うという事を、感じてほしいんだ。旧神聖スカリオン、旧ベンデル王国に関しては、当面は今まで通り、人間中心の住民地域としてやっていく予定らしい。……ただ、ラピリスに関してはそうもいかないのだよ。ミコ・サルウェに最も近い場所でもあるし、流石に皆さんたちだけで、という訳にはいかない。今後、往来だけでなく、ラピリスの人口もどんどんと増えていく事だろう。君たちにとって、魔物に見える者たちもね。荒療治なのはわかっている……だけど、のんびり徐々に慣らしていこう……という訳にはいかないのさ。」


 そこまで言うと、スミスはまた、一人一人の顔を見渡した。


 ラウラ達からしてみれば、突然、魔物の巣に放り込まれ、今でも当然警戒する気持ちは強い。

 しかし、取れる選択肢という物は、そもそも限られていた。

 此処から逃げ出した所で、果たして何処へ行くというのか。

 それに、ここまでくる道中、ラウラ達はすでに様々物を見てきている。

 自国より、遥かに豊かで活気に溢れ、人間の兵士たちも、道行く魔物に気安く声を掛け、仕事終わりの酒盛りに誘う。

 信じがたい光景。

 もともと自由意志の薄い、元ベンデル王国の国民である彼女たちは、そう望まれるならば、その様に過ごしてみようという気になっていた。

 

 スミスは、少し不思議そうな顔をした後、何かに納得したように頷いた。


「うん。では、私たちからは以上だよ。さあ、食事を続けて。今日は疲れているだろうから、食べ終わったら、ゆっくり休んでください。」

 

 

 こうして、アンオールの村人たちは、一年ほどの間、ミコ・サルウェで暮らすことになったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る