ep1

 白いダッフルコートの様な服を着た少年:『消えゆく灯火』と会話をした後、アニムは不思議な夢を見ていた。

 

 口惜しさ、悲しさ、己の弱さに屈したくないという思い、様々な感情の瀑布が、アニムの中に次々と流れ込み、彼の胸を締め付けた。

 

 音は聞こえず、アニムは、ベスティアが隣国の村に置いて行った、一人の妖精種の少女:ミリアリアという、妖精の視点で世界を見ていた。

 アニムと彼女に面識はない。

 しかし、不思議とその名前だけは、アニムに通じていた。

  


 

 彼女の感情の発露なのだろうか、強風が吹き荒れ、辺りの家々や、木々をなぎ倒す。

 アニムは村に起きた、その事情を知らない。

彼女は何故、これほどまでに荒ぶるのだろうか、わからないまま彼女とアニムは空に飛び立った。


 

 しばらく、空を進むと異様な一団を見つけた。

 鎖で繋がれた一団、そして、それを囲うように武装した兵士達。

 

 アニムは納得する。

 彼女が怒れるのはこれかと。

 

 俗な言い方をすれば、彼女はカルチャーショックを受けたという事だろう。


 ミコ・サルウェに奴隷制度はない。

 兄弟が、同じ同胞(はらから)を鎖で繋ぎ、奴隷とする事を許す親など、何処にいようか。

 国民は皆、アニムの愛すべき息子であり、娘である。

 

 しかし、文化レベルを考えれば、他国でそういった事が行われている事は、何もおかしくは無い事であった。


 唾棄すべき醜悪な事項(じこう)である事に疑問は無く。

 しかし、過去、地球においても、領土と奴隷獲得を目的とした戦争が、幾度も繰り返されて来た。

 そんな歴史を知るアニムでさえ、眉を顰め、不快を露わにするのだ。

 正義感が強いと思われる彼女ならばどうだろうか。

 それは、耐えがたい嫌悪であろう。

 

 戦いは、すぐに始まった。

 彼女は強い。

 しかし、多勢に無勢、視点を共有するアニムが痛みを共有する事はなかったが、背を切られ、腹をえぐられ、アニムは幾度も目を逸らしたくなった。

 

 しかし、共有された視界はそれを許しはしなかった。

 ただ見せつけられるだけ見せつけて、アニムが彼女にしてやれる事は何もないのだ。

 アニムは臍(ほぞ)を咬み、苦しんだ。


 

 戦いが終わり、満身創痍になりながら彼女は立っていた。

 

 彼女は、奴隷とされた人々の中にいた、一人の少女と見つめ合った。

 少女が何事か発するが、音のない世界。

 アニムには、何を言ったのかまでは解らなかった。

 

 そして、不意にミリアリアが後ろを振り向く。

 そこには隣国の兵士たちが集結し、此方に向かってきている様に見えた。

 ミリーは再び振り向くと、少女たちに何事か告げ、また兵士たちの方へ向き直る。

 

 アニムは必死でミリアリアに呼びかけた。

(逃げろ! 君は良くやった! 無駄に命を散らしてはいけない!)

 しかし、彼女は引かない。

 

 ここは通すまいと意思を固めているようにアニムには感じられた。

 アニムの中に、彼女の感情が、力強い言葉として流れ込んでくるのだ。

 

 悪に屈しない為に力を得たのだ!

 力があればと願ったのだ!

 だから、力を得た私は此処にいる。

 ならば私は友を逃がすため、この命、燃え尽きるまで戦わねばならない。


 

 敵は先ほどとは違い、数百人はいる軍隊。

 彼女の命は間違いなく尽きるだろう。

 さしたる抵抗すらできないかもしれない。


 アニムは、涙の流れぬ目で泣いた

 ミリーの想いに感動し、しかし、同時にそれでも、この娘に生きてほしいと、逃げてほしいと無粋にも願ってしまう。

 

 彼女の為に、何か、何か出来ないだろうかとアニムは考える。

 しかし、自由になるものは、何一つない。

 


 挙句、アニムの意思に反して、そこでアニムの意識が浮上しようとする。

 

 アニムは焦った。


(待て! 待ってくれ! なんでいつも”こう”なんだ!? 肝心な事は何も教えてくれない! 何も出来ないならば、せめてその最期を見届けさせてくれ!!)


 アニムは薄れゆく視界の端で、一人の見慣れた獣人の姿を見た気がした。






 アニムはまた、玉座の間で目を覚ました。

 辺りには誰もいなかった。

 窓より零れる陽光が、日中であることだけを伝えてくる。

 

 アニムはすぐにクニシラセを確認した。

 クニシラセにカレンダー機能はついていない。

 しかし、カードはドロー系カードを使わなければ、一日一枚のカードを引けるのだ。

 

 故に、手近てぢかでは、手札の枚数から、時間の流れを推測する事が出来る。

 手札は最後に見た時より、悪斬の剣や雲呑みなどがなくなり、新たなカードが5枚ほど増えていた。

 

(大体だけど、あれから5日ほどたっているのか……多分。)


 あまり当てにならない気がして、アニムはため息を吐いた。


 クニシラセのMAP画面を見ると、視認範囲が北方向に大きく開け、そして、緩衝地帯を含め土地カードで言えば10枚分以上の領土が増えていた。

 

「何があったんだよ……。」

 想像通り、アニムの預かり知らぬ所で、何かが行われた事は確認できた。

 自分の知らぬ何かと、自分の身体を取り合いしているようで、落ち着かない。

 気味の悪さにアニムは寒気を覚えた。

 

 このおかしな世界に来てから、ただ意識を奪われるだけでなく、変な夢を見たり、その頻度も明らかに増えた気がする。


「気が滅入るな……。」

 


 アニムは習得した領土を、ざっと確認した。

 ろくに開拓もしていないのか、鉱山が複数あるくらいで、特に見どころのない土地であり、終いには、荒廃地のまま放置されている土地もあった。

 

 続くUIで、ユニットを確認した。

 アニムは、ベンデル王国などという国名は知らない。

 しかし、ミコ・サルウェ航空部隊の天白師団が、旧ベンデル王国首都ゴルドと表示されている場所に存在していた。


 状態:占領、と赤字で表記されており、上空には雲呑みが、都市の周りを回遊していた。


「でかいな……都市とほぼ同じサイズか?……というか、いつ戦争したんだろうな……。夢の最後に見えたのはベスティアに見えたけど……。あれは、現実なのか?」

 場違いな感想を述べた後で、すぐに現実を直視した。

 軍の統帥権、国の開戦権はアニムが持っている。

 であるのに、自らの知らないところで、戦争がはじまり、終わっていた。


 また不快な気持ちが、喉元をせり上がってくる。

 それを押し殺し、一つ咳ばらいをすると、現状把握を兎に角優先すべきだと考え直した。 

「……そうだ。」

 

 アニムはMAP画面の機能にある、ユニット一覧を選択した。

 全てのユニットが表示され、ユニットを選択すると、MAP上に強調表示する事が出来る機能があった。

 

「うん、ベスティアは、今、城内の兵舎か……。無事の様だが問題は……。」


 アニムはベスティアの無事を確認し、ひとまず安堵した。

 しかし、ミリアリアというカードに覚えはなかった。

 であれば、彼女はレア以外のカードユニットという事になる。

「……。」


 レア以外のカードはどういう訳か、自動で名づけがされる。

 アニムは眉を顰めた。


 すでに、かなりの数のユニットを召喚しており、UI自体が相当見づらい。


 アニムはソート機能が欲しいな、と思いながら、一覧をゆっくりと確認していった。 


(そもそも、あんなカードあったかな……。あれはただの夢か?)


 ベスティアが城内に居る事もあり、一瞬、ただの夢なのではないかと、そんな思いがアニムの頭をよぎった


 戦争は確かにあったが、それにベスティアは参加していないのではないか。

 

 しかし、矛盾した様な言葉だが、見覚えは無いが、知っているユニットを見つけてしまった。

 

「ミリアリア・ラピリス。……彼女だ。」

 アニムの中に、静かに、深い喜びが産れた。

 彼女の存在、そしてその特異性、そして所在地が、あれは現実だと告げてくる。


 通常、一覧に表示される名前の横には、UCやRなど、そのユニットのレアリティが表示されていた。

 だが、彼女の横にはそれが無かった。

 

 彼女の名前を選択すると、街の病院に入院していることが分かった。


 (あれだけの深手だ。無理もない……。よく生きていてくれた。……夢ではなかったか)


 浮かんだのは安堵、そして次に、不可解。

 

 アニムは彼女の目を通して、景色を見ていた為に、彼女の自身の姿を見るのは初めてであった。

 そして、今クニシラセ上で見る彼女の姿に、アニムは見覚えが無かった。

 


 アニムは顎先を指でつまみ、しばらく、考えを巡らすも、いつもと同じように、答えなど見つからず、ため息をついた。

 そして、首をふって、考えをまた棚上げすることにした。

 

(新しい領土について、官達と話し合わないとな……。)


 やらねばならない事は山の様にあった。

 アニムはベスティアや、文官達に、玉座の間へ来るよう、通達をだした。


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